22 死を育む樹海の中で
空に宵闇がかぶさり、月が昇り、夜が来た。
夜間の樹海はデンジャラス。夜行性の強力な魔獣に闇
の中で襲われてしまっては、少女たちとはいえど少々苦戦する。
だから夜は無理には進まずにゆっくり休む。そして美味しいごはんを食べるのだ。
「ウジョォ」
焚き火から散る火花、ぽたぽとと滴る脂。肉のいい匂いがあたりに漂う。
「ウジョウジョ〜」
仕留めたボアの肉が、こんがりといい具合に焼かれていく。
「……」
だが、そんな楽しいはずの食事の時間に、少女は思考の底に沈んでいた。
「……」
――ボアを仕留めた時に感じた、あの気持ちの悪さ。
その正体はわかっている。あの時自分は息絶えたボアに、傷ついたサピエンスたちの姿を重ねてしまったのだ。
傷に呻くサピエンスたちを見たとき、自分は腹の底から湧き上がる怒りをおぼえた。
ブートキャンプの最中、一緒にたくさん笑い合ったサピエンスたち。彼らが痛みに喘ぐ姿を見て、無性に怒りが湧いた。
許せないと思った。
「……」
でも、自分だって毎日毎日、食べるために魔獣を狩っているじゃないか。自分だって他者を傷つけている。たくさん殺している。
ならば、サピエンスたちを襲った敵と、ボアを殺した自分は何が違うのだろうか?
……同じなのか?
「ウジョ?」
「あ……ごめん、考えごとしてた」
うつろな眼で焚き火を見つめる少女を心配したのだろう、百足がそっと彼女に声をかけた。
「ねぇ、むかで……」
「ウジョウジョ?」
ぱちぱちと、焚き火から次々と火花が飛び散る。ぼんやりとした灯りが、少女たちを夜の闇の中に浮かび上がらせていく。
「たべるために……生きるために殺すのって、わるいことなのかな?」
「……ウジョォ」
齢十三の幼い少女のこころ。その中に秘めたほの暗い悩み事に、家族としてどう答えればいいのだろう。
百足は数瞬悩んだ。
しかし……。
「ウジョ」
「……わからないの?」
彼は『わからない』と答えた。
生きる者たちが、生き続けるために他者を食らわなければいけない、この業とも呼べる摂理。
そんなもの、神が原初の生物をこの世界に産み落としたときから定められていた理だ。
そこに善し悪しを見いだすことなどできないのかもしれない。
けれど少女ならきっと、答えを出そうともがき続けてくれる。
そう百足は信じた。
「わからないなら、わたし……」
少女がうつむく。
その顔にゆらりと翳が落ちる。
だが、刹那の後、少女は立ち上がった。
そして、脳裏を吹き抜けていく疑問の嵐と葛藤しながらも、彼女は言ってみせた。
「……わたし、考え続けていたい」
少女が拳を夜空に向かって振りあげる。
「そのためにも、さるをおそったやつに会いにいく!」
そう宣言する彼女の拳の先、雲が澱を成す夜空には、月がまばゆく光り輝いている。
死を育む樹海の中で、少女は確かに一歩を踏み出した。
本日は二時にもう一話投稿されます。
そちらも何卒です……。