#1 江戸時代と泥棒の天才
江戸時代と聞くとみんなはどんな時代を連想するだろうか?日本で一番長く続いた時代と答える人が結構いるのかな?はたまた時代劇の影響で悪代官や遊郭を思い浮かべる人も多いだろう。
そんな江戸時代だが、日本で本格的な金融経済が始まった時代とされている。もちろん江戸時代以前にお金という概念は作られていた。しかし江戸時代以前のお金のやり取りをするのは上の地位の人たちだけで貧しい人たちにお金はそこまで普及することが無かった。
その時代だとまだ生産者たちは米や野菜、魚、肉をお金の代わりに領主に納めたり、物々交換をすることで生計を立てていたのだ。
それが江戸時代になると売った物をお金に変える時代となり、お金を使って別の物を買う時代となった。この結果、色々な商売する人が出てきて、商売をサポートするために全国の道が整備されて盛んな交流が行われたことで日本は経済発展を一気に遂げることになる。
もちろんこれだけでなく、外国との交流など様々な経済発展の要因があったけど、金融経済の完成は間違いなく経済発展の要員の一つに数えられるはずだ。
しかし何事にもメリットがあればデメリットがある。金融経済が確立されたことで犯罪が一気に増えたのも江戸時代の特徴だ。先ほど話した時代劇でよく登場する悪代官や悪代官と結託する悪い商人たちがこれに該当する。
そんな彼らは利益を独占してお金を貯めたことで本来ならお金が経済を回す仕組みがせき止められたことで貧しい人たちにお金が回らず、金持ちだけがお金を独占する時代となってしまった。だから時代劇では悪代官や悪い商人たちを倒して貧しい人たちを救うような展開になるわけだ。
江戸時代の話は一旦ここまで終わりにして、時は江戸時代中期。文政の時代。ここはとある武家屋敷。ここに性欲にまみれた大名の馬鹿息子とその息子に目を付けられた町娘がいた。
「い……いや! 私にはここに決めた人がいるんです! お願いします! 帰らせてください!」
「むっひょっひょ! この状況で逃げれると思っているのか? 大人しく私の妻になれ!」
「ひ!? だ、誰か助け」
馬鹿息子の手が町娘の服を掴んだその時、屋敷の中で警備をしていた配下たちが一斉に騒ぎ出した。
「ご子息! 大変でございます!」
「なんだ? 騒がしいな。今、いいところなのだ。邪魔をするな」
「そ、それは分かっているのですが……」
「鼠小僧だ! 鼠小僧が出たぞーーー!」
鼠小僧という名前が大名屋敷で響き渡ると馬鹿息子も手を止めた。
「鼠小僧だと!?」
「はい……屋敷に保管していた千両箱を盗まれました」
「何をしているんだ! 馬鹿者! 早く捕まえろ! 父上に私が怒られるではないか!」
「東門だ! 東門から逃げたぞ! 追え! 逃がすな!」
この声を聴いた馬鹿息子が東門に向かった。その結果、部屋に取り残されたのは町娘のみとなる。町娘は服の乱れを整える。
「鼠小僧さん……いけない。今の内に逃げ出さないと」
屋敷の人が鼠小僧と呼ばれた泥棒を追いかけたことで屋敷の中が間抜けの殻になったことで町娘は逃げ出すことが出来たのだった。それはただの偶然の出来事。しかし助かった町娘からしたら紛れもなく鼠小僧は自分のことを助けてくれた恩人に見えるだろう。
更に舞台は変わり江戸の町の裏道。ここに一組の貧しい赤子を背負っている母がいた。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
「あぁ……ごめんなさいね。お金がない貧しい母を許しておくれ……もうご飯を食べるだけのお金もない……こうなったら、もう我が子と一緒に死ぬしか……」
