18 なまえをあげる
「ふあぁ、おはよぅ……」
翌朝、目を覚ました少女の目の前には……。
「え……なに?」
土下座をする一体のサピエンスがいた。
朝食に果物をかじりながら、蜘蛛から事の顛末を聞く。
その間もサピエンスは土下座の姿勢を崩さない。これにはさすがに少女もドン引きである。
「このさる、なに?」
土下座サピエンスを指して、少々ひきつった顔で少女が問う。
「カキュ」
「ふーん、偉いさるなんだね」
「ウジョォ〜」
この土下座サピエンスは、昨夜蜘蛛が引きずって連れてきた白灰の背中の個体。つまりは群れの長である。
しかし、未だに蔦でぐるぐる巻きにされている様子からは、威厳もなにも感じられない。それどころかちょっと哀れだ。
「カキュ!」
蜘蛛がつんつんと脚でサピエンスの背中をつっつく。謝罪はまだか、と催促しているようだ。すると……。
「ウキキイイィ。キイイゥウウキウキ。ウキキイイ。キャキャウ……」
サピエンスの読経のような謝罪が始まった。なんというか、すっかり感情が消え失せてしまっている。一体、蜘蛛に何をされてしまったのだろうか。
「も……もういいよ……」
「ウキィ……」
サピエンスの謝罪は、少女の制止でようやく止んだ。
「へぇ。じゃあ、このさるは今日からくもの手下?」
「カキュ!」
蜘蛛曰く、土下座サピエンスが率いる群れは、蜘蛛の傘下に入ることになったらしい。
蜘蛛が襲撃の際にかなり手加減をしたので、サピエンスの群れは、ほぼ無傷で鹵獲されたようなもの。良い手駒になると蜘蛛は思ったのだろう。
「よろしくね、さる!」
「ウ、ウキィ……」
少女の無垢な笑みが、土下座サピエンスにとっては怖いらしい。今度は彼の方がひきつった笑顔を浮かべている。
「……そうだ、こういうときって、名前つけたほうがいいんだっけ」
「カキュカキュ」
土下座サピエンスに、従属の証として少女が名前を与えるようだ。
これも簡易的な契約魔法。親と子、師と弟子など、名前を与える・与えられるという構図には必ず上下関係が伴う。
それを利用して、名前を与えることで上下関係を呼び起こすのが命名による契約魔法だ。
どちらかというと、このようなやり口は西洋魔術よりも東洋魔術に近い。
「どんなのがいいかな」
「カキュ」
相談を始める少女たち。
紫涎の時といい、最近何かに名付けをする機会が多い気がする。
ぜひこのサピエンスにも、ハイセンスな名付けを期待したい。
「ウジョウジョォ」
さっそく案を発表する百足。
「あ、それはちょっと……」
しかし、彼の提案、『ミスター土下座』は却下されてしまった。やはり、彼にはネーミングセンスが欠片も備わっていないらしい。
提案を却下された百足は泣いた。
「シュ〜」
「うん、それいいかも!」
「カキュ!」
ここで蛇の鶴の一声。どうやら、彼女の提案が少女の心を掴んだみたいだ。蜘蛛も賛同している。
名前とは、その者の在り方を決める、魔術的にも大切な要素。
果たして、少女たちがサピエンスに与える名前とは――。
「貴方の名前は『賢』いいかな?」
「ウキャア!」
少女が与えた名を、サピエンスが受け入れたその瞬間。両者の額を橋渡すようにして、一本の光の糸が結ばれた。
ウィズダム、人間にも匹敵する知恵を持つこともあるサピエンスとってぴったりな名前なのではなかろうか。
「カキュ!」
祝う蜘蛛。
少女たちの初めての配下が、今ここに誕生した。
最近百足が暴れすぎているので、均衡をとるために蜘蛛にフォーカスした回にしました。
……したはずなのですが、ただの土下座回になりました。なぜ?