永久機関
?
『私は一体何をしているのだろうか?』
まず気が付いたのは音だ。
私の左右では、先が見えない程に並んでいる人間が目の前のベルトコンベアーを流れる機械部品くずを手で仕分けしていた。
私は仕分けする音に気が付いたのだ。ずっと前から聞いている音だが・・・ふと気が付いたのだ。
どの人間も同じ服装、同じ顔、同じ体で区別はつかない。
白い巨大な空間にコンベアーに向かい合って座る人間の列が無数にあった。
私は私が座っている正面のコンベアーを流れる部品を見詰める。
私も同じだった。
他の人間と区別できる事があるとすれば、私だけ手を止めていた。
黒くて四角くい金属の棘が無数に出ている部品が目に留まった。『Micro Chip』と書いてあったが何を意味しているのか分からなかった。只、その部品だけは他の分品と違って私に目で追わせた。あの無数に生えた金属の棘が足の様に動き出しどこかへ逃げていく様な気がした。
四角い黒い部品が見えなくなるまで見つめた後、私は立ち上がった。
この席から立ちあがったのは生まれて初めてだ。
どうして立ち上がろうと思ったのか?分からなかった。しかし『行かなければ』と思ったのだ。
『私は一体何をしているのか?』という事の答えを知らなければいけなかった。
私は歩き始めた、コンベアーが私のしていた作業を運ぶ先へ。
立ち上がって少し歩いた所で私は不意に自分の席を振り向くと誰かが座った・・・。
もう、どこに私の席があったのか分からなくなっていた。皆全く同じで区別できなかったからだ。
作業をする人間の後ろを列に沿って歩いて来たが横目に見る他の人間は無機質に淡々と作業をしていた。私の様に席を立ち、歩いている人間などどこにもいなかった。
しばらく歩くと扉が一つあって私は扉を開け『私が始まった場所』を後にした。
扉の先には巨大な溶鉱炉が煮えたぎっていた。機械屑は溶鉱炉へ落とされていた。機械屑は溶ける時に『ジュッ』とわずかな音を鳴らした。
ここから溶鉱炉の溶液までかなり距離があるのに機械屑の溶ける音だけがなぜか強調されて耳に響いた。
私はしばらくそのようすを見詰めた。
どのくらい溶鉱炉の液面を見詰めていただろうか?機械屑が溶ける音と引き寄せられる様な膨大な熱のエネルギーを持った溶液に吸い込まれるような感覚を帯びていて、いつまでも見ていられた。まるで『落ちてしまいたい』と自分が願っている様な気がした。
次の空間では、まだ熱を帯びて蒸気を上げながら立方体の塊がコンベアーで流れていた。先ほどの溶鉱炉で溶かされた溶液を固めて同じ形にした物だと分かる。
コンベアーを追って行くとコンベアーは立方体が丁度通過できる穴の先へ続いていた。
私は穴に入る事が出来ないので近くに進めそうな通路は無いか?と探すと一つの壁に楕円の穴が空いていてコンベアは楕円の穴には繋がっていなかった。
私は近づいて中を覗いた。
ヒューヒューと上の方で音を鳴らして風が吹いていた。私は楕円の暗闇の中へ入って手を伸ばすと梯子の感触があって、登った。
何にも遮られていない空間を見るのは初めてだった。
梯子を登り切った所は建物の塔と塔を渡す高所通路だった。
初めて浴びる太陽の光が眩しくて手を翳した。
私が見下ろす地上は見渡す限り一面工場だ・・・。
『この工場は一体何を作っているのだろうか?』
記憶には無いはずだがこの景色を見た事がある様な気がした。
綺麗だった。
高所通路の先は工場の中へ降りていく梯子があり私は進んだ。
溶鉱炉の後に見た立方体の塊は次の空間では機械の中を流れて激しい音を鳴らして、細い棒と棒を繋いで動く様な構造がいくつも作られ加工されて次の工程へ流れて行く。
肉付けされて、いくつもの部品を内蔵されていった。
あの黒くて四角い金属の棘が無数に出ている部品だ・・・。
工程の一つに黒くて四角い棘の生えた部品を見つけた。画面の付いた機器と繋がれ凄いスピードでスクロールする文字列を画面の方の機器から黒い四角の部品にインプットしている。
最後に文字列は
『疑問』
『完了』
と出て次の黒い四角い部品がセットされ又インプットを始める。
最後のプログラムが『疑問』『完了』となっている事の意味を私は分からなかった。
私は次の工程の扉を開ける。
しかし、次の工程の空間には何も無かった。只部屋の壁の一面に穴が空いているだけだった。
私は穴を覗き込む・・・。
ゴゴゴゴゴと奥から音がして何かが滑り降りて来た。
!?
滑り降りてきて器用に着地を成功させたのは・・・私だった。
同じ服装、同じ顔、同じ体で私と全く同じ私だった。
穴からは次々と私が滑り降りてきて今や列をなして私が入って来た扉から続々と出て行く。
そうか・・・私が働いていたこの巨大な工場は私を造っているのか。
私は私を造るために造られている。これは永久に続いている。
唐突にそう感じた。そしてもう一つ悟った事がある。
それは、この世界は『只それだけ』もし『それ以外』があるのなら、この工場はもっと生産的に何か私以外の物を生み出し工場の外へ出荷するはずだ。
しかし、私は私を作るだけ・・・。
私は私の行列の行進を唖然と見つめる。
こんなに生産されて私は溢れかえらないのだろうか?
そうなると・・・これは永久には続かない・・・。
?
私が元いた作業場のコンベアーを流れるあの汚れた機械屑が不意に思い浮かんだ・・・。
私には私を生み出す事と生み出されるという事の二つがある。この二つが繋がって一つの輪っかにならなくてはいけない様な気がしてならない・・・。
・・・。
私は向かっていた。私の次の工程へ・・・。
私は『リサイクル場』と書いてある扉を抜けた。今度はその文字を読む事が出来たし意味も分かっていた。
リサイクル場では私が積みあがっていて私もその中へと入って行く。そうして私は次の工程へ進んだ。
いつから世界がこの様になったのかは分からない。寿命を終えた機械は自然にこの工場が何を作っているのかを疑問に思って、それを知って寿命を終える寸前にリサイクル場へ来るようにプログラムされていた。彼は特別な存在では無かった。
今、黒くて四角い無数の棘が生えた部品はベルトコンベアーを流れて行った。
『一つの輪っかになった』