母が小刀を取り出したその時だった。遠くから家の上を走る足音が聞こえてくる。どんどんその足音が近づいて来たと思い、母は空を見上げたその時だった。家から家に何者かが飛び移る姿を見ると次の瞬間、空から大判が降って来た。
「え? こ、これは大判!? それもこんなに!? これがあればご飯を食べれる! この子に乳を与えられる! 神様! 感謝します!」
神に感謝している母のところに今度は大量の足音が近づいて来た。
「「「「御用だ! 御用だ!」」」」
「町奉行の人たち!?」
町奉行とは現代でいうところの警察に位置している組織だ。これを認識した母は慌てて大判を拾い、服の中に隠した。
「また見失った……」
「なんてすばしっこい奴なんだ! おい! そこの赤子を抱いている女! こっちに泥棒が来なかったか?」
「泥棒ですか? いえ、私は今にも飢えで死にそうになっているだけですが」
「そんなことは聞いておらん! ええい! くまなく探せ! まだこの辺りに鼠小僧がいるはずだ」
そういうと町奉行の人たちはバラバラにばらけて捜索を開始する。その結果、大判を拾った貧しい親子を見逃してしまった。泥棒が盗んだ金を自分が拾ったことを知れば当然町奉行は没収に動いて来る。それを知っているから母は大判を隠したのだ。
「鼠小僧……それがこの大判をくれた人のお名前……感謝したします」
こうして母はご飯を食べることが出来て赤子の命も救われたのだった。これもまた偶然の出来事。鼠小僧からすると逃げている最中に家から家に飛び移ったときに千両箱から大判がこぼれてしまった事故だ。しかし事故でもそれが人の命を救ったことに変わりはない。
鼠小僧。それが文政から天保の時代にかけて江戸の町で盗みの限りを尽くした泥棒の異名だ。彼の本名は次郎吉と言う。彼は今回のように武家屋敷や大名屋敷中心に盗みを働き逃走中にお金を偶然落としたことで市民から義賊として英雄視された人間だ。
普通なら泥棒が義賊として英雄視されることはない。何せ泥棒は間違いなく犯罪なのだ。ではなぜ鼠小僧は義賊として英雄視されたのか。これは鼠小僧が武家屋敷や大名屋敷を狙った泥棒だったからだ。
こう聞くと武家屋敷や大名屋敷にいる全ての人が悪者に聞こえるだろうが決してそういうわけじゃない。もちろん善人だけいたという話でもなく悪者もいたが基本的に武家屋敷にいる地位が高い人間はお金をたくさん持っている人たちだ。
地位が高くお金を持っている人は地位が低くお金を持っていない人たちからは恨みや妬みを買ってしまうのが世の中の摂理と言える。つまり市民からして鼠小僧は自分たちの代わりに彼らに罰を与えてくれる上に彼らのお金を江戸の町にばら撒いてくれる存在して英雄視されたわけだ。
しかし現実と理想が必ずしも一致するとは限らない。
「いや~……今回も大量! 大量! 我ながら俺っちの泥棒の腕前神がかりすぎだろ! お~い! おやっさん! 酒! 酒! 後、女!」
「はいよ。次郎吉の旦那」
ご覧の通り次郎吉の現実は泥棒して稼いだお金を酒と女と賭博に捧げた真の悪党である。しかしただのくず男というわけでもない。
「次郎吉さん、またこんなにお金を頂いちゃってもいいのかい?」
「いいんだよ。女にお金を与えるのは男の喜びなんでな。その金使って今よりもっと素敵な女になってくれ」
「あら? 今のあたしじゃ満足いかないのかい?」
「いかないね。男は欲深いもんでな。じゃあな。姉ちゃん。もっといい女になれよ」
次郎吉は死ぬまでに四人の女房を得た男で現代でいうところの離婚と結婚を繰り返した。ここだけ聞くと悪人に思われるだろうがこれにはちゃんとしたわけがある。
次郎吉が悪人である以上、捕まったら女房まで迷惑をかけることになるので離縁を繰り返したと言われている。つまり犯罪をしつつ自分が好きな女性を守り抜いたのが次郎吉という泥棒なのだ。
