#10 流離いの旅と貴族制度
次郎吉は夜の間に徒歩で別の村に辿り着いていた。殺し屋に狙われてしまう状態になったので、殺し屋の情報網から早く逃げ出すために迅速な動きが求められた。
しかも町と町との移動手段に使われている魔道バスも殺し屋に待ち伏せされているリスクが非常に高かったので、安全を考えると徒歩での移動しか選択肢が無かった。逆に言うと殺し屋のほうは遠くに移動されるのを防ぐために魔道バスを見張るしかないとも言える。
次郎吉が辿り着いた村は西部劇に出てくるような寂れた荒野の村だった。そこで次郎吉は新聞を買うことにした。
「おっちゃん、お金濡れちゃったんだけど使えるかい?」
「あん? あぁ……これぐらいなら問題ないぞ。坊主」
どうやら破れていなければ使えるらしい。逆にいうと破れていたら使えないので、次郎吉の盗んだお金の中で結構な損失は発生した。それでも盗んだお金がとんでもない金額なので問題はない。この結果を見て次郎吉は貴金属を盗んだほうがいいか考えたが売って金に変えないといけないことを考えると直接金を盗んだほうがいいという結論になった。
そういうのを安心して売れる相手がいるなら盗んでもいいのだが、今の次郎吉には裏社会との繋がりはないので不可能と言えた。そういうことが出来るのは有名な悪人となって、裏社会で通用するようになってからだ。
「それじゃあ、新聞一つお願い」
「あいよ。ほら、釣りだ」
「ありがとう。さて、昨日の話は出ているか? あった。『シャギー伯爵邸強盗殺人事件』これだな。この記事を見ると俺っちが殺し屋の人に罪を擦り付けたように見えるな」
ソリスもまさか共犯でもない犯罪者が二人いたとは考えつかないだろう。ここで次郎吉は新聞の写真を見ると知った顔が写っていた。
「ん? この絵の子……俺っちの命の恩人のメイドじゃないか? なになに……買出しで留守にしていたのか。運がいいな。というかこれあのくそばばあに嫌がらせを受けてないか? そのおかげで命が助かるとは徳は積んでおくべきものだな」
昨日の屋敷の様子から考えてメイド全員がお出迎えをするべき状態だ。それなのに買い物に行かされていたのは流石に色々邪推してしまう。嫌がらせ以外だと殺し屋の内通者とかだね。しかし内通者なら次郎吉の鼻が反応しているので、次郎吉はそっち方面の邪推はしない。次郎吉は新聞の続きを読む。
「犯人は見つかっていない。まぁ、そりゃそうだよな。あれは手練れだったし、修羅場の一つや二つは乗り越えていた極悪人だった。捕まってくれていたら助かるんだがそんな美味い話はないか」
こうなると休憩とか考えていられない。相手もこちらの情報をあの町で調べるだろうが相手が一人ではなく組織だとしたらすぐに手が回ってしまう。なので次郎吉にとってはまず遠くに逃げて相手の情報網から逃れるのが最優先事項となる。
幸い新聞を見ると殺人から泥棒まで犯罪には事欠かない国らしいので、次郎吉が泥棒しても注目は集まりづらい。しかし相手が全ての泥棒の事件を調べるとなると話は別だ。次郎吉が泥棒するたびに確実に次郎吉を追い詰めてくる。なので簡単には泥棒をするわけにはいかなくなってしまった。
「ま、それならそれで情報集めに専念してゆっくり確実に泥棒を成功させるだけなんだがな」
泥棒をやめるという選択肢がない次郎吉であった。
そんなわけで次郎吉は荒野の村で食べ物を買うと年寄りの荷物運びの業者に目を付けた。
「お爺ちゃん。ちょっといい?」
「ん? なんだ? 坊主?」
「お爺ちゃんはこれからどこにいくの? あっちの町?」
次郎吉が自分がやってきた方向を指差した。町の名前を知らない以上、こうやって伝えるしかない。するとお爺ちゃんは答えてくれる。
「いいや。グレスの町にはいかんぞ。儂が帰るのはべリアの村じゃ」
次郎吉が最初にいた町の名前はグレスの町と言うらしい。
