#33 鼠小僧VS剛腕のハゲッツ
無事に魔霧の森から帰って来た次郎吉たちはビオラに魔霧の森で起きたことを口頭で報告を済ませた。これで一旦今回の仕事は完了し、元の日常に戻ることにした。これは次郎吉が馴れていない恐喝をしたことで元の自分に戻るために結構な日数が必要だと判断した為だ。そんなわけで新しいソーサリーファクトの開発をする。
「ん~、んん~」
「旦那様はソーサリーファクトを作っている時が一番楽しそうですね」
「そうか? たぶんそれは自分の世界に没入出来るからだろうな」
「泥棒は違うのですか?」
プラムが次郎吉に当然の質問をすると次郎吉は答える。
「泥棒も一人でするならある意味自分の世界を構築していると言えるがそれよりも犯罪をしているという刺激が勝っちまうな。犯罪がいつ見つかり、いつソリスから追われるかもしれないドキドキがある。それに対してソーサリーファクトはただ楽しいだけだ。どちらが勝つか比べるまでもないな」
「なるほど。旦那様も泥棒するときはプレッシャーを感じているんですね」
「そりゃそうさ。それを感じねーと犯罪は楽しくねーよ」
これが犯罪の刺激に魅了された男の姿と言える。するとビオラからの依頼を三つこなしたのち、次郎吉はパステリスの町という王都シルファードに近い準主要都市の町で泥棒をすることになった。
このパステリスの町は王都シルファードから近いので、多くの政治家や貴族、商人がいることで知られている。次郎吉からすると江戸時代に慣れ親しんだ場所と同じ空気が漂っている場所と言える。
いつも通り入念に泥棒の準備を進めて、ソーサリーファクトも完全装備で政治家の家に盗みに入った。防犯が厳しくいつもより時間は掛かったが防犯装置を全て潜り抜けて次郎吉は泥棒に成功したと思った次の瞬間だった。
「っ!?」
一人の男が空から降っていると地面を砕いて着地する。現れたのはハゲッツチーフだ。次郎吉が貴族や政治家を狙っていると推理出来ていたのならこの町で網を張るのは当然と言える。しかも今回は次郎吉が結界のソーサリーファクトをすり抜けるところをはっきり双眼鏡で確認した上で現れている。つまりハゲッツからすると次郎吉の現行犯逮捕が狙える状況だ。
「ようやく見つけたぜ……って子供? む!」
次郎吉の判断は早かった。靴のソーサリーファクトを起動されて、雷速で逃げ出す。それを認識したハゲッツは凶暴な笑みを浮かべた。敵を認識してからの行動の速さはもし見つかったときのことを考えていた人間の動きだ。
これを見た瞬間にハゲッツにとっては子供かどうかは重要ではなくなった。自分が待ち望んだ強者だと認識したからである。
「俺から簡単には逃げられないぜ!」
ハゲッツは魔法陣を地面に展開して地面を蹴るととんでもない速度で飛び出し、更に自分の身体に魔法陣を展開して建物を貫通すると次郎吉に殴りかかる。建物の間を動き回っていた次郎吉と直線で移動したハゲッツとではいくら速度の差があっても追いつくことは可能だ。
ただそれをピンポイントで合わせるのは神業と言っていい。しかもハゲッツは計算しているわけじゃない。ただの感で雷速で動き回る次郎吉の動きに合わせたのだ。
しかし次郎吉も負けていない。殴られそうになった瞬間、地面が青く放電すると次郎吉の靴が赤い放電を放ち、姿が消える。ハゲッツが下を見ると次郎吉が青く放電している地面に次々引き寄せられる形で不規則に雷速で次郎吉は動き回っていた。
「電磁誘導を利用した雷属性のソーサリーファクトか! 面白いもの持っているじゃねーか!」
それを見たハゲッツは建物の壁を蹴ることで次郎吉を追跡する。しかしハゲッツの攻撃は次郎吉に当たらない。次郎吉はパルクールをしているかのように建物を飛び回りながらハゲッツの攻撃を躱していた。お互いの反射神経と運動神経が光る攻防だ。
