#68 怪盗キャリコが選んだ道
脱獄成功した次郎吉たちは見事にファリース侯爵の執事が事前に用意していた隠れ家で一息付く。
「……どうやら王都からの増援が来る前に逃げ出すことが出来たようですな」
「そのようだ……な! いって~」
次郎吉が一本武器を抜いては回復するのを繰り返している中、怪盗キャリコの気持ちには余裕がなかった。
「ね、鼠小僧様! 大丈夫ですか!? 血が」
「急所に当たる攻撃だけはガードしたから問題ねーよ。もう血も止まっているから命にも問題ねーだろ。最も犯罪者としては問題ありだけどな」
血痕を残すということは犯罪者の証拠を残すことに等しい。流石に現代のようにDNA鑑定が出来るというわけだはないが水のソーサリーファクトで犯罪者の血液を解析して比べることぐらいは可能だと次郎吉は考えているので、今回の怪我は犯人が鼠小僧だとバレた状態で血痕という証拠を残してしまったことは自分にとってかなりのマイナスと言えた。
「す、すみません! あたしのせいで……ふぇ!? 痛い痛い痛い!? 何すんですか!」
謝罪する怪盗キャリコの眉間を次郎吉がごりごり押したことで怪盗キャリコは眉間を抑えて次郎吉に対して怒ると次郎吉は言う。
「自惚れるな。ひよっこ。これは俺っちのミスだ。お前程度の犯罪者のせいに勝手にしているんじゃねーよ。それは俺っちに対する侮辱だからな? 発言には気を付けろ」
怪盗キャリコのせいで次郎吉が負傷したとされるということはそれは怪盗キャリコが次郎吉の足を引っ張るだけの力があったという話になる。そして次郎吉はそれに負けて負傷したと考えることが可能だ。それを次郎吉は許せなかった。
今回の相手は次郎吉を負傷されるほどに強く、次郎吉は勝負には勝ったが自分もミスをしたというほうが他責するよりずっといいというのが次郎吉の思考だ。確かに他責したら、相手にミスを押し付けて終わりだが、自分にミスがあったと認めるならどうすればミスしなかったのか考えることが出来て成長に繋がる。この思考が出来るのも一流の犯罪者には必要なことからも知れない。
一方で次郎吉の発言を聞いた怪盗キャリコは次郎吉に発言に噛みつく。
「あたしがひよっこ!? 言っておきますけどね! あたしのほうが世間では有名なんですからね!」
「なんだ? 世間の評判なんて気にしていたのか? そんなんだからお前はひよっこなんだよ。犯罪者だったらせめて犯罪で勝負を挑んで来いよ」
「な、な、ななななな! 生意気! あたしよりずっと年下のくせに!」
「年下相手に生意気で負けたら、救いがねーな。生意気、喧嘩上等の気持ちぐらいは持たねーと犯罪は出来ねーのか?」
次郎吉の指摘に怪盗キャリコは言葉が詰まる。自分も怪盗として散々ソリスや貴族などを煽り、散々戦ってきたから次郎吉の指摘に反論は出来ない。そしてそれは自分が次郎吉を生意気と指摘したことで生意気さで次郎吉に対して負けを認めたようなものだ。
悔しがる怪盗キャリコの様子を微笑ましく見ていたファリース侯爵の執事がここで話に割って入る。
「ふふ。口では鼠小僧様のほうが一枚上手ですな? お嬢様」
「そんなこと無いもん!」
怪盗キャリコはそういうと拗ねたように顔を逸らす。その様子を見た次郎吉は怪盗キャリコとコーネが同列に見えた。ここでファリース侯爵の執事と次郎吉が今後の話をする。
「鼠小僧様はこの後は予定道理でよろしいですか?」
「あぁ。俺っちは急いで比較的安全なところに逃げ込む予定だ。今回の事件の黒幕がどこのどいつか知らないが大物の可能性が高い上にしかも何人も関わっている可能性も高いからな。俺っちの隠れ家を見つけられて襲撃される可能性が高い以上、最善の行動だと思っている」
「ふぇ!?」
ここで自分の脱獄が次郎吉にどれだけ危険な橋を渡らせたのか知る怪盗キャリコだったが会話は進む。
