#2 死後の鼠小僧と異世界転生
首を切られた次郎吉は無事に死ぬことが出来た。そして意識を取り戻すとそこは真っ白な空間にいた。
「どこだ? ここ?」
「ここはあなたの世界というかあなたの国でいうところのあの世です。天国や黄泉の国といったほうがしっくり来るかもしれませんね」
次郎吉が声が聞こえた方向に目を向けるとそこには金色のロングヘアーの髪に背中から六枚の白い翼、頭には光る輪っかがある美女がいた。
美女が指を鳴らすと美女の前に机と椅子が出現し、次郎吉の前には椅子のみ出現する。
「どうぞ。お座りください」
「……どーも」
次郎吉は勧められたので椅子に座った。次郎吉でも一応外人は知っている。しかし当たり前の話だが背中から翼が生えている外人は初めて遭遇する経験だ。何しろ現代のようにコスプレする文化はないからだ。
(まさか京で有名な天狗とかいう妖怪か? やばい。初めて出会っちゃったよ。いや? 天狗は髪の毛は黒か? じゃあ、こいつはなんだ? 妖怪、金髪鳥人間か? 新種の妖怪、話せば金になるか? いや、そもそもこんな与太話、信じる奴はいねーか)
次郎吉は天使という存在は知らなかった。背中に羽がある存在といえば天狗という妖怪だと思うのが江戸時代の一般市民の感想だろう。
「えーっと……鼠小僧、次郎吉さん。あなたは死んだことを覚えていますか?」
天使改めて妖怪金髪鳥人間が次郎吉に話しかけて来たので、次郎吉はとりあえず答えることにした。
「もちろん覚えているぞ。死ぬほど痛い目に会ったからな」
「それで死んでいるんですから当たり前ですね」
金髪鳥人間は何気に言葉に棘があると次郎吉は思った。金髪鳥人間は早速本題に入ることにした。
「あなたをここに呼んだのはあなたの人生をどう評価するか神様たちの間で評価が別れちゃっているからです。あなたの世界でいうところのあなたを天国に行かせるべきか地獄に行かせるべきか評価を迷っているって感じですね。そこで私があなたから直接話を聞くことになったんですよ」
日本では閻魔大王の話が有名で次郎吉もこの話を知っていた。閻魔大王はあの世の裁判官で死者の生前の罪を裁き、死者が天国に行くべきか地獄に行くべきか判決を下すという伝説だ。
金髪鳥人間の話ではこの役割をする神が複数おり、次郎吉が天国にいくべきか地獄に行くべきか意見が割れている状況らしい。鼠小僧の伝説から見るとそうなるのもやむを得ないのだが、本人にとって善行している認識がないので、次郎吉は当たり前のことを言う。
「あん? そんなの地獄行きに決まっているだろ? どれだけ泥棒したと思っているんだよ」
「罪状では122回泥棒をしてますね」
「よく知っているな。因みに俺っち自身はわざわざ数えてなんかいないから正確な数は知らねーよ」
泥棒した件数なんて覚えているのは最初のほうだけだ。慣れてきたらそんなことに脳みそを使うことなんてやめてしまう。少なくとも次郎吉にとって今日で何件目の泥棒したと数えるなんて何の得もないくだらない情報だ。
犯罪者は慣れれば慣れるほど効率を求めていく効率中毒者である。無駄な情報は切り捨てて、有益な情報を脳に入れることで犯罪の成功率は上げていくのだ。逆にいうと効率を求めず、ずっと同じ動きばかりしているとすぐ捕まってしまうのが当然の結果と言える。
何せ捕まえる側が犯罪者の動きに慣れて、どう捕まえるか学習するから犯罪者はそれを毎回超えないといけない。そのスリルを楽しめるようになれたら、一級の犯罪者だと次郎吉は考えている。
金髪鳥人間は謎の書類に目を通しながら言う。
「それはそうでしょうね。どうやら被害を受けた人の中にはプライドから言わない人とかいるようですし」
