表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いってきます!

作者: 餅角ケイ

『ながながと語る気はありません 心から幸せでした ごめんね』



・・・・・・・・・・






 私より幾分早起きな妻が、いつもどおりテーブルに新聞を置いてくれている。おかげで私は、ポストまで直行することなくくたくたになってきたソファにそのまま腰を沈められるのだ。いつもどおり1面に目を通しながら。

 最近は新聞をとる家が激減しているだなんていうけれど、アナログ派のビジネスマンにとっては欠かせない媒体なんだよな。



「お父さん、ごはんできてるよ」

「うん」

 手持ちのカップからいつもどおりのコーヒーを香らせる、いつもどおりの優しい妻。


 娘は…………まだ起きてこないようだ。まあいい。いつもどおりのことなのだ。


「そういえばネ、あの子ったらお父さんの誕生日に何あげよっかなってウンウン悩んでるのよ。金欠だー! ってわめいて、休みの日のバイトだって早番増やして」

「へえぇ。そりゃ驚いた。あの寝ぼすけがなぁ」

 驚きよりも嬉しさが勝って口元がほころんでしまう。こういうことがあるもんだから、我が子はこの世で一番愛おしい。


「ちょっと、なぁにニヤニヤしてるの? もう」

 全てお見通しのくせに、わざわざ肩をパシンとやって茶化してくる妻。言わずもがな愛おしい。



 朝食のトーストをいつもよりも控えめにかじりながら、窓の外を見やる。まあまあ晴れている秋空。変わらない安らぎをくれる家族。

 今日が……今日が、いつもどおりで、本当によかったと、心から思う。



 神様、私は、とんだエゴ人間だ。

 今の私は、ただ自分の幸せな気持ちだけに追従している。私に対する他人ひとの気持ちなど、微塵にも考えられない。たとえそれが、愛する家族であっても。まあいい。もういい。仕方がない。仕方がないのだ。これも全て、存在しなくなった会社が悪い。



 いつもどおりネクタイを整えて、靴を履いて、いつもどおりだった場所の、てっぺんまでさあゆこう。



「気をつけてね〜〜」

「ありがとう」

 スローモーションのように感じられるかと思っていた特別な挨拶は、いつもどおり一瞬で終わってしまった。


 妻に背中を見せたまま玄関ドアにかける手が、ふと止まってしまう。私は必死に心の中に言い聞かせた。開けろ、これは真の開放の扉だ。決めたのはお前だろう。



 振り返ってしまった。同時に、まあいいやとも思えた。

「あの…………ありがとう」

 もう一度言わずにはいられなかった。

 私は一体、どんな顔をしていただろうか? いつもどおりでいられただろうか? そこばかりが気がかりだ。



 妻が腕組みしながら、随分と可愛げな愚痴をこぼしている。

「でも、大流行なこのご時世の中未だにリモート? ワーク? じゃないなんて本当時代遅れよね。で、帰りは? 遅くなりそう?」

「分からないなぁ」

 私は最後から2番目の嘘をついた。


 どうか許してほしい。男というのは弱みなど、決して堂々と見せるものではないのだから。直接であろうと稚拙な作文であろうと、長々と語るつもりはない。




ってきます!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)最後の一言ですべて持っていきましたね~。それだけ言葉に力があり、物語に力があるといったところをすごく感じました。何気ない日常との別れ、それがこう悲しくもポップに描かれた描写、見事と思…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