「報酬の受け渡しは予定通りでよろしいですね?」
「あぁ。今回の事件のほとぼりが収まってからじゃないと難しいだろうからな。『アルバ』のことを知っているなら『アルバ』を俺っちへの連絡先に使ってくれ」
「そうでございますね。こちらに異論はありません」
「なら決まりだ。俺っちはこれでサヨナラさせて貰うぜ」
次郎吉が隠れ家の出口のドアを開けると次郎吉は怪盗キャリコに対して言う。
「俺っちに追いつきたいなら一度躓いたなら立ち上がれ。自分の信念を曲げるな。権力に負けるな。自分の力を証明するために戦い続けろ。俺っちはそうやって上まで登り詰めたぜ?」
それは次郎吉からの応援であり、次郎吉自身の経験譚でもあった。次郎吉も生前では一度捕まり、それでも同じ泥棒として立ち上がり、同じ犯罪を繰り返した。それは次郎吉が泥棒としての信念と次捕まれば死刑だという脅しに犯罪者として屈しなかった証拠だ。
だからこそ次郎吉は泥棒としての自分に誇りと確固たる自信を持つことが出来る。これこそが一流の犯罪者である証拠だ。
そして今、怪盗キャリコは分かれ道に立っている。逮捕されたことで犯罪者としての自信を失い、自分の命を狙っているソリスや権力者たちに怯えて生きる道を選ぶのか。それとも犯罪者に戻り、自分の命を狙う奴らと戦い続ける道を選ぶのかという分かれ道だ。
その事実を突きつけられた怪盗キャリコは今回自分に起きた悲劇が脳内で再生されて、自分の身体が恐怖で震える中、最後に次郎吉の言葉が聞こえて、自分の身体を両手で抑え込んで震えを止めると歩き出してソーサリーファクトを起動されている次郎吉に向けて叫ぶ。
「やってやる……やってやるわよ! 必ずあんたがいる場所に辿り着いて次はあたしが借りを返してやるから覚悟してなさい! 鼠小僧!」
怪盗キャリコからは次郎吉の顔は見えないが次郎吉は怪盗キャリコの答えを聞いて笑みを浮かべるとその場からいなくなる。また一人自分がいる高みに辿り着こうとしている犯罪者がいることに次郎吉は素直に嬉しく感じた。
(鼠小僧様。お嬢様に喝を入れてくれたことに感謝いたします)
一方でファリース侯爵の執事は次郎吉に内心で感謝を伝える。彼からするとお嬢様がどの道を選ぶかわからず、どの道を選んでもお嬢様を支えていく覚悟をしていた。ただ内心ではファリース侯爵夫妻を殺した犯人たちと戦う道を選んで欲しいと思っていた。
ファリース侯爵夫妻なら犯罪から手を洗ってくれたほうを望んでいるだろうと考えてはいてもやはり今回の事件を起こした犯人たちを許せないという気持ちが凄く強かった。何せ確固たる証拠もなくソリスからの正式発表もない状態で襲撃されたのだ。こんな不意打ちをするようなことをする貴族や政治家たちは流石に犯罪者としてではなく元侯爵家に仕える者として許すことは出来ない。
「お嬢様。では今後どのように動きますか?」
「まずは装備の調達ね。後、今回の事件の黒幕を見つけ出すところだから始めないといけないわ。正直あたしも記憶が曖昧で自分が何を言ったのか何をされたのか覚えていないの」
ここでファリース侯爵の執事は重要な質問をする。
「意識はあったのですか?」
「あったと思う……ソリスの人たちの顔は薄っすら覚えているわ。自分がその時に何を言って、何を質問されたのか全く覚えていないのだけど……」
「それは恐らくなんらかの薬か暗示の影響だと思われます。問題はお嬢様が今回、誘拐した犯人たちの顔を覚えているかどうかです」
「え? それは……えーっと……お、覚えていないわ」
これは絶対にありえないことだ。まず大前提として怪盗キャリコは間違いなく犯人たちの顔を覚えている。それは襲撃した犯人たちの顔もそうだし、暗示を受けたなら起きた状態で暗示を受けないといけない。つまり暗示した人のことを覚えていないはずがないのだ。
