#7 ピアノの下は桃源郷
生垣:庭木を横一列に並べて壁のように仕立てたもの。
翌日、次郎吉は朝早くから行動を開始した。まず政治家の家から車が出ていったのを確認する。これで父親がいなくなったのが確定した。
次に家から出てきたのは母親だ。これで留守番している娘の調子が今日は良いことが判明すると同時に母親の留守も確定した。
これで不安材料は留守番している娘と来るかもしれないピアノの先生だけだ。この家に盗みに入るなら好機ではある。次郎吉は人通りが少なくなる朝の十時ごろを狙う。大人は仕事、普通の子供は学校で勉強している時間だ。
周囲に人影がいなくなったのを確認した次郎吉はほっかむりを装備する。昼間で見かけたら怪しいことこの上ないが次郎吉はほっかむりを装備すれば顔バレしないと信じているのでどうしようもない。
「昼間でも鼠小僧はやって来るぞ!」
次郎吉は生垣を突破すると防犯装置のソーサリーファクトが目の前にあった。ここで次郎吉はソーサリーファクトのスイッチを入れて防犯装置のソーサリーファクトの下に自分のソーサリーファクトをおいた。
これで次郎吉の計算では防犯装置の無効化に成功したはずだ。実際に侵入することと防犯装置は発動しなかった。
(完! 璧! 俺っちって天才か?)
次郎吉は自画自賛しながらソーサリーファクトを回収してスイッチを切る。ずっとソーサリーファクトを発動されていると魔力が尽きて脱出の時に使えなくなってしまう。その場に置いておくのもいいがどこかに転がってしまう可能性がないわけではない。不安要素を無くすために持ち歩くのが正解だ。
そんな省エネをしている次郎吉だが、実はソーサリーファクト作製段階で一個蓄電切れを起こして消費している。これはもう実験を繰り返した代償だ。ソーサリーファクトがちゃんと機能してくれたので無駄な経費とはならなかったと言える。
無事に家の庭に侵入出来た次郎吉が次に狙うのは家への侵入だ。今回の侵入経路として使用したのが床下だ。屋根裏は昼間だと流石に見つかるリスクが大きすぎる。なので見つかるリスクが低い床下を狙った。
床下に潜入した次郎吉は音と気配で一階に娘がいないことを確認すると手に入れておいたのこぎりで床を外して侵入に成功とすると一旦床を元に戻して金の在処を探る。すると一階に父親の書斎を見つけると一瞬でピッキングして部屋に入るとそこには金庫があった。
(見ー付けた)
次郎吉は金庫に耳を当てながらダイヤルを回して番号を当てていくと解錠に成功する。後は逃げ出せば泥棒成功となるが不測の事態は起きるものだ。
次郎吉が床下を開けた部屋に戻ろうとした時だった。玄関のチャイムがなる。
「はーい! 今、開けます!」
そして二階にいた娘が降りてくる。
(まずい!)
次郎吉の逃走ルートである床下を開けた部屋までは距離がありすぎた。次郎吉は一番近い部屋に逃げ込むとそこはピアノが置いてある部屋だった。
(マジかよ……しかもピアノ以外なにもねーじゃねーか!? これじゃあ、隠れるところなんてね……いや、ある! ここだ!)
次郎吉は隠れると会話が聞こえてくる。
「いらっしゃい! 先生!」
「ふふ。今日は元気みたいですね?」
「うん! いっぱいピアノの練習出来るよ!」
「それはよかったです。それじゃあ、お邪魔しますね?」
娘とピアノの先生が部屋に入ってくると次郎吉の姿はない。
「それじゃあ、ピアノの授業を始めましょうか」
「よろしくお願いします!」
二人のピアノの授業が始まる。次郎吉にもピアノの音は聞こえているのだが次郎吉はそれどころではない。今、次郎吉の目の前には男の楽園の姿が映し出されていた。
次郎吉が隠れた場所はピアノの下だった。ピアノは埃よけのために長いカバーを使うのが一般的。それはこの世界のピアノにも適応されており、地面まで覆う黒いカバーのおかげで次郎吉の姿はカバーを広げて中を確認しない限り見つけることは出来なくなっていた。更にグランドピアノなら子供一人隠れるのに十分すぎるスペースがある。
ただここで問題となるのは娘さんとピアノの先生の服装だった。娘さんとピアノの先生はひざ上ぐらいのワンピースを着ていたのだ。これで椅子に座るとピアノの下に隠れている次郎吉が何を見てしまうのかわかるだろう。
(なんだ? あの股の間にある布は……目が離せねー……なんという……なんという光景だ。桃源郷は本当にあったのか!)
江戸時代には現代のような下着は存在していない。残念ながら孤児院での生活でも次郎吉はオムツをしていたし、基本寝ていたため下着を見ることはなかった。故に次郎吉は今回初めて女性の下着を目の当たりにした。そして次郎吉は女好きである。そんな次郎吉が虜になってしまうのはどうしようもないのかもしれない。
しかし男の夢の時間は長く続かない物だった。娘が急に咳込みだしたのだ。
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫……です……ゲホゲホ……」
「無理してはいけませんよ。今日はここまでにしておきましょう。お母さまには私から連絡しておきます。ほら、部屋に行きましょう」
「すみません。先生」
娘は先生に連れられて、二階に行くと先生は外に出ていった。そして次郎吉は鼻を抑えてピアノの下から現れる。
(あ、あぶねー……危うく鼻血が出ちまうところだったぜ。なんという罠……ってさっさと逃げ出さねーと母親が来ちまう!?)
次郎吉が侵入ルートを通って、庭に出ると更にソーサリーファクトを使用して防犯装置を無効化すると人の気配と車の音などが無くなったタイミングで生垣から飛び出て無事に誰にも見つからずに脱出し、泥棒成功となった。
その日の夜、次郎吉は目を閉じると桃源郷の光景を思い出してしまう。
「水玉に花柄……いかんいかん! これだと俺っちがまるで覗き魔みたいじゃねーか! 断じて違う! 俺っちは泥棒だ! 御覧の通り金は盗んでいるぞ!」
誰もいないのに言い訳をしている次郎吉はため息をついた。
「やれやれ……とんだ不運だが泥棒としてけじめを付けに行くとするか」
そういうと次郎吉は夜の町に消えるのだった。
翌日、政治家の家の庭に大量の風邪薬が投げ込まれていたのを帰ってきた父親が発見する。
「薬を注文したのか?」
「え? いいえ。薬なんて注文していませんよ」
「では、これはなんだ?」
「神様からのプレゼントでしょうか?」
「ふふ。そうかも知れないわね。とりあえず近所の人に聞いて回ってみます」
その後、薬が誰のものかはっきりすることがなく結局水玉の少女の手に渡ることになった。更にピアノの先生の家には札束が置かれていた。これが次郎吉なりに考えたけじめの取り方だった。
「これでチャラにさせてもらうぜ? 水玉の少女と花柄のねーちゃん」
覗きの代金を支払えば問題なしという次郎吉の勝手な理屈だ。誰にも理解されないが次郎吉の心の中で納得がいけばいいのだ。これで次郎吉は泥棒を快く続けることが出来るのだから。
さて、これでこの町で次郎吉がやり残したのは生まれた家に対する復讐のみとなった。追加の資金も無事に得たことだし、逃走用のソーサリーファクトを完成させてからこの町、最後の泥棒に挑もうとしていた。




