しあわせ
私は今この瞬間、世界の誰よりも不幸せだと思う。
最近、もう散々な日々を過ごしてる。毎日上司からのセクハラとパワハラ三昧だし、うざい同僚はいるし、親の圧力に負けて行った今日のお見合いでは盛大に振られたし。付き合ってる人がいるなら、お見合いに来るんじゃねぇよ!あーもー最悪!
「ーー!ーー!すみません!」
脳内で愚痴を吐いていると、ふと、声をかけられた。どうやら、何回か声をかけてくれていたみたい。ナンパかな?なら嬉しいかも。合コンに敗れたばっかだし。まあそんな訳ないよね。落とし物だろうな。
「これを貴女に差し上げます」
顔を上げて声をかけてきた人物を見ると、驚いた。こんな人が私にナンパなんてする訳がない。そう思えるほど美しい人。
髪は長いけれど清潔感があって、これでも一応手入れをしている私の髪とは程遠く、艶のある黒髪。一歩間違えれば女性に見えそうな儚げな顔。私に差し出された花束を持つ手は、一度も日に当たったことがないように思えるほど、透き通るように白い。世界にこんな綺麗な人がいるなんて…
「如何しました?」
思わず見惚れてしまった私に心配そうに声をかけるイケメン。なんでこんな住宅街に国宝級のイケメンがいるの?しかもこんな夜遅くに!夜道で話しかけられて警戒心がさほど湧かないって、イケメンの力、スゴっ!
ってゆうか、つい受けとっちゃったけど、この花束何?
「な、なんでもありません!
それよりどうかしましたか?私に何か用があるようですが?」
「本当に大丈夫ですか?具合は悪くないですか?」
イケメンがものすごく心配してる。心配する様子もめっちゃ美しい。
っていうかなんで?もう意味わかんない!え、何?もしかして私すごい美女になってるとか?いや、あり得ないよね。
「本当に大丈夫です。夜道で声をかけられて驚いただけですよ」
「そうですか。よかったです。貴女に何かあったらと思うと、私は…」
名前のわからないイケメンは、なぜか私をものすごく心配した後、混乱している私をよそ目に怒涛の勢いで話し始める。
「貴女に渡した其の花束の花はスノードロップというものです。スノードロップの花言葉は『希望』、『慰め』です。貴女がとても落ち込んでいた様なので、是れを貴女に送りましょう。
また、花が生活に有ると心も穏やかに成ります。それに花の良い匂いは良き眠りを齎します。貴女はどうやら疲れている様なので…
私は貴女に是非、し、し、しあわせになって欲しいのです」
イケメンがすごい気遣いを見せてくれた!もう、今日めっっちゃいい日じゃん!イケメンに「幸せになって欲しい」なんて言われちゃった♪
あのあと、私はいい気分で帰ったはず。朝起きてみたら、昨日イケメンに「幸せになって欲しい」と言われた後の記憶が曖昧になってる。多分、イケメンにあんなことを言われて舞い上がったんだろうなぁ。
部屋の中には、昨日謎のイケメンが渡したスノードロップ?がコップに生けられている。記憶が残っていないけど、いい感じになってる。外は久しぶりの快晴を見せている。私の中では、今日はいい日になる予感しかしない。私は意気揚々と仕事へ行く準備を始めた。
私はいつも通りに仕事をしてた。いつも通りに上司からのセクハラとパワハラに耐え、うざい同僚を適当にあしらい、そうして昼休憩になった。今日はなぜかエレベーターがなかなか来ないからって階段にしたのが行けなかったのか、私は…
それが起きたのは、突然のこと。そう、あまりにも突然のことで、きっと大体の人は何もできないと思う。私も例に漏れず、何もできない。
私は、名前も覚えていない会社の同僚に、突き飛ばされた。階段の上から。
あまりの驚きに、私は声も出なかった。先に階段を下っていた見知った顔が悲鳴を上げた。死ぬのかな。妙に冷静な考えが頭をよぎる。きっと数秒の間のことなんだろうな。引き伸ばされた時間の中、走馬灯のようなものが見える。昨日はいい日だったな。死ぬ前にいいことがあってよかった。もうどうしようもないせいか、不思議と死にたくないと取り乱したりしなかった。段々と近づいてくる地面が視界いっぱいに映る。精一杯の幸せな思い出をかき集めた。
私は、目をつぶり、衝撃に備えたーーーー
「ふふっ、漸く死んでくれた♪」
ふわふわと宙に浮く、およそ人間とは思えない『何か』は、虫も殺せない様な儚げな顔に、誰もがうっとりとしてしまう美しい微笑みを浮かべ、そう言った。透き通っているのではないかと思わせる程に白い肌、血で濡れているのかと錯覚しそうな艶やかな紅い唇、素晴らしく手入れの行き届き枝毛の一本も無い烏の濡羽色の髪。其の姿は神の名を冠していてもおかしく無い様なまでに綺麗だった。
もしも、姿が総ての人間に見えるのなら国を傾け、血で血を洗う醜い争いが起きても何の疑問も湧かないだろう。ただ、悲しいことに、いや、運の良い事にと言うべきだろう。『何か』の姿は滅多な事が無い限り、人には見えない。
そう、『何か』は正に神と肩を並べられるものだった。『何か』の正体は人間が厭う『悪魔』だ。
『悪魔』は終始、上機嫌で今にも鼻唄を歌い出しそうだった。
「それにしても、今回のは中々にしぶとかったなぁ。まぁいいや。おかげでこんなに綺麗な魂が手に入ったんだから!
嗚呼、嬉しいなぁ♪偶には人間界に遊び来てみるものだね。遊びに誘ってくれた子にはお礼を言わないと。」
読んでいただきありがとうございます。m(__)m
スノードロップの怖い方の花言葉、ぜひ調べてみて下さい。