記憶障害を発生させる薬を作り出されたとしての流石に都合よく犯人たちだけの記憶を消すなんてことは出来ない。ワンチャンあるのがダークエルフの薬だが、ダークエルフたちが人間の脳の仕組みなどを解析しているとは流石に思えない。それをするということは人間を解剖することを意味しているからね。人間とは関わりたくないエルフたちがそんなことをするとは流石に考えられない。
更に暗示も一般的には永遠に続く物ではない。これは普通の暗示でも魔法を使用した暗示でも同じだ。実際に怪盗キャリコは効果時間が消えて正気に戻っている。これらを総合的に判断したファリース侯爵の執事が結論を言う。
「お嬢様の記憶が今回の犯人たちの情報だけ消えており、ソリスに捕まってからの記憶がうろ覚え状態なら犯人たちの情報が消えたのは魔法かソーサリーファクトの仕業でしょう。ソリスに捕まってからは恐らく暗示だと思われます」
これなら話の辻褄があった。この世界でピンポイントに記憶を消せる技術は魔法かソーサリーファクトしかない。その事実を突きつけられた怪盗キャリコは記憶が消さされている間に自分が何をされたのかわからない恐怖に襲われたがなんとか体を両手で押さえて口を開く。
「それがもし本当なら今回あたしたちを襲った犯人たちをどう見つければいいのかしら?」
「わたしくも暗殺者と敵対しているので、一応暗殺者たちを追うことは可能ですが真の黒幕に辿り着くには困難でしょうな。最悪の場合、彼らはもう始末されている可能性も高いです」
今回の暗殺者たちは王都シルファードの監視網に引っかかっていない。考えられる可能性は三つ。一つ目はまだ王都シルファード内に潜伏している。二つ目は監視している門番たちが見逃して外に逃げた。そして最後の一つが死体として処理された。この三つが考えられた。
一つ目は王都シルファードに家を持ち、それならの権力者だったら匿うことは可能。実際にファリース侯爵も怪盗キャリコを匿っていたので、これは間違いなく出来ることだろう。
二つ目の監視の見逃しも権力者にしか出来ない。門番たちにお金のやり取りがあったのかそれとも権力者と門番がそもそも良好な関係だったなら外に逃がすことは可能だ。
そして三つ目はそもそも死体なので門番のチェックが入らない。ただ死体を王都の外に持ち出すためにはきちんと許可を取り、書類を門番が見せる決まりとなっているため痕跡は残りやすいといった感じだ。ただその痕跡も権力者だったらどうとでも出来るのが現状である。
それを聞かされた怪盗キャリコはファリース侯爵の執事に質問する。
「じゃあ、どうやって今回の黒幕を探し出すのよ。じいや」
「鼠小僧様が考えているように今回の事件で必ず黒幕は動きます。お嬢様を公開処刑して自分たちの今回の犯罪を完全に闇に葬り去る計画が台無しになってしまいましたからな。そうならばおのずと犯人の尻尾を捕めましょう。まずは彼らの追手を出来れば尋問。出来なくとも追手の姿から色々な情報を掴めるはずです。そのためにもお嬢様が言ったようにまずは追手から逃げ切るだけの力を手にいなければなりませんな」
「わかったわ。なら急いで彼のところに行く必要があるわね」
彼とは怪盗キャリコに技術提供をしている魔道技師のことである。流石に魔道車の一台でしかもソーサリーファクトの連続使用で魔力消費が激しい現状では戦うどころか逃げ切るのも難しい。なので魔力のチャージと怪盗キャリコの装備は最低でも揃えたいというのが現状だ。
「左様です。しかし彼と我々との関係を相手に教えるのも得策ではないので、事前に集合場所と時間はもう伝えてあります」
「流石ね。じいや。じゃあ、反撃開始のために頑張っていきましょう」
こうして怪盗キャリコはまた犯罪者としての道を再度歩み出しすのだった。




