16 賢猿
前話に大きな加筆・修正を施しました。
一読していただければ幸いです。
樹海のとある場所。
昨日の豪雨の影響で樹が倒れ、小さな広場のように開けたその場所で、揺れ動く二つの影が闘いを繰り広げていた。
一方は、灰色の体毛に身を包み、石器の槍で武装した猿のような魔獣。
そしてもう一方は、銀色の長髪をたなびかせながら舞うように戦杖を振るう、我らが少女である。
「アアアーー!」
高速で放たれる槍での突き。槍の先端には、鋭く研がれた黒い石が光る。
「ほっ……」
しかし少女は容易くそれを捉えると、紫涎で槍を受け流し、さらには猿のがら空きの胴体に蹴りを打ち込んだ。
「ギイイーー!」
吹き飛ばされた猿の魔獣が唸る。
さっきからずっとこの調子だ。猿の魔獣がいくら攻撃を繰り出しても、少女に全て受け流されてしまう。
そして時々、今のように手痛い反撃をくらっては、憎らしげにこうして唸っているのだ。
「……いま引くなら、見逃すよ?」
「ギイイ……!」
そう言い放った少女を、睨み返してやろうと顔を上げた猿の魔物だったが……。
「なぁに?」
冷たい少女の瞳に射られ、途端にしなしなと萎縮してしまった。
猿の魔獣が退却していった後。
少女は百足にもたれかかって、うんざりしたように溜め息をついていた。
「最近さるがいっぱい……」
「シュ〜」
そして労わるように少女に擦り寄る蛇。
少女がうんざりするのも仕方がない。このところ、猿の魔獣――賢猿たちによる彼女らへの襲撃が、加速度的に増してきているのだ。
サピエンスとは、人間に最も近いと言われている類人猿。その脳の容積は人間の七割ほどであり、最近では直立二足歩行を行う個体も見られている。
彼らは魔法を自在に扱うための十分な知能を有しており、聡明で強大な個体を長にすえて群れを成す。
樹海にもそうして出来上がった群れがいくつか存在しており、少女たちへの襲撃を繰り返しているのもその中の一つだ。
「はぁ……」
少女は強い。少女の毒疫の魔法は強い。
だからこそ、サピエンスたちは少女を勢力拡大の障害と定めて、こうして襲撃を行っているのだろう。
「はぁ〜……」
けだるげに吐息を漏らしながら、紫涎をきゅっきゅっと磨いていく少女。
今のところ彼女たちを襲ってくるのは、いわば斥候兵たち。威力偵察を主な役割としているため、あまり強くはない。
以前闘った枝角鹿のような強者と闘いたい少女にとって、彼らはいささか退屈な相手なのだ。
「はぁ〜」
この日の夕方。
狩りを終えた各々が、食材を持ち寄って焚き火を囲んでいた。
「ウジョ」
「うんうん、おいしい」
「シュ~」
骨付き肉をかじりながら談笑する少女たち。
どうやら今日は豊作だったようだ。蛮猪の肉に、たくさんの果実、毒草まである。
ちなみに、毒草は少女の好みのおやつ。
「カキュカキュ」
蜘蛛が葡萄のような果実の皮を、少女のためにせっせと剥いている。
「ウジョジョ?」
「そう、さるはうんざり」
サピエンスたちの相手が続いて疲労気味の少女。蜘蛛はそんな彼女をじっと見つめていた。
「カキュ……」
その時、蜘蛛の六つの眼の奥底に赤い光が灯った。