26 ばしゃばしゃするのです
少女の握る紫涎から、ぼたぼたと毒液が滴りおちていく。
少女から解き放たれていくあまりにも膨大な魔力。魔杖・紫涎ですら受け止めきれないそれは、飽和して毒液となり溢れ出す。
ボタ、ボタ、ボタボタボタボタボタ……。
少女の足元に毒液の水溜まりがつくられていく。
結晶化して降り注ぐ魔力の粒子が、眩いほどの紫色の輝きを放っている。
雪色で埋め尽くされた雪山に、一輪の毒花が咲いたかのような光景だ。
「……ここまでとはな」
狼がその表情を一層引き締める。
彼の苛烈な攻撃が、少女のスイッチを入れてしまったのだ。
乾いた雪山の青空に、少女が詠唱を放つ。
「『ポイズンオーバーフロー』」
少女の足元から湧き出したのは毒の濁流……どころではない毒の大氾濫。
全てを呑み込む奔流だ。永久凍土すらも無惨に溶ける。
雪山の斜面が毒液の紫色に染まっていく。
「望むところだヒトムスメ!」
目の前に迫る死の奔流を見据えて、狼が吠えた。
「『アルパイン・ブリザード』オォォォォ!!」
彼の咆哮が吹雪へと変わる。横殴りの暴風が吹き荒れ、視界がホワイトアウトする。
吹雪は地面を抉って氷雪を巻き込み、次第に巨大な渦と化していく。
雪山に巨大な凍える竜巻が現れた。
それは迎撃にして反撃、氷雪の猛威を結集させた一撃であった。
しかし――
「――なッ!?」
次の瞬間彼の眼に映ったのは、その渦を突き破って飛び出してきた少女の姿だった。
所変わって、少女たちから少し離れた林の中。
「ウジョォ……」
落下の衝撃で雪の中に埋まっていた百足が、やっとのことで地上へと這い出してきた。
「ウジョウジョ」
寒さに凍える百足。遠くから鳴り響いてくる轟音を聞いて、少女の安否を心配したのも束の間……。
「グルル……」
「ガルルウ!」
「ヴァンッ!」
「……ウジョ」
彼は大勢の深森狼に包囲されていることに気がついた。
そりゃあ当然だ。空から突然降ってきた侵入者を警戒しないわけがない。
百足を包囲するこのウルフたちは、少女と闘っている一角狼に率いられている者たち。皆等しく屈強に鍛え上げられており、もちろん氷雪魔法の腕も高い。粒揃いの集団である。
「ヴアアアアアン!!」
隊長格と思われるウルフの号令で、魔法の一斉掃射が始まった。
「ヴァンッ!」
「ガルゥッ!」
「バオォーーンッ!」
氷牙の矢、氷柱の槍、薄氷の鎌、雹の弾丸、吹雪く風の刃、凍瘡を与える呪い、凍結を呼ぶ魔眼。
百を超える氷雪魔法が百足に牙を剥く。ウルフたちも容赦はしない。まさに絨毯爆撃、飽和攻撃である。
百足に降り注ぐ大量の氷雪魔法を見て、ウルフたちの誰もが勝利を疑わなかった。
――しかし、舞い上がった雪ぼこりがはれたとき、そこにいたのは無傷のままの百足。
彼らの放った魔法はたったの一つも百足には届いていなかった。
そりゃあ当然だ。相手はあの百足なのだから
「グゴオオオオオオオオオオ!!」
ウルフたちの魔法は全て、空から舞い降りたドラゴンゴーレムによって容易く掻き消されていた。
「ワフッ!?」
突然現れた巨大な敵に狼狽たえるウルフたち。
だが、彼らにさらなる追い討ちがかかる。
地面に厚く積もった雪、それが段々と形を成していき……。
「グルル……」
「グルル……」
「グルル……」
数百もの、ウルフを模したスノーゴーレムが生み出されたのだ。
「ウジョ」
もちろん百足の仕業である。
ゴーレムの材料は、なにも泥や土塊だけではない。百足の手にかかれば、雪でも水でも、何でもかんでも形を成して動きだす。
「ウジョウジョ〜」
こちらを包囲しているウルフを上回る戦力は生み出した。
『殺さない程度によろしくね〜』とのんびりとした様子で命じる百足。
勝敗見え見えの蹂躙が始まった。