20 逆さ鱗に触れたなら
「うーん、すやすや……」
ブートキャンプも終わりを迎え、少女のもとに平穏な日常が戻ってきた。みんなと騒ぎ倒すのも楽しいけれど、こうした静かな休息もまた尊いもの。
頭上からこぼれてくる優しい木漏れ日の中で、少女は安らかな昼寝を謳歌していた。
もうすぐ夏が暮れる。少女の人生で十三回目となるこの夏は、その身に秘めたおびただしいほどの熱と光を、そろそろ使い果たそうとしていた。
「すやすや……」
しかし、晩夏のこの静かなる日常は、そう長くは続かなかった。
「ウジョウジョォ!!」
「っ!? どうしたの!?」
少女の懐に、酷く慌てた様子の百足が飛び込んできた。その長い長い身体の所々が、ぐちゃぐちゃに絡まり合ってしまっているほどの焦り具合だ。
何かあったのだろうか。
「ウジョウジョ!! ウジョォ!!」
取り乱しつつも、少女に状況を伝える百足。
「……うん、わかった」
そして、百足との数秒のやり取りの後、少女の顔つきが変わった。
急に眠りから覚まされた少女だが、それに彼女が怒ることはない。
なぜなら、いつもお気楽な百足がこんなにも慌てるのは、緊急事態の時以外にあり得ないのだから。
「みんな、大丈夫!?」
少女と百足は、サピエンスたちのアジトに駆けつけていた。
「ウジョ!」
「……!」
そして目の前には、重傷を負った数十匹のサピエンスたち。痛々しい裂傷や、刺突によって穿たれた深い傷が身体中に刻まれている。
大量に流れ出る血液で、赤黒く染まっていく彼らの体毛。
酷い有り様だ。
「カキュ……」
「シュ〜……」
先に到着していた蜘蛛と蛇が回復の魔法を施していたようだが、あまりの怪我人の多さに、魔力と体力が尽き果ててしまっている。
「……だいじょうぶ。わたしがやる」
その様子を見た少女が一歩前に出た。
何がどうなってこんな惨状が生まれたのかは知らないが、なぜ百足が自分に助けを求めたのかはわかる。自分のやるべきこともわかる。
――そう、今はこのサピエンスたちを助ける。
少女の銀髪が淡く輝き、穏やかな魔力があふれだした。
「『グレイス・フェイス』」
少女の掌から注がれたのは優しい光。
その光は傷に呻くサピエンスたちを包み込むと、その深々と刻まれた傷を瞬く間に消してみせた。
「イイイ?」
「キイイーー!?」
「ウキャア!?」
痛みに呻いていた彼らの声が、次々に驚きと喜びの歓声に変わっていく。
肉のえぐれた痕さえも、すっかり元通りになっていた。
「……よかった」
『毒と薬は紙一重』という言葉がある。その通りで、禍々しい毒を秘めた植物でさえも、適切な処理を施せば薬効をもたらすようになることがある。
少女の使った毒疫魔法、『グレイス・フェイス』の理論もそれと同じ。
殺すことに特化した猛る毒の魔力のエネルギーを、回復の魔術式に転用する。そうすることで、膨大な癒しの力を生み出すのだ。
毒というものが象徴するのは、苛烈で残酷な二面性。
殺す力であり、癒す力。そのどちらを振るうかは完全なる気まぐれ。
それは自然本来の姿でもある。
そして、毒の魔法の使い手である少女にも、それと同じことが言えるのかもしれない。
「ねぇ、だれがこれをやったの?」
そう問う少女の瞳は、冷たい氷のようだった。
第二十話です。
ここまで続けられているのも、この小説を読んでくださる皆さんのおかげです。
これからも頑張って執筆していきます!