#49 オジム山脈と魔獣
グソウさんが運転する馬車で次郎吉とガルザたちはビャク王国に向かう。本来なら関所を通らなければいけないが今回はガルザの案内で関所を通らず若干高低差はあるが平坦な丘からオジム山脈に入る。
「抜け道があるとか案外守りが手薄なのか?」
「ビャク王国が例外なだけだな。国境の全てに関所を設置できたとしても管理する人手が足りないんだよ。関所を作るために物資を運ぶと獣人たちに襲われるしな」
「俺たちからすると家を作る材料を向こうから運んでくれているわけだからな。そりゃ襲って物資を頂くだろう?」
獣人たちがやっていることは完全に山賊なのだが、ここでそもそもの疑問を次郎吉は聞くことにした。
「確かに獣人からするとカモだな。でもそもそも人間と獣人はどうして争うことになったんだ? 人種差別か何かか?」
サヤが次郎吉の疑問に対して獣人の認識を話してくれる。
「こちらの認識では人間が獣人の村を襲撃したのが原因となっています。突然人間たちに襲われたことで獣人たちは仕返しを決行して、被害を受けた人間がやり返し敵対関係が決定的となったらしいです」
「人間は自分より強い存在を恐れるからな。それの排除に動いた結果が今の状況ってことになるのか。たぶん人間側だと最初に争いの種を蒔いたのは獣人が人間を襲ったからだとかになっていそうだな」
「実際俺が知っている話だとそういう話だった気がするぜ? ずっと昔の話だから本当のことは今を生きている俺たちにはわからないことだから解決するのは難しいよな」
「人間全員がジロキチみたいだったら、良いのにな」
次郎吉の意見にグソウが補足し、エメリが無邪気な願望を口にする。この意見に次郎吉とグソウとガルザは人間がみんな次郎吉になったら、色んな意味で大変なことになると思った。
そんな会話をしながら馬車は上下に揺れながら丘を越えて、いよいよオジム山脈に入る。するとここでガルザがヤイバに声を掛ける。
「ここからは俺たちの仕事だぞ。ヤイバ」
「分かっているよ。ガルザさん」
二人が警戒モードに入る。そんな中、馬車はガルザの道案内でオジム山脈の道を入っていると狼の声が響き渡る。ここでガルザはグソウに指示を出す。
「止まってくれ。狼の魔獣に見つかったらしい。逃げ切るのはこの馬車じゃ無理だ。ヤイバ、巫女様もそうだが馬を殺させるなよ? もし殺されたら、俺たちが馬車を引くことになる」
「それはやりたくないですね!」
「……それはわたしくたちが重いと言いたいのですか?」
サヤとエメリの冷たい視線がガルザとヤイバを襲う。慌ててヤイバが言い訳する。
「そんなこと言ってないだろ!? ジロキチとグソウのおっさんも乗っているから大変だという話だ!」
「「……ふーん」」
信じて貰えなかったようだ。それを見ていた次郎吉とグソウはヤイバが結構不憫属性の持ち主だなと思うのだった。しかしこの話はここで終わる。
「話はそこまでだ。来るぞ。ヤイバ、右を頼む」
「はい!」
ガルザがそういうと目が真っ赤な狼の群れが馬車の左右から崖から飛び降りる形で襲い掛かって来た。これに対してガルザとヤイバは応戦する。
「おらー! おらー! ふん! あめーんだよ!」
ガルザが大剣を奮う度に狼たちが吹っ飛ぶ。しかし大剣の振るい終わった一瞬の隙を難を逃れた魔獣の狼が見逃さず、ガルザの手に噛みつこうとした。しかしガルザはその狼を蹴り上げ、仲間が作った隙を付こうとして突撃してきた魔獣の狼たちを構えなおした大剣の一振りで吹っ飛ばす。
一方ヤイバは魔獣の狼の群れを相手に格闘戦で勝っている。地味ではあるが回し蹴り一発で魔獣の狼の牙が砕けていることから一発の破壊力はそれなりにあることが伺える。
そんな二人に対して魔獣の狼たちは二人を無視して馬車を狙う者もいたがガルザとヤイバがとんでもない脚力でそれを許さない。どちらかが馬車をフォローし、フォローで抜けたところをフォローしていない方がフォローに回る。
「すげー……って言うか戦い馴れている感じだな。こういう奴らと戦うことが結構あるのか?」
「ありますね。獣人たちの住処は人間が簡単に立ち寄れないところになりますから。そうなると彼らのような魔獣の住処と被って戦いになることはよくあります」
「魔獣に夜な夜な襲われる家もあるぐらいなんだぞ」
「獣人は獣人で苦労しているんだな。まぁ、大部分は人間のせいなんだけどよ」
安全な場所で暮らせるならそんな危ない目には合わないのにとどうしても楽に生きたいと考えている次郎吉としては思ってしまうことだった。その感想に対してサヤが微笑む。
「ふふ。次郎吉さんは不思議な人ですね。中々自分と同じ種族の罪を認める人はいませんよ?」
「そうなのかね? 俺っちの場合は自分が悪さをしている自覚があるからな。普通の人より悪いものは悪いって思いやすいのかも知れない」
「それは言えているかもな。最もジロキチの場合は自覚しても悪さを止めないけどな」