その裏側では非常に高度な魔術とソーサリーファクトの駆け引きが発生している。何せ両者一つ操作をミスすると自分が大怪我する危険があった。それをミスしないのはお互いの技量の凄まじさを感じさせた。
何度かの攻防ののち次郎吉とハゲッツはお互いに笑みを浮かべていた。そこにはお互いが強敵であると認識した者同士でしかわからない奇妙な繋がりが生まれた瞬間でもあった。
しばらく追いかけっこが続くとここで次郎吉は狭い路地に入り、建物の壁を走って登ると空に飛び出す。
「そこまでだ! 泥棒!」
待ち構えていたのはハゲッツが配置していたソリスたちだ。彼らは次郎吉に向かって攻撃のソーサリーファクトを起動されて、次郎吉に火球が炸裂すると次郎吉は爆発した。
「やったぞ!」
「馬鹿野郎! まだだ!」
「へ?」
ソリスたちが落下する次郎吉を見ると屋根に落ちた瞬間、次郎吉の姿が消える。
「「「「幻!?」」」」
ハゲッツは気配を探るが次郎吉の姿を完全に見失った。次郎吉は狭い路地に入った時にハゲッツの視界を完全に遮断した。そして自分の幻を上にあげて、待ち伏せしているソリスたちに攻撃されることで完全にハゲッツの意識を自分から外すことに成功したわけだ。
「チッ! 俺の負けか」
「諦めるの速すぎですよ! ハゲッツチーフ! 泥棒はこのあたりに必ずいるはずだ! みんな、探せ!」
ハゲッツチーフの相棒のソリスがそう指示を出すがハゲッツはもう見つけることは出来ないと確信している。次郎吉のレベルを肌で知ったハゲッツは一度見失うと絶対に捕まえることが出来ない犯罪者だと知ったからだ。
ハゲッツチーフは拳を握りしめると笑う。
「俺の剛腕をこれだけ避けたのはあいつが初めてだな。思った通りだ。あいつは俺が待ち望んだ極上の獲物。次は絶対に捕まえてやるぜ!」
一方次郎吉は他人の家の床下に隠れた。ソリスは下水道を捜索すると読んで家の中に隠れることにしたわけだ。これで次郎吉はまんまと逃げきった。
「あいつがビオラさんが言っていた俺っちを追っているソリスの『剛腕のハゲッツ』って奴だな。聞いていたよりずっとやばい化け物だったな」
次郎吉はビオラからの情報でハゲッツは土属性の魔術師であることを聞いていた。普通なら土属性が雷属性に速さで勝てるわけがない。それをハゲッツはベクトル操作の魔術で解決してきた。
ベクトルとは大きさと向きを持つ量のことを言う。主に物理学で使われる言葉でこれを操作できるとなると様々なことが出来る。例えば重力の大きさを弱くすることが出来るし、空気抵抗も減らすことが出来るようになる。ハゲッツが最初にした地面の魔術がそれとなる。あの一瞬でまるで宇宙空間にいるようなベクトルの状況を作り出すことで減速せずに最初の跳躍の速度のまま一直線に動いたわけだ。
もちろんその跳躍したときに発生するベクトルの大きさも大きく出来ることでかなりの速度を出すことに成功した。ただそんなこと普通の魔術師には出来はしない。出来たとしてもハゲッツのように完璧にコントロールすることは不可能だと次郎吉は肌で感じた。
「高等魔術の連続使用。あれがトップクラスの魔術師の戦闘か。プラムのソーサリーファクトが無かったら負けてたのは俺っちのほうだったな」
昼になり、次郎吉が家の留守を確認した上で安全に外に出るとソリスの建物に人が集まっていた。昨日の夜にハゲッツが暴れたことで建物への被害が出て、市民が抗議しているのだ。
ソリスの人たちはなんとか次郎吉のせいにしようと必死だ。そんな様子を見た次郎吉が言う。
「へへ。楽しくなってきたじゃねーか。相手にとって不足なし。俺っちを捕まえられるもんなら捕まえてみろよ。ハゲッツのおっさん」
そういうと次郎吉は町から消えるのだった。




