25 雪中の一角獣
「痛て……」
ドラゴンゴーレムに宙返りをさせていたら、その背から落っこちてしまった少女たち。厚く積もった雪のクッションに埋まって、人型と百足型の深い穴が刻まれている。
「……なに用だ、人間」
「……おおかみ?」
少女の目の前にいたのは、彼女の背丈の二倍ほどの体高を持つ巨大な狼。優雅な雪色の体毛と屈強な脚が圧を放っている。
だがそれよりも目を引くのは、彼の額に生えた螺旋を描く一本の角。
「なに用だ! ニンゲン!」
突如空から現れた少女に向かって、狼の瞳からたぎる敵愾心が注がれる。
「去れ!」
縄張りに侵入されたからではない。その怒りの出どころは、彼の心のもっと根深いところにある。
「……そのまえに、一つ聞いていい?」
「……なんだ」
「あなた、最近さるをおそった?」
少女の問いかけの真意を見極めるように、一瞬だけ口をつむる狼。
そしてその再び口が再び開かれたとき――
「『パーフェクトフリーズ』」
空気が凍った。
完全冷凍のその名の通り、大気中に存在していた水分すらも総じて氷と化したのだ。
雪山に静寂が訪れ、雪の結晶に似た粒子がぱらぱらと散っていく。
「サピエンスなら襲ってやったぞ。ニンゲンの臭いがしたからな」
狼はさらりとそう告げた。
「ふーん……」
肌にまとわりついた霜を振り払いながら、少女がゆっくりと狼のほうへと向き直る。
「いっぱい聞きたいことあるけど、とりあえず……」
少女が紫涎を振りぬく。
「とりあえず、眠ってもらうよ?」
距離を取り、少女と狼は互いに構える。
視線が交差した瞬間、魔法の撃ち合いが始まった。
「『ポイズンバレット』」
「『アイシーバレット』」
毒液を撒き散らして飛ぶ魔毒の矢。
冷気をまとって風を切る氷牙の矢。
互いが衝突、打ち消しあう。
「『ポイズンフロー』」
「『アバランチフロー』」
全てを溶かし尽くす毒の濁流。
全てを呑み込み押し潰す雪崩。
互いが衝突、打ち消しあう。
「……つよいね」
「ふん、埒が明かんな」
溜め息まじりに呟く狼。
彼の角から冷たい魔力がふわりと漂う。
魔法の触媒としてはたらいている、彼の額の角。あれは本来、彼ら深森狼には見られない形質のはずだ。
そう、それは遺伝子の悪戯によって授けられた唯一無二の力。
彼はそれを持ってして、一代にして巨大な群れを率いるに至った傑物である。
ゆえに、魔法の実力は少女と互角。
「……じゃ、殴りあいだね」
少女が紫涎を逆手に構え直す。
それを合図に両者が駆け出した。
蹴り上げられる雪と氷の粒子。煙のように舞い上がっていく。
「いくよ、紫涎」
「来い! ヒトムスメ!」
大口を開けて、少女を飲み込まんと迫る狼。少女は軽く跳躍してそれを避ける。
「はっ!」
そして空中から狼に向かって紫涎を振り下ろす。
「『ランパート・アイス』」
しかし、その一閃は分厚い氷の壁に遮られてしまった。
「ランパート・アイスは絶対の氷壁だ。貴様には砕けまい」
ザアアアアアアアアアア!!
魔法で生み出した雪崩を乗りこなすようにして、狼が山の斜面を滑走していく。
「追いかけっこ? なら望むところだよ!」
少女もそれを追いかけるようにして駆け出した。
雪崩によって薙ぎ倒された針葉樹たちを切り裂きながら、少女は最短距離で狼を追う。
「『フロストサイズ』」
背後に迫る少女を見据えて、狼が冷たい詠唱を放つ。氷雪魔法が撃ち放たれた。
空中から生み出され、少女を追尾していく無数の偃月状の氷刃。
「『ポイズンバレット』!」
魔毒の矢で迎撃する少女だったが――
「ポイズン――あっ!」
ズボッ!
厚く積もった雪に足をとられてよろめいてしまった。
「地の利はこちらにあるのだ。忘れたか?」
「がっ!!」
氷刃が少女の右腕を掠っていった。同時に、傷のまわりの肌がジワジワと赤く腫れていく。
ただの霜焼けではない。水が紙に染み入るように、真っ赤な腫れはどんどんと広がっていく。
フロストサイズは凍瘡を与える氷の鎌。時間が経てば経つほど凍瘡は身体を侵し、やがて壊死すら引き起こす。
「じんじんする……」
「その凍瘡はいずれ全身を蝕むぞ」
だがそんな状況でも、少女は笑っていた。
「……いいね、貴方。わたしも興がのってきた」
少女がより強く、ぎゅっと紫涎を握り締める。
彼女から立ち昇る魔力が紫色の輝きを放ち始めた。
闘いはまだ、始まったばかりだ。
最近更新が不安定で申し訳ないです。
今後のストーリーも頭の中でだいぶ固まってきたので、もっと執筆を頑張ります!