優しく見守る瞳の色
「ジャスミン、魔力が乱れているよ。魔力を途切らせないよう集中するんだよ」
「はい……!」
師匠の凛とした声に気合いを入れ直す。
竃の釜に目線を落としたまま、ふつふつ沸いてくる明るいセレストブルーの水面をゆっくりかき回しながら魔力を注いでいく。水面が三回きらりと光るのを確認した後、先ほど摘んだハーブを次々入れて魔力と練り合わせる。
「精霊よ ここにあつまらん 魔女はここに願う 水の精霊はあつまり 火の精霊ははぜり 植物の精霊はそだてる 魔女はここに願う」
魔女に伝わるおまじないを歌うように唱えると精霊たちが力を貸してくれる。
目に見えなくてもそこにいるのが精霊だから存在を信じて、ひたむきな、心からの願いを唱えなければ魔女の薬は作れない。
「魔女は願う 癒しを求めて ここに願う」
ゆっくりゆっくり魔力を注いで最後にぐるりとかき回すと、水面が精霊のいたずらに踊り、ぽこぽこ虹色に弾けて宝石のようなラピスラズリ色に落ち着いた。
師匠が完成したばかりの回復薬をひと掬いすると陽の光に浴びせ、純度や魔力色を確かめて口に含むとうなずいた。
「ジャスミン、上出来だね」
「ありがとうございます……っ!」
厳しい師匠はお世辞を言わないと知っているからこそ口元が緩んでしまう。
「いい恋をすることは、いい魔女になるためには必要だからね」
やわらかな眼差しが私の編み込んだ髪に向けられ、なんでもお見通しというように微笑まれてしまい頬に熱が集まった。なんだか胸がくすぐったくて照れくさい。
「依頼分が終わったら『魔女の雫』を練習してもいいよ」
「えっ! 本当ですか?」
「精霊は嘘を嫌うから、魔女は嘘をつかないよ」
「師匠、ありがとうございます……!」
魔女の雫は、回復薬を魔力で更に煮詰めて作る魔女のとっておきの薬のことで、たくさんの精霊の力を借りるので作るのがすごく難しい。
薬師の魔女の試験当日も作成するが、成功することが珍しいので試験前に成功したものを提出することが認められている。私もなんとかひとつ成功しているけれど、もっと素敵な魔女の雫を作りたくて頑張っている。
依頼分の回復薬を手早く容器に分けてから釜に残った量を確認すると、魔女の雫を作るのにぴったりの量が残っていて師匠の優しさに気づく。
胸がほわりとあたたかくなる。
「魔女は願う 大切な人の 無事を祈りて ここに願う」
流れるさえずりのようにおまじないを口にする。
ラピスラズリに煌めく回復薬の水面がこぽりこぽり泡を見せはじめる。
「精霊よ 魔女は願う 水の精霊はひとつに 植物の精霊はたすけ 火の精霊はまもる……」
「っ! ――ジャスミン、魔力が多いよ」
しまったと思ったときには藍の煙に包まれた。煙はすぐに消え、残ったのは真夜中のようなミッドナイトブルー色の黒こげだった……。
「はあ、ルーナみたいに黒色になっちゃった……」
「にゃあ!」
小さな落胆のつぶやきに抗議の声が上がる。
いつの間にか足もとにすり寄っていた黒猫ルーナを抱き上げて、おでこをルーナの額に擦り付けると香ばしい木の実の匂いがする。
「ごめんごめん、ルーナは黒こげ色じゃなくてきれいな黒だもんね」
「にゃお!」
喉元をあやし撫でる手に機嫌を直したルーナが喉をごろごろ鳴らしはじめると、肩に師匠の手が置かれた。
「失敗は偉大な魔女のための第一歩だからね」
「はい……。魔力の加減を間違えてしまいました」
「分かっていても魔女の雫は難しいもんさ――さあ片付けをして休憩にしようか」
皺だらけの手が頬に触れて師匠のぬくもりを感じる。
失敗しても次がある――師匠の鮮やかなサルビアブルーの瞳を見つめて大きくうなずいた。
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