「悪さをすることが楽しいと思っているからな。獣人への迫害とかを人間が楽しんでやっていないことを祈る限りだ」
泥棒と殺人も悪さをやり続けている人間の行きつく先は楽しさだと次郎吉は思っている。楽しくないならどこかで止めるのが人間だ。つまらないことをやり続けるのは苦痛でしかない。
逆に言うと楽しい内は止まることは無い。次郎吉が危惧しているのはそこだ。快楽に飲み込まれて止まれなくなってしまったら、行くところまで行くしかなくなる。それが種族戦争ならどちらが絶滅するまで止まれないことを意味している。なので次郎吉はビャク王国の王族たちがそんなことになっていないことを祈ったのだ。
そんなことをしていると大きな足音が聞こえてきた。それを聞いたガルザが警告する。
「親玉が来たぞ。そいつの相手は俺がする。ヤイバは馬車を頼むぞ」
「はい!」
ガルザがそういうと馬車の道を塞ぐように巨大な狼が道を塞ぐように現れると四足歩行から二足歩行になり、両手の爪が鋭く伸びる。大きなで言うと二階建ての家ぐらいはある大物だ。
「ワオーーーーン! ガルルルル!」
「こりゃあ……とんでもない大物を引き当てたもんだな!」
ガルザがそうというボスの魔獣の狼に大剣で斬りかかるがボスの魔獣の狼も爪を振りかぶって、爪と大剣が激突し、凄まじい剣同士がぶつかるような音と共に両者の間で衝撃波が発生し、鍔迫り合いの状態になる。
「ぬぅううう! ん! おら!」
ガルザが足に力を込めて、爪を弾き飛ばした。これでバランスを崩したボスの魔獣の狼に追撃を仕掛けたがボスの魔獣の狼は地面を蹴って逃げた。それに対してガルザは追撃すると再び容赦が爪と大剣が激突する。
「おとー! いけー! 負けるな! おとー!」
「応援しているところ悪いんだけどよ……こっちは本当に大丈夫そうか?」
グソウがそういうと左右の崖から先ほどより多い魔獣の狼たちの姿が見えた。
「これは……お兄様だけだと辛そうですね」
サヤがそういうとヤイバの耳がぴくっと動くとヤイバの雰囲気がひりついたものに変わる。
「お前たちは動かくなくていい。こんな奴ら、俺一人で十分だ!」
そういうとヤイバは『アルバ』から拝借した剣を構えて襲い掛かって来る魔獣の狼たちを一人で撃退に動いた。左右の崖を蹴って、飛び回ることで両サイドの敵を倒している。それを見たエメリが言う。
「ヤイバは単純だな!」
「ふふ。そうですね」
「俺はこの少女たちがこえーよ」
「この先の将来が心配になるよな。でもま、女は男をこき使ってなんぼだ。それが行き過ぎないところだけ注意して成長して欲しいものだな」
次郎吉としてはなかなか動こうとしない男の尻を叩いて動かすのが女として理想だと思っている。しかし男を動かしてばかりで自分が堕落するのは次郎吉の女の理想とはかけ離れている認識だ。何事もバランスが重要でそこがまた難しい。
そんなことを言っていたが流石に数が多くヤイバでも止められなくなってくると突然ガルザが現れて、大剣の一振りで魔獣の狼たちを吹っ飛ばしてくれた。更に魔獣の狼の群れにボスの魔獣を吹っ飛ばし、そこで戦闘することで魔獣の狼たちに被害を出すと共に動きを止めた。
「とんでもないな。あのヤバそうな魔獣を相手にしながらこちらを見る余裕があるのか」
「いや。見ていないな。恐らく勘とその場の思い付きで動いている感じがする」
グソウの疑問に次郎吉が自分の考えを伝えると次郎吉の考えにエメリが答えを教えてくれる。
「次郎吉の言う通りだぞ! 獣人の戦闘の基本は勘だとおとーが言っていた!」
「人間より感覚が鋭いってことだな。もちろん耳の良さとか色々要素が加わっているんだろうけど。それを考えた上でもガルザの戦闘経験は相当なものだな」
いくら人間より優れていてもそれを生かさなければ意味はない。そしてそれを生かすのは個人の能力だ。ガルザの戦闘を見ているとそれを嫌でも理解させられる次郎吉たちであった。
ガルザの戦闘に次郎吉たちが脱帽しているとここで勝負が付く。
「おら! 取ったぜ? 俺たちを襲ったことを後悔してあの世に行け!」
空中で激しい大剣と爪の応戦をしているとガルザがボスの魔獣の両手を弾いたところでガルザは大剣を真上に構えて、振り下ろした。するとボスの魔獣の狼の顔に斬撃が命中し、そのまま地面に叩きつけて、落下した地面で衝撃波と土埃が発生する。
それが晴れるとボスの魔獣に大剣を突き刺しているガルザの姿があり、ボスの魔獣の狼は両手が力なく地面に触れたことで絶命したことを次郎吉だけでなく、魔獣の狼の群れ全体が知る。
「ふー……さて、残すはお前らだけだな?」
ガルザがそういって睨むと魔獣の狼たちはビビり、群れが散って逃げ出すのだった。
「おとーの勝ちだ!」
「ま、ざっとこんなものだな」
「流石です! ガルザ様!」
「はぁ……はぁ……俺も少しは褒めてくれよ。サヤ」
次郎吉とグソウは倒れ込んでいるヤイバにちゃんと感謝してあげるのだった。