更に賭博場においても次郎吉の評判は良かった。
「だ~! 勝っていたのにまた負けちまった!」
「どうするよ? 次郎吉。まだ続けるかい?」
「いや、時間も遅いし、これ以上はおやっさんたちも迷惑だろ? 今日の所はこれでしまいとされて貰うよ。また遊びに来るぜ。おやっさん」
「おうよ。何度でも遊びに来な」
次郎吉はそういうと賭博場を後にする。ここで賭博場で働いている若者が店主に発言して来る。
「おやっさん。あの次郎吉って奴。絶対に怪しいですよ。前回も前々回も大負けしてこんな大金をすぐ持って来るなんてありえませんって。もしかしてあいつ、最近江戸の町で有名になっている鼠小僧なんじゃないですか?」
次郎吉は賭博場において勝ち逃げせず、負けて引き下がって場を白けさせたりしなかったという。なので賭博場ではかなり評判が良かった。
「そうかも知れねーな。それで? お前さんはそれを知ってどうするって言うんだい?」
「え? そりゃあ、町奉行に言いに行くに決まっているじゃないですか!」
これを聞いた賭博場の店主は溜息を付くと若者に質問する。
「お前さん、確か将来俺のような賭博場を開くのが夢だったな?」
「え? へ、へい!」
「悪い事は言わねー。商売向いてないからやめときな」
賭博場を店長にそう言われて若者は慌てる。
「え!? どういうことですか!? 俺、変な事言いやしたか?」
「いいや? 言っちゃいねーよ。町奉行が捕まえたがっている泥棒を捕まえることに協力する。大いに結構。だが、商売をする人間は損得を考えねーといけねーんだよ。特に俺たちのように悪い商売をしている人間はな。泥棒を捕まえることに協力して俺たちに何の得になるって言うんだ? 次郎吉は大金をばら撒いてくれる大切なお得意様だぞ? どっちが店にとって金になると思う?」
「そ、そりゃあ……次郎吉のほうが金にはなりやすけど……」
町奉行から何か褒美くらいは貰えるかも知れないがそれと次郎吉がこの店で失う金のことを考えると天地の差がある。それほど次郎吉はこのお店に来るたびに大金を失っているのだ。どちらが店の儲けになるのか比べるまでもない。
「そういうこった。因みに次郎吉はうちが不正していることに気付いてやがるからな」
「はぁ!? いやいやいや! それはありえませんって! 負けると分かって賭博する人間がこの世にいませんよ!」
若者の発言に賭博場を店長が悪い顔で返答する。
「それがいるんだよ。金を失うことをなんとも思わない。楽しく遊べればそれでいいっていう真の遊び人がな。あいつは俺が認めた数少ない真の悪党だ。お前さんも手を汚す覚悟があるならあいつから色々学ぶんだな」
もちろんお店も最初から最後まで不正をしているわけじゃない。それじゃあ、次郎吉やお客は楽しめないからだ。勝ちを与えつつ最終的には負けるように不正する。一般の客がこれを知ったら、お店に来ることはないが次郎吉にとってはこれでいい。
何せ金持ちから盗んだ金でただ遊んでいるだけなのだ。これほど爽快な遊びは早々ない。そして次郎吉にとっても堂々と得体も知れない金で遊べるところは少ないのが現実だ。それこそ鼠小僧だと町奉行に報告されたらアウトだからね。
だから次郎吉も一杯金をばら撒いて上手く信頼関係を築いているのだ。これが裏社会で生きる人間のやり取りである。
そんな次郎吉だが、一度泥棒をして捕まり、釈放された経歴を持っている。それでも懲りずに泥棒を続けて天保3年5月8日に遂に二度目の捕縛となった。これで次郎吉の死刑つまり晒し首が決定した。
時は流れて天保3年8月18日。次郎吉は明日処刑される前日の深夜に次郎吉がいる牢屋に一つの男がやって来た。
「お前が鼠小僧か?」
「巷では俺っちのことをそう呼んでいる人が結構いるな。あんたは誰だい? 余程地位が高い人間とお見受けするが?」
