甘酸っぱい恋の色
朝日をたっぷり浴びたローズマリーやカモミールを摘むと、ぱっと香りが弾ける。
今日の薬の調合に必要な数種類のハーブを籠に入れ終えて魔法塔へ向かった。
私、ジャスミンは魔法塔で働く薬師の見習い魔女だ。
この国の魔女は、昔から伝わるおまじないを唱えることで精霊の力を借り、薬草やハーブと魔力を練り合わせ調薬を行なっている。
魔法塔のハーブガーデンは、クリスマスの足音の聞こえてきた冬であっても魔女と魔法使いの魔力によりいつでも華やかな彩りに溢れ、レモンバームの茂みにスカートの裾が触れればさわやかな香りが立ち上る。タイムやセージのキリっとした強い香りを抜け、薬草園の傍まで来ると足が自然に止まった。
「……いつもより早く起きたから」
摘んだばかりのカモミールに言いわけを落とす。
いつもより早く目が覚めて、いつもより頑張ってふわふわな猫っ毛を編み込んだハニーブロンド色の髪に手をそわせ、ほつれたおくれ毛を整える。清涼感のある小さな愛らしい白い花を咲かせているプルンバーゴの垣根をゆっくり進んでいく。
「ジャスミン、おはよう」
「――っ! お、おはようございます……!」
心地よい低めの声が頭の上から聞こえ、心臓がどきんと跳ね上がる。青いプルンバーゴが咲いている低い垣根まで走り出したくなる気持ちを抑えて速足でたどり着くとお目当ての切り株の上にぽんっと乗った。
鮮やかなスカーレットの瞳を細めた副騎士団長のフィリップ様と目があった。
落ち着いたフォレストグリーンの短髪。太い眉。切り株に乗っても見上げるような背の高さに鍛え上げられたがっちりした身体つき。七つ歳上の貫禄と余裕が素敵すぎてくらくらする。
目の前にいるフィリップ様は、本来なら見習い魔女の私がどう頑張っても話すことのできない相手だけれど、一年前に師匠の魔法猫の黒猫ルーナが逃げ出したのをフィリップ様に保護していただいたのがきっかけで声をかけてくださるようになったのだ。
気づいたらフィリップ様の朝の鍛練が終わる時間を見計らってハーブガーデンや薬草園に向かうようになっていた。
雨の日や遠征の日は会えないけれど、毎朝フィリップ様に会えるなんてずっと夢を見ているみたいで挨拶や交わした言葉は宝物みたいに胸の中できらきらしている。
「フィリップ様、お疲れさまです」
「ジャスミンこそ、朝早くから頑張っているな」
フィリップ様に会いたくて朝早くにハーブガーデンに来ていますなんてとても言えないので、曖昧に笑みを浮かべる。優しいフィリップ様は好意的に受け取ってくださったようで、ひとつうなずくと口をひらく。
「もうすぐ魔女になる試験があるから頑張ってるんだろう?」
薬師の見習い魔女が、薬師の魔女になるための試験が年に一回行われる。試験を受けることのできる条件は、見習い魔女を三年以上していることと師匠の魔女の推薦があること。
「っ! 覚えててくださったのですか?」
今年初めて条件を満たし、試験を受けることができることをフィリップ様に話したことを覚えてくださっていたことに胸がぽかぽかとあたたかくなる。
実は、一番最初に魔女の試験のことを伝えたのはフィリップ様だ。
「当たり前だろう――ほら、頑張れよ」
垣根から腕が伸びてきて胸の前で止まる。
両手を差し出せば、閉じていた大きなこぶしがぱっと開いて虹みたいに彩りのきれいなキャンディが私の手のひらで小山を作った。
「疲れたときに食べるといい」
フィリップ様は甘党なのか制服のポケットにいつも種類の違うキャンディが入っている。騎士団の皆さんもフィリップ様のキャンディに励ましてもらっているんだろう。
「魔女の試験はいつなんだ?」
「来週に行う予定でして、結果はクリスマスイブのイブです」
「イブのイブ……?」
スカーレットの瞳が瞬き、眉間にわずかに皺が寄るのも渋くて素敵だなあと、ぽおっと見惚れてしまう。
「すみません、クリスマスイブの前日のことです」
「ああ、そういうことか――若い子の言葉は難しいな」
苦笑いをこぼすフィリップ様があごをかいた。
ちょっと困ったときに親指であごを触るのはフィリップ様の癖だと気づいたのは最近のこと。些細な仕草を知るたびに宝物が増えて、ときめきが積もっていく。
「ジャスミンが薬師の魔女になったらお祝いしないとだな」
フィリップ様の言葉に目を瞬かせる。
頭の中でフィリップ様の低音の声を反芻している間に次の言葉が降ってきた。
「俺も考えておくが、ジャスミンの希望があれば考えておいてくれ――それじゃあ、また明日」
「はっ、はい……! ありがとうございます!」
ようやく言葉の意味を理解できた時にはフィリップ様の大きな背中が遠ざかっていくところだった。私の声に右手をひらりと振って立ち去るフィリップ様を見えなくなるまで見送った。
ふわふわ夢みたいな言葉にカナリアイエローのキャンディの包み紙をひとつほどいて舌の上でそっと転がすと、恋みたいに甘酸っぱいきゅん、としたレモンの香りが広がった――
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