地位が高い人間たちからすると泥棒に入られて、金を盗られるなんて赤っ恥だ。しかもその金が表に出せないような金なら尚更言うわけにはいかない。
更にいうと次郎吉は大金を盗まないのが泥棒だった。これにも色々な理由が隠されている。そもそも一人で小判や大判を運ぶのには千両箱があるとはいえ限度がある。人数集めて荷台で一気に運ぶ手法もあるが次郎吉は一人で泥棒をするタイプだ。
何故ならたくさん人がいるとそれだけ見つかるリスクも高くなり、大金を運ぶとなると確実に機動力は下がる。これで捕まったり、荷台を捨てて逃げることになったら泥棒の負けだ。
まずこの考え方が大前提としてあり、これに付け加える形で次郎吉は被害金額が大きすぎると恥より金欲が勝ってしまい通報されてしまうリスクが高いと考えた。これが金髪鳥人間が指摘したプライドという部分となる。
特に位が高い人間は基本的にプライドも高い。だから泥棒に入られて金を盗まれたという屈辱的行為を周囲の人間でさえなかなか言えないものだ。
例えばの話だが泥棒に入られた奴を散々馬鹿にしていた奴が被害を受けて自分も泥棒に入られましたと言えるのかという話だね。位が高くないならまだ言えるが位が高い人間は自分が笑われることを極端に嫌うので、隠す可能性が高くなるのだ。
しかし先にも言ったが被害が大きすぎるとプライドよりも金を優先する傾向があるのも位が高い人間の特徴だ。その場合だと何が何でも自分の金を取り返そうと動いてくるので、質が悪い。
その場合の対策も次郎吉はちゃんとしていた。ずばり盗んだ金はすぐに使う。これに限る。金は使えば基本的には戻ってくることはないというのが江戸時代の金融システムだ。現代だと泥棒に入られた時のための保険とかあったりするだが江戸時代にそんなシステムはない。
例外としては賭博などで勝てばお金が戻って来るケースもあるが基本的に使った金が戻って来ることはないという認識で大丈夫だ。
現代なら逆に金を使えば捕まるリスクがあったりするわけだが江戸時代には使われた金が盗まれた金がどうか判別する手段がない。つまり使った者勝ちなのだ。故に次郎吉は賭博と女、酒に盗んだ金を使い続けた。この三つは次郎吉にとって最も楽しく素早く金を使う娯楽だったからだ。
金髪鳥人間が書類を集めて、話を続ける。
「まぁ、その辺りのことは面倒なので本題に入りましょう。私たちが困っている原因はあなたが死後、義賊として英雄視されている事です」
「義賊? 俺っちが? はは! そんなわけないだろ? 泥棒はいつも一人でしていたし、貧しい人に金を配った事なんてねーぞ。親や妻たちとも絶縁状態だし、墓も建てられていないんじゃないか?」
江戸の町でそういう噂が流行っていることは当然次郎吉も知っていた。しかし次郎吉からすると金持ちや権力者が金を盗まれたことでざまーみろと市民から思われ、もっとやれと次郎吉の人気に火が付いたような認識でいたのだ。
次郎吉にとっての誤算があるとするなら貧しい人に金を配った事という点だ。確かに次郎吉は自分の意志で貧しい人に金を配った事はない。あくまで泥棒をして逃げている過程で盗んだお金が零れ落ちただけだ。
そりゃあ、風呂敷で大判、小判を包んで運んだり、千両箱を持った状態で屋根瓦を走り屋根から屋根に飛び移ったりしていたらお金が零れ落ちるのは当然だろう。これが結果的に江戸の市民たちの手に渡り、英雄視されたわけだ。
つまり次郎吉の義賊としての伝説や人気は偶然の産物だったのだ。もちろん本人にその気は一切ない。ここでお互いの情報が違っていることを金髪鳥人間は認識した。
「私たちが得ている情報と違いますね。ちょっと確認しますので、お待ちください。う~ん? どうやらあなたのお墓ならちゃんとあるみたいですよ。あなたの奥さんたちかあなたから恩義を受けた人が作ったみたいです」