「お爺ちゃん。そのべリアの村まで俺っちを連れてってくれない?」
「ん? どうしたんじゃ? 親はどうした?」
「捨てられちゃった……」
次郎吉はしょんぼり演技をする。すると周囲の視線がお爺ちゃんに向く。こういう時、子供の姿は圧倒的に強いと思う次郎吉である。
「ぬぐ……まぁ、連れていくことぐらいならやってやらんこともないが……」
「ありがとう! お爺ちゃん!」
周囲から拍手を贈られるがお爺ちゃんは肩を落とす。恐らく子供の面倒を見たくないのだろう。そんなお爺ちゃんのために次郎吉は緑豊かなべリアの村に辿り着くとお爺ちゃんにお礼のお金を渡すとさっさと去る。
「お、おい! こんな大金貰っていいのか?」
次郎吉からすると命がかかっていることを考えると当然の金額なのだが、何も知らないお爺ちゃんからするとそれは大金であった。そんな次郎吉はすぐさま同じ手段で今度は農家の人に便乗して次の村に行くと夕方になったので、他人の家の屋根裏で寝る。
次の日とその次の日も次郎吉は飲食を済ませつつ移動に専念した。そして次郎吉はかなり大きめの農村に辿り着く。
「ここがカリアの村だよ」
「大きい村とは聞いていたが、本当に大きな村だな」
次郎吉は牛乳を運んでいるおばあちゃんとその手伝いをしている娘のお世話になってこの村にやってきた。このカリアの村には一つ特徴があった。
「あの大きな家は?」
「あぁ……あれはねぇ……エルバーン子爵のお家だよぉ……」
「子爵?」
次郎吉が首をひねると待ってましたと言わんばかりに娘が次郎吉にくっついてきた。
「まだ知らないんだね。じゃあ、あたしが教えてあげる! この国には王様と女王様、王子様、王女様たちを中心にした王族が一番偉いのは分かるかな?」
次郎吉は頷く。流石にここ数日、殺し屋たちの情報を探るために新聞を読んでいたからこの国の一番の権力者が王族なのは知っていた。問題は他の位の順位が新聞からではわからなかったのだ。それを娘が教えてくれる。
「次に偉いのが王族の血縁関係にある公爵様。次が主要都市やその周囲を統治している侯爵様。その次が準主要都市やその周囲を統治しているのが伯爵様。国境や辺境の村や町を収めている子爵様。一部の土地や領地を持っているのが男爵様なんだよ」
「彼らとは別に地位は持っていない政治家たちも多くいるんだよぉ」
現実と似ているようで微妙に違う世界になっているようだ。次郎吉からするとちょっとだけ江戸時代の構造に似てはいる。
江戸時代で例えるならまず徳川家がいる江戸城があり、その周囲には徳川家ゆかりの人物が領主となり、他の土地を戦で味方してくれた大名たちで統治する構造だ。江戸時代だと参勤交代で地方の大名が江戸にやってこなければならない制度があったのだが、次郎吉が今いる国でそんな制度があるかは謎である。
そして徳川家の政治を支える家来や側近が政治家という立ち位置に見えた。
「つまりここは国境や辺境に当たる村ってことか?」
「そうだね。地図で言ったら、シルファリッド王国の右下側になるね」
次郎吉が生まれた国名が今頃になって判明した。ぶっちゃけ生きていく上で自分が生まれた国の名前が必要かと考えたときに次郎吉は必要じゃないと判断していた。
「はぁ……じゃあ、ここの村って結構やばかったりするのか?」
「んん~……やばいっていうか。近くにエルフが住んでいる魔霧の森があってエルフたちが私たちの国に攻めてきたらやばいかも?」
「エルフ?」
次郎吉が聞いたことがない名前に首を傾げるとおばあちゃんが教えてくれる。
「人間とは違う魔法を扱う種族じゃよ……見た目は人間と似ており、耳が尖っておるらしい。なんでも種族全員が全ての属性の魔法を使えるらしくてな……人間よりも魔法の扱いに秀でている種族として各国から恐れられておるじゃよ」
「はぁ? なんだ? そのでたらめな種族は?」