「ほぅ……そんなことがわかるのか?」
「何分大名屋敷ばかり盗みに入ったもんでね。人を見る目と金の臭いには自信があるのさ」
これは次郎吉が数多くの泥棒をしている過程で身に着けた能力だ。次郎吉が盗みに入る大名屋敷には悪行が渦巻いていた。町娘の一件のように女を罠にはめて屋敷に連れ込んだり、悪者同士が集まって悪巧みの話し合いなんてものは日常茶飯事の世界だ。
当然盗みに入るとそういう見たくもない光景を見る事になる。お陰で善人面をしている悪人を見分ける能力やどれだけ金持ちか分かる能力、金の臭いを嗅ぎ分けて金が隠されている場所が分かる能力、刀や体から臭う血の臭いなど分かるようになった。ただこれらは泥棒の必要能力ではある。
やばい人間は避けたほうが安全に泥棒出来るし、いると知っているなら対策は講じられる。そして金の在処をすぐ見つけることが出来れば泥棒に掛かる時間を短縮できるからね。
ここで男が次郎吉の前に座り込んだ。これで男の次郎吉の目線が合う。これだけで次郎吉は男の事が気に入った。人と対等に話す時はまず視線を合わせる。当たり前の常識だがそれが出来る人間は少ない。ましてや地位が高い人間であればある程より少なくなる。だからこそ次郎吉も男に対して敬意を返す事にした。
「お前さんと少しだけ話がしたい」
「いいぜ。明日死ぬ人間だ。大抵の事には答えてやるよ」
「お前さんは大名屋敷ばかり盗みに入り、人を傷付けることは無かったと聞いた。それは本当のことか?」
「本当だぜ?」
「なぜ大名屋敷ばかり狙った? なぜ人を傷付けなかったのだ?」
これは一般人からすると確かに不思議なことだ。大名屋敷はお金はたくさんあるがその分、守りも厳重で捕まるリスクが非常に高い。そして人を傷付けなかったところも疑問だ。見つかって口封じをすれば完全犯罪も可能だろう。現代のようにDNAや指紋、監視カメラとかない時代だからな。この二つの疑問に次郎吉は答える。
「まず人を傷付けなかった理由だが、これは俺っちの泥棒としてのこだわりさ。泥棒は金や物を盗むのが泥棒だ。人を殺しちまった瞬間に泥棒から殺人鬼になっちまうだろ?」
これが次郎吉の泥棒としての美学だ。次郎吉にとって泥棒とは盗みを行い、逃げ切ったのなら泥棒の勝ち。泥棒を捕まえたのなら相手の勝ちという実にシンプルな勝負の世界だと思っている。最もこれは次郎吉が勝手に思っているだけだ。相手は銃や刀を使って本気で殺しに来る。それで次郎吉はいいと思っているのだ。
何せ犯罪をしているのはこちらだからな。被害者からするとなんとしても泥棒を捕まえたり、最悪殺してでも盗まれたものを取り返そうとするのが普通だ。そこら辺も次郎吉はちゃんと理解を示したうえで自分なりの泥棒を貫き通した。
「なるほど……こだわりか。それはいい答えだな。それで次の質問の答えはなんだ? やはり大金が一気に手に入るからか?」
「いいや。残念ながら外れだぜ。もちろん全くの外れと言う訳でもないけどな。俺っちも大金が手に入るならそっちのほうがいい。だが、俺っちの狙いはそこじゃない。いいか? 武家屋敷や大名屋敷にある金は大半が不正に稼いだ悪い金だ。そこに泥棒が入ってお金を盗んだら奴らはどう動くと思う? 町奉行に来てもらうかい? いいや。町奉行は呼べないだろ? 町奉行の奴らを捜査のために屋敷に入れたら自分がしている悪さが知られちまうかも知れねーからな」
そうなると悪さをしている奴らは身の破滅だ。となると彼らの選択は二つとなる。町奉行の偉い人間やもっと上の人間に金を渡して傀儡とするか泥棒に入られなかったとすることだ。
