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旅行記  作者: 狩間流
1/1

第一話 「ぼっくり虫」

砂浜で出会った不思議な虫と老人の話

挿絵(By みてみん) 

 夕暮れになり、風が冷たくなってきた頃。

どこまでも続く砂浜を歩いていると、先の方に木の実が落ちていた。

しかし、周りに木の影は無く、不思議に思い近寄ってみると、それはカサカサと逃げるように動き出した。

手に取ってみれば、裏には六本の足がジタバタと動いており、体の隙間からは黒い目が二本飛び出していた。その様子から、これが生物であることを物語っていた。


「ごめんな」

と、一言添えて、砂浜に置いてやると、その生物は、またカサカサと何処かへ逃げて行ってしまった。




 不思議な生物と別れ、野宿の事を考えながら歩いていると、暗くなってきた砂浜の先に光が灯っているのを見つけた。

その光に近づいてみると、少し高い位置に住居のある変わった作りの民家であった。

階段を上り、ドアを叩くと「なんだね?」と声がして白髪の老人が中から現れた。


 事情を話し、宿がないかと尋ねると

「歩きなら半日はかかるわ、もうこの辺も歩けんくなるし、うちで一晩泊ればいいべ。」

そう言って老人は私を中へと招き入れてくれた。


 晩酌の途中だったのだろう、通された食卓には酒の入った瓶とコップ、酒の肴が乱雑に並べられていた。

老人が言うには、この家を訪れる人殆どいないのでので旅の話を肴に呑みたいとのことだ。

それならばと、私は各地の写真と話を肴に老人の晩酌に付き合うことにした。


 酒が進み、酒の肴も切れてきた所で老人は「ちょっと、ツマミを作ってくるわ」と席を立った。

手持無沙汰になった私は、何気なく外を眺めてみると、既に月が上っており、先程まで聞こえなかった波の音が聞こえてきた。

私が通った砂浜は既に水の底になってしまっていた。


「夜になるとな、この辺一帯は水に浸かっちまうんだわ。」

香ばしい匂いをさせた老人が台所から戻ってきた。

「あと、数時間歩いていたら、お前さん、泳がんといけんかったな。」

と笑いながら、台所から持ってきた皿と共に窓の近くに座り、また呑み始めた。



 皿の上には、見慣れない茶色い小さな木の実の様な物が炒られて置かれていた。

よく見れば、砂浜で見かけた変な生物の断片の様であった。


「これかい?この辺じゃ『ぼっくり虫』って呼ばれとる虫の幼虫じゃわい。

ん?・・・そりゃあ、お前さんが見たのは成虫の『ぼっくり虫』じゃな。

そんな怖がらんと食べなされ、香ばしくて、酒の肴には最高なんじゃ。」

と言いながら老人はそれを口に運び酒で流し込む。


 老人に勧められ、食べてみると、確かに先ほどから漂う香ばしさが凝縮されており、気持ち程度の塩気が酒に合う。塩を振ってフライパンで簡単に炒っただけなのだそうだ。


「少し歩けば海は見えるんじゃがな、ここら一帯は砂浜しか見えんのに、夜になると突然水が湧いた様にこの辺を覆いつくすんじゃ、この不思議な景色が好きで、ここに住居を構えたんじゃよ。」

そう言って老人は酒を飲みながら外を眺める。

何年も何十年もこの景色を見ながらゆっくりと晩酌をしていたのだろうか。

その姿は、どこか寂し気で言い様のない美しさのある姿だった。



こうして、見たことの無い酒の肴や旅の話をしながら、夜は更けていった。






 翌朝、鳥の鳴き声で私は目を覚ました。

乱雑だったテーブルの上は片づけられ、老人の姿は見えない。

ふと、外がどうなっているのか気になって、窓から覗いてみると、昨日の夜に見た水面はまた砂浜に戻っており、鳥達が砂浜に打ち上げられた魚を物色していた。その中に混じって、老人が魚を籠に入れていた。



 少し待つと、老人は籠いっぱいの魚を持って帰ってきた

「おお、起きたかね、昨日は月も出ていたし、魚が残ってくれて大量じゃわい。」

 どうも、この朝の作業が老人の食い扶持の様である。




 旅の支度を整えていると

「そうそう、お前さん、ぼっくり虫が気に入ってた様じゃな。そしたら、傘の開いてるやつを、ジッと観察してみなされ、面白いもんが見れるかもな。」

 という土産話を教えてもらった。




 街への道を老人へ教えてもらい、その方向へ少し歩くと草木と海が見えてきた。

そして、傘の開いたぼっくり虫を見つけた私は、丁度昼頃だったので食事をしながら、観察をすることにした。



 老人が持たせてくれた干物の昼食を食べ終わった頃、タイミング良く、『ぼっくり虫』が少し震え出し、傘がより大きく広がり始めた。


すると、弾ける小さな音と共にぼっくり虫の破片は、砂浜に飛び散った。


私は呆気にとられ、飛び散った破片を見てみれば、その小さな破片は、モゾモゾと動き砂の中へと隠れてしまった。




 傘がはじけてしまった成虫の『ぼっくり虫』の残骸は砂浜の上で微動だにせず、その命が尽きたことを物語っていた。





 END





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