人間は一部しか魔法が使えず、エルフは全ての属性の魔法を使えるとなると戦力差は歴然だと詳しくない次郎吉でもわかる。江戸時代の戦いで例えるなら人間は刀しか使えず、エルフは刀に加えて盾や弓、銃、大砲なんでも使えるような感じだ。
それなら戦いにすらならないと次郎吉でも思うわけだが、それならそれでなぜエルフがこの世界で覇権をとっていないのか疑問になる。
「友好的な種族じゃないんだな?」
「それは知らん」
次郎吉はずっこけそうになる。
「知らんのかい」
「何せ誰も見たことがないんじゃよ……ただ話としてその森にそういう名の危険な種族がいるという話だけは本や国から伝えられておる感じじゃな」
次郎吉は本だけなら迷信の可能性もあると思ったが国から人間とは違う種族がいると伝えられているのなら存在している可能性は高いと思った。それでも可能性を高いとしたのはそういう迷信を利用して何かしらの政治に利用する可能性もゼロではないからだ。
しかし国の制度を考えるとここに貴族を置いたということは何かしらの危険があるか何かしらの利点があることだけは確かだと次郎吉は考えた。そこで次郎吉は一つ気になったことを聞く。
「おばあちゃん。貴族って自分でどこの場所に住むのかとか決めれたりするのか? それか王様から直接指示されたりするものなのか?」
「基本的には自分で申請を出すはずさね……流石に国が出来たときは王様が指示を出したそうだけだね」
つまり上の地位の人たちは建国時に統治する場所が割り振られて地方を治める貴族は基本的に自由に選べるわけだ。となるとこの場所で金儲けが何か悪だくみをするために選んだ可能性が次郎吉の中で高くなった。
余程国に尽くす貴族なら国の防衛のためにここを選ぶこともあるだろうがどうにもきな臭い。少なくとも次郎吉の目に移っているのは大きな屋敷一つのみ。江戸時代の人間からするとぶっちゃけ国を守る意思を感じない。
これでめちゃくちゃ強そうなエルフが攻めてきたときにこの村や国を守れるかと聞かれると無理だろう。更に国境であることを考えるとエルフ以外の人間の国から攻められるリスクもある。となるとここを選んだ理由は国を守るためじゃないと考えるのが普通に次郎吉には思えた。
次郎吉が考え込んでいると娘が限界を迎えた。
「む~! 難しい顔している! ね! ね! 今日はうちに泊まっていくよね? お姉ちゃんが一緒に寝てあげるよ」
その日はおばあちゃんの家でお世話になる。すっかり娘に懐かれてしまった次郎吉である。
「伊達男は辛いぜ~。ん?」
次郎吉が農村を見て回っていると魔道車が屋敷のほうからやって来ると次郎吉の少し前で魔道車が止まり、エルバーン子爵が現れた。次郎吉が村長と話しているエルバーン子爵の背後を通ると次郎吉の鼻が強烈に反応した。
(やはりこいつも大概な悪さしているな……女の臭いもするしろくでなし確定。国を守る貴族がごみだと大変だな。そしてこの場所を選んだのは金儲けか何かしらの商売の可能性が高くなったか)
ここで次郎吉は泥棒をするか考えると今日のところは却下した。何せ現状ソーサリーファクトがないと泥棒はかなり難しい状況にあると次郎吉は考えていた。少なくとも貴族の家には防犯装置のソーサリーファクトがあることはほぼ確定と見ていい。光を使うセンサータイプのソーサリーファクトなら突破できる状況だが屋敷の大きさを考えると結界タイプの可能性が高いと次郎吉は思った。それだと次郎吉に突破する手段はない。
更に殺し屋の問題も次郎吉は抱えている。なので今は移動を優先する考えとなった。
一応次郎吉の頭の中では国の端まで来たから安全とも考えたが相手のことを考えると国の端まで調べるだろう。そう考えると次郎吉は相手の裏をかいてここから逆に今まで通ってきた道とは違う道で都市部に向かうことに決めるのだった。




