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第四話

 ――夢を、見ていた。


 温かくて、幸せな夢。

 王宮の庭園であなたと私は二人きり。あなたは楽しそうに笑っていて、私にお花をくれるの。


『これ、アナベルにあげる』


 私は笑顔で頷いて、頭にそれを飾ってみせるの。


 そうしたら『まるで花嫁さんみたいだね』ってあなたが言うから、思わず嬉しくなってしまって、私は言ったの。


『私もいつか本物の花嫁になるわ。だからその時は、エドと一緒に結婚式ができたらいいな』


 そうだわ……これは確か、幼い頃の思い出。

 エドがまだ私のことを好きで、毎日のように一緒に遊んでいられた、楽しかったあの頃。


 けれどもうそんな時は二度と戻って来なくて、あなたが私を呼んでくれることもない。

 わかっている。わかっているの。私があなたにとって邪魔だったということは……。でも、身勝手な私は、今もずっとあなたに恋し続けている。


 だから、もう少しだけ、ほんのもう少しだけでいいから、夢を見させて?

 あなたと笑っていられる楽しい夢を。


「アナベル」


 だから、そんな悲しそうな声で呼ばないで。


「アナベル、すまなかった」


 辛いことを思い出させないで。どうか、この幸せな世界でいさせて。お願いです。私をもう苦しませないでください。


「目を覚ましてくれ。頼む……」


 だってもう、あなたは私を好きでいてくれないのでしょう?

 あなたといられない世界なんて、嫌。嫌なんです。だから――。


「――好きなんだ、アナベル」


 そんな言葉では溶けてなんてあげないのよ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「じゃあ、行ってくる。必ず戻って来るから」


 僕とヘンリエッタ嬢は、アナベルを一人残し、旅に出た。

 正直言って不安だった。もし僕らが留守の間にアナベルに何かあったらどうしよう――そう思うだけで胸が締め付けられるように苦しい。


 それはヘンリエッタ嬢とて同じだろう。でも彼女は、表情には心配するそぶり一つ見せず、それどころか僕の両親に笑顔で「殿下と旅行に行きたいです!」と言い、二人をサクッと説得させてしまった。

 本当に無能な僕と違って彼女は有能だ。


 この旅は行くあてがないものではなかった。

 向かうのは王国の北端、雪に閉ざされた地帯。そこに住まう者が願いを叶えてくれる『魔女』がいるという話を聞いたものの、行くに行けなかったという。

 そこは踏み入れた者が誰一人として帰って来ない死地。『魔女』がいるかどうかも定かではなかったりする。


 そんな場所へ護衛を一人もつけずに向かうのは無謀であることくらい、わかっている。

 それでもこんなことくらい何でもないと思った。アナベルのためなら――。


「なんて、かっこいいことが言えたら良かったんだが」


「エドモンド殿下がそんなすごい人間なら、元よりアナベル様を傷つけたりしないでしょう。少しはろくでなしの自覚を持ったらどうですか」


「辛辣だな」


 僕らはメリーエ公爵家の馬車に乗りながら、苦笑混じりにそんな会話をする。

 その馬車にはヘンリエッタ嬢が手配した公爵家の護衛十人が同乗していた。



 旅が大して過酷なものとならなかったのは護衛たちがいてくれたおかげだったと思う。

 最初、ヘンリエッタ嬢と二人きりで行くつもりだった僕がどんなに馬鹿だったのかと思い知らされる。きっと目的地の前にすら辿り着けず、倒れてしまっていただろう。


 アナベルならきっと氷の魔法で苦にしなかっただろう盗賊の襲撃やら動物との遭遇なども、僕単身では立ち向かえるわけがないのだ。

 ヘンリエッタ嬢は多少の魔法が使えるらしいがそれもかなり限定的であり、大人数の敵に対して勝てるほどの力はないという。


 護衛たちに支えられながらの馬車旅は十日ほどを要した。

 そして辿り着いた雪山で、僕たちは二、三回雪崩に巻き込まれたり見たこともない獣に襲われたりして命を落としかけることになる。


「諦めないで! アナベル様を取り戻すためなら何でもするって言ったじゃないですか!」


「何でもするとは言ってないけど、ね!」


 ヘンリエッタ嬢に支えられながら、血反吐を吐く思いで前に進んだ。


 そうして次から次へとやって来る試練をなんとか乗り越え――なんとか全員無事に頂上に到達することができた。

 頂上には、貧素な山小屋が建っていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「よくおとぎ話の中でもあるじゃないか。『真実の愛』が眠った姫を起こすってね」


 ソファにどっかり腰を下ろし、足を組んでタバコを吹かしながら、こちらをじっと見上げる人物が言った。

 ここは山小屋の中だ。僕とヘンリエッタ嬢は今、護衛を外に置いて二人で山小屋へ入って来ていた。

 どうやら魔女は実在していたようだ。しわくちゃの老婆で、百歳以上にはなっているのじゃないかと思える老女だった。


「ワタシなどに頼らずとも、気持ちがあれば充分だろう? お姫様にキスさえすりゃ、起きてくれるだろうよ」


 老婆が揶揄うように笑いながら続ける。

 その視線に、なぜか背筋が凍った。


 ……彼女は僕を試している。それがわかったからかも知れない。


 アナベルにキスをすれば、彼女は目覚めてくれるのだろうか。

 ――否。そんな都合のいい話、あってたまるか。そんなくらいならすでに氷が溶けてくれていてもいいはずなんだから。


「『真実の愛』なんて胡散臭いことは僕は言わない。僕はただ、またアナベルに会いたい。……そして、幸せになってほしいんだ」


 僕の言葉に、老婆は……魔女は、ククッと楽しげに喉を鳴らした。


「それなら、簡単な話さ。ちょっくら手伝ってやってもいい。それ相応の覚悟があるならね」

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― 新着の感想 ―
[一言]  アナベルが幸せに、というのと王子の幸せはリンクしていない気がしますが、さて。
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