聞こえたのは苦い色
真夜中色の焦げをようやく落とし終わり、遅めの昼食にカフェテリアに入った。さすがにこの時間になると人がまばらに座っているだけで空いている。
「ジャスミン、いらっしゃい」
「こんにちは。今日のおすすめランチをお願いします」
おすすめランチを受け取り、お気に入りの窓ぎわのカウンター席に腰を下ろすと大きな窓から入るぽかぽかした陽射しに包まれて、ようやくほっとひと息をつくことができた。
このカフェテリアはすべての塔の中心にあって職種に関わらず交流できるよう設計が工夫されている。壁がなく全面ガラスの美しい曲線で構成しているので、屋内にいるのに屋外にいるような開放的な気持ちになり、ゆったりくつろいで過ごしてしまう。
ビネガーソースのかかったサーモンのサラダを口に運びながらクリスマスらしく飾りつけられたモミの木を眺める。
「ジャスミン、となりにいい?」
「メリッサ、もちろんどうぞ」
同期の見習い魔女メリッサが勢いよく座ると華やかなマリーゴールド色の髪が軽やかにゆれた。
「ジャスミン! 遂に魔女の雫が成功したの……!」
「すごい! よかったわね!」
「うん、試験までに完成しなかったらどうしようと思っていたから本当によかった……っ」
「メリッサ、おめでとう!」
ずっと魔女の雫を失敗して落ち込んでいたメリッサを知っているのでオレンジジュースを持ち上げる。
「メリッサの魔女の雫の成功を祝って」
「二人が薬師の魔女になれることを祈って」
「「乾杯……!」」
爽やかな甘みが喉を心地よく滑りおりる。
自然に笑顔になると、ことり、とお皿が置かれた。
「これは頑張っているメリッサとジャスミンに特別サービス――二人のマント姿を楽しみにしてるからね」
「わあ、ありがとうございます!」
艶のあるアプリコットが贅沢に乗せられたタルトの穏やかな酸味と香りが鼻をくすぐる。しあわせな匂いに思わず息を吸い込むとメリッサにくすくす笑われてしまった。
薬師の魔女になるとマントを羽織ることができる。先輩魔女たちがマントをひるがえして颯爽と歩く姿は私たち見習い魔女にとって憧れの姿なのだ。
「二人でマントをつけて歩きたいわね」
「魔女の試験、頑張りましょうね」
それからメリッサと魔女の試験の予想や最近作った薬のはなしをあれこれしていると、気になる名前が聞こえてきて心臓がどきり、と跳ねた。
「ずっと付き合ってた幼馴染に結婚を申し込むらしいぜ」
「人気の宝石店で婚約指輪を作ってプロポーズかあ、いいよな」
「すごい美人らしいぜ――俺も美人の彼女に癒されたいわ」
耳をふさぎたくなるが次々とフィリップ様の恋のようすが聞こえてくる。メリッサと会話をしているのに氷水をかぶったみたいに心が冷えていくのがわかった。
フィリップ様が誰かと遊びでお付き合いすることは想像できないから、きっと大切に育ててきた恋なのだろう。
見習い魔女の私が声をかけてもらえることだって奇跡なのに、手の届かない人に憧れて、いつの間にか好きになって、また明日の言葉を宝物のように心の宝箱にしまっていたのは自分だけなのだという事実を突きつけられるのは思っていた以上に胸が苦しくなった。
「――もう! ジャスミンったら聞いてる?」
「えっ、あっ、ごめん――なんて言ったの?」
頬を膨らませたメリッサの鮮やかなタンジェリンオレンジの瞳がいたずらっ子みたいに輝く。
「恋よ! 恋! 薬師の魔女になったらすてきな恋がしたいって言ったの――見習い魔女の間は薬草とハーブが恋人だったじゃない?」
「そうね……」
見習い魔女は自由時間も薬師の勉強に充てていて、恋人がいる見習い魔女はほとんどいない。
こくんとうなずくとメリッサはにっこり笑って理想の恋人や理想のデートやプロポーズを次々と教えてくれるけれど、ちっとも頭に入ってこなかった。
「あっ、ジャスミン大変! そろそろ休憩が終わっちゃう……!」
「――うん」
アプリコットタルトに目線を落とす。
いつもならざくっと音のなるタルト生地とアプリコットの爽やかな酸味のハーモニーが大好きなはずなのに、今はアプリコットタルトが色あせて見えた――
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