次郎吉はまさか天涯孤独で死んだ自分に墓があるとは思っていなかったので、大変驚いた。これは自分が死んだ後、妻たちが次郎吉に受けた恩義を返すために墓を建てたことを意味している。
(全く……自分たちの人生のことだけ考えろって言ったのに余計なところに金を使ってるんじゃねーよ。そんなことを俺っちが言うとあいつらは余計なことじゃないと怒るんだろうな)
次郎吉の感想には離縁を繰り返したのにもかかわらずちゃんとした夫婦関係が見え隠れするのだった。金髪鳥人間の謎の調査が続く中、金髪鳥人間は次郎吉に質問する。
「ふむふむ。一つお聞きしますがあなたは困っている人にお金を渡したことが全くありませんか?」
「俺っちが盗んだ金をどうして他人にやらねーと……あ」
次郎吉の脳裏に貧乏で芝居が出来ない人に金を渡した記憶が蘇った。次郎吉も順風満帆な人生を送ってきたわけじゃない。そんな次郎吉が金を盗み、大金を手にした状態で貧しい子供を視界に入れてしまったことがあった。
その時、次郎吉は自分にはもうその道は進めないが故にその子供に賭けてみたくなったことがあったのだ。極悪人にも気の迷いが発生することもあるという瞬間の出来事だった。
「何か思い出しましたか?」
「いや、何度か確かに金を渡したことはあるかもしれないがほんの数人だぞ」
「数人でもあるんですね。それがいつの間にか鼠小僧は盗んだ金を貧しい人に与える義賊として認知されるようになったんだと思います」
「はぁ……余計な事をしてくれる。それで俺っちはどうなるんだい?」
次郎吉が確信を着く質問をすると金髪鳥人間は笑顔で答えた。
「あなたが良い人なのか悪い人なのか判断が付かないので、異世界に転生させることに決定しました」
「異世界? 転生? なんだそれ?」
「早い話があなたが生きていた世界とは異なる世界で人生を最初からやり直してください。それであなたが天国に行くべき人か地獄に行くべき人か再度判断させて貰います」
面倒臭い事になったと次郎吉は心の底から思った。
「人生をやり直せと言われてもどうせまた泥棒するだけだと思うぜ?」
「それならそれで構いません。それで死んだら地獄に落とすだけですから」
「……やっぱりお前、人間を地獄に落とす新種の妖怪。金髪鳥人間だろ?」
「……天罰」
次郎吉に雷が落ちて感電する。次郎吉はこの瞬間やっぱりこいつは妖怪だと確信した。
「何しやがる! 金髪鳥人間!」
「天使である私を妖怪なんて言うからそうなるんです。私も忙しんですからさっさと転生させますよ」
金髪鳥人間は手を次郎吉に向けると魔方陣を展開して色々操作する。すると次郎吉の身体が宙に浮いて上昇していく。
「なんじゃこりゃ!? おい! こら! 降ろせ! 金髪鳥人間!」
「はい。行ってらっしゃい~」
こうして次郎吉は妖怪、金髪鳥人間の手によって、異世界に転生することになった。
次郎吉が異世界転生した後、一人の老人が金髪鳥人間の前に現れた。
「神様。これでよろしかったですか? ちゃんと言いつけ通り死後の知識、魂はそのままで異世界の言語の適応はさせましたけど」
「うむ。ご苦労じゃった。さて、彼は異世界でどんな人生を送るか楽しみじゃのぅ」
「本人も言ってましたけど、泥棒を繰り返すだけだと思いますが」
「そうかも知れん。しかし人生は生まれや育ち、出会いなどでいくらでも変化するものじゃ。悪人が悪人のまま人生を貫き通すのか悪人が善人となるのか。はたまたそのどちらでもないのか今から楽しみじゃわい」
老人の笑い声が響く中、神のご遊戯に使われてしまった次郎吉を不憫に思う金髪鳥人間であった。