最初の行動には稼いでいる金の多さと人脈が必要となるから誰でも出来る行動ではない。大抵の場合は二つ目の行動を選ぶ。何せ悪さをしている大名からすると同じ手段でいくらでも稼げるからだ。また稼いで次は泥棒が入らないように警備を厳重にすればいいだけの話となる。
実際に次郎吉のこの作戦は上手く行き、次郎吉の犯罪件数は不明となっている。それだけ泥棒に入られた大名屋敷や武家屋敷にいる人たちは町奉行に報告していないということだ。逆に言うとそれはそれだけ多くの大名屋敷や武家屋敷が町奉行に入られるのを嫌がったという事になる。
「なるほど。いいところに目を付けたものだ」
「だろ?」
「それでは最後の質問だ。お前の目から見て今の江戸の町はどう見ている?」
「ごみ」
次郎吉はこの質問に即答して返すと男は流石に苦笑いを浮かべた。
「理由を聞いてもいいか?」
「聞くまでもないだろ? 地位が高い人間が金を独占し、貧しい人間には金が行きわたらない。そんな光景を俺っちはたくさん見て来た。それを知った上でこの町がこの時代が最高とは口が裂けても言えねーよ。金持ちたちにとっては最高だとは思うけどね」
「なるほど……やはりお前もその考えに至っていたか。私はその言葉が聞きたかった」
そういうと男は立ち上がると次郎吉に手をさし伸ばした。
「次郎吉よ。私の影の家臣となって、泥棒を続ける気はないか?」
「はぁ?」
突然の提案に次郎吉は口を開けっぱなしとなる。それほど突拍子がない提案だった。男は熱弁する。
「私もお前と同意見なのだ。大名たちや一部の商人たちが利益を独占しているせいで金の流れが止まり、貧しさに苦しむ人間が増えている。その流れを正すには独占された金を解放するしかない」
「なるほど。そこで俺っちの出番ってわけかい」
「そうだ。お前が金を盗み、私がその金を回す。勿論報酬は弾ませてもらうつもりだ」
江戸の町で大金の流れを管理できる人間となるとこの男の正体については次郎吉はある程度想像が付いた。しかしそれを言うのは良くないと次郎吉は判断して男の正体については指摘せずに話を続ける事にした。
「なるほどね。言いたいことは分かった。その上で返事を返させて貰うと悪いがお断りだね」
「なぜだ? 命が助かり、色々便宜を計らうつもりだぞ? これでもダメか?」
「ダメだね。いいかい? 俺っちは泥棒をして捕まったんだ。これで俺っちの負け。それから逃げ出すのは俺っちの泥棒としての矜持が許さない」
ここから逃げ出せたのなら勝ちと言う意見もある。しかしそれは次郎吉にとって泥棒の話ではない。牢屋から逃げ出して勝ちと言えるのは犯罪者としての勝ちというのが次郎吉の認識だ。
泥棒での勝負は捕まった時点で負け。泥棒をして逃げきれたら勝ち。凄くシンプルな勝敗の付け方で次郎吉はそれが好きだった。故に勝負に負けたのなら負けた結果は受け入れなければならない。それが次郎吉の泥棒としての矜持だった。
「……どうやら決意は固いらしいな」
「あぁ。俺っちは明日死ぬ。悪いが俺っちの代わりを探してくれ」
「代わりがすぐ見つかるなら私も苦労しないんだがな。さらばだ。江戸の闇を知り、それを利用し、戦った者よ。お主と話せて良かった」
そういうと男は去っていった。そして天保3年8月19日。次郎吉の晒し首の刑が執行される。
「大泥棒。鼠小僧次郎吉よ。最後に言い残す言葉はあるか?」
「ねーよ」
「そうか……やれ」
「は!」
次郎吉の首に刀が振り下ろされた。その瞬間に次郎吉は走馬灯を見る。金を盗んで酒を好きなだけ飲み、女と遊び、賭博で金を失う。それが次郎吉、いや鼠小僧の人生だと言えた。
(あぁ……最高の人生だった)
我が人生に悔いなし。それが次郎吉が最後に思った事だった。
ザシュッ!
いいや。最後に次郎吉が思ったことは首を切られるというのは死ぬほど痛いということだった。




