にゃんこ先輩は今日もよく働く
多種族世界『エメーテルフロンティア』……というのが舞台の、MMORPG。
よくある『異世界で好きなように生きる』がテーマのゆるいゲーム。
しかし、一応RPGと付いているので冒険メインで遊ぶプレイヤーが多いだろう。
ダンジョンは充実しているし、アイテム数は二万を軽く超えている。
武器のカスタマイズは能力のみならずデザインまで。
生産職も他のゲームよりは豊富で、料理人、鍛冶師、道具屋などの王道以外に医者や輸送屋、翻訳家に通訳なんてのまである。
ああ、この翻訳家や通訳ってのは……海外のプレイヤーたちとの交流の為だと思う。
翻訳機能はあるにはあるが、こう、システムの翻訳は妙に文法がおかしくておおよその意味しか理解出来ないのだ。
せっかくいろんな国のプレイヤーがいるのだし、という事で俺の先輩が運営に頼み込み、新たに追加されたのがその翻訳家と通訳という職業。
そんなわけで、俺の先輩は『翻訳家』兼『通訳』の仕事をしながら『エメーテルフロンティア』でスローライフを楽しんでいる。
ああ、先輩と呼んでいるのは、俺が『エメーテルフロンティア』を始めた日……右も左も分からなかった時に声をかけて色々教えてくれたからだ。
そして、今は俺も先輩に習っていろんな言葉を勉強中。
とはいえ、俺は普通にこのゲームを『冒険』して楽しみたいので職業は『冒険家』だ。
種族はドラゴニュート。
いわゆる竜人だ。
前衛としと剣を振り回し、防御力の高さから壁役も買って出る。
レベルだって高い。
でも……。
「せんぱーい、にゃんこ先ぱーい! 助けてくださいーー!」
「にゃんだ、タノノ。またか」
「そうなんです! またなんです! ギルド長が死にそうになってるんです! お願いします!」
「やれやれ」
これが俺の先輩。
ユーザーネームにゃんこ先輩。
頭の上にガチで『にゃんこ先輩』と表示されている。
種族はキャットコボルト。
見た目もガチで猫人である。
デカめの猫が二足歩行で服を着て歩いてる種族だ。
本を携え、小さなメガネをちょこんと鼻に載せる鍵尻尾のトラ猫。
それがにゃんこ先輩。
今、この町に初めて来た連中はゴテゴテの鎧を着た竜人が猫人に半泣きで縋り付くという異様な光景を目にしてキョトンとしているだろう。
だが、この町に店を構えるお馴染みのプレイヤーたちはにまにまといつもの光景を眺めている。
「どこの国の奴らだ?」
「多分、ロートポルトとヘンペルトだと思います」
「致し方ねーにゃあ」
この世界『エメーテルフロンティア』じゃあ現実の国名は自動でこの世界の国の言葉に変換される。
まあ、翻訳システムと同じだ。
そしてこの翻訳システムは……微妙だ。
色々難しいんだろう。
俺はシステム構築とかプログラミングとかよく分かんないから、どうなってそうなるのか分からん。
なので、人の集まる冒険家ギルドは大きな町になればなるほどこの残念な翻訳システムのせいでトラブルが起きる。
変な感じに翻訳されて、血の気の多い冒険家はすーぐにタイマン勝負をおっ始めるのだ。
それも、建物の中で。
収めようにもやはり翻訳システムが微妙なので、相手にうまく伝わらない。
そこでにゃんこ先輩の出番だ。
ギルド受付の建物に入り、取っ組み合いの喧嘩でテーブルや椅子をバンバン投げ飛ばし吹っ飛ばしカウンターの一部を破壊するサイクロプス族と巨人族。
ギルド長は瀕死。
副ギルド長がギルド長をなんとかカウンターの下へと避難させているが、どちらもパワー半端ない種族同士の喧嘩だ。
危なくって高レベルプレイヤーもなかなか割って入れない。
かく言う俺もプレイヤー同士の喧嘩は好きじゃないし、得意ではない。
なので、ここはにゃんこ先輩だ。
一歩前に出たにゃんこ先輩。
「にゃーぉん!」
「「⁉︎」」
と、一声鳴くと、喧嘩していた二人はピタリと拳を止めた。
理由?
分かるだろ、猫が側にいたら、見るだろ?
見るんだよ、人間の心理的に、なんか!
そして二人はにゃんこ先輩の姿を見て、頭上に浮かぶプレイヤーネームを確認して、プレイヤーであると認識する。
その瞬間、にゃんこ先輩は異国語を話し出す。
「ーーーーーー、ーーーーー」
「! ーーー、ーーーー」
「ーーーーー」
まずはサイクロプス族との会話が始まる。
それから巨人族にもにゃんこ先輩は話しかけた。
聞き馴染みのない言葉が飛び交い、不満そうな表情だった二人はにゃんこ先輩と話すうちにだんだん、表情を明るくしていく。
そして最後は……。
「ーーー!」
「ーーー!」
……抱き合って。
激しく握手。
からの再び熱いハグ。
ギルドの中にいた冒険家たちはその光景に絶句。
お前ら、あれだけ殴り合ってたのににゃんこ先輩が通訳したらあっさり和解⁉︎
からの熱い抱擁!
意味分からねー!
「さすがにゃんこ先輩……あの喧嘩をものの十分で……」
「やべえ、相変わらずすげぇ」
「にゃんこ先輩がいてくれればよその国のプレイヤーとも平穏に狩とか行けるのになー」
「つーか、それ以前に運営が翻訳システム改良すれば良くね?」
「それな」
と、まあ、一部の冒険家はにゃんこ先輩のすごさを理解しつつ、ゲームのプレイヤーとして真っ当な事を言う。
俺も翻訳システムに関してはそう思うよ。
でも、言うのは簡単。
運営だって頑張ってると思うよー、多分。
「ギルド長、喧嘩を収めたぞ。さあ、報酬は一万ルピピだにゃ!」
「高ぇ!」
「ふん、真っ当な報酬だよ。内訳を聞くかい? 指名料千ルピピ、派遣料二千ルピピ、通訳料五千ルピピ、そして危険を顧みず仕事をしたボーナス報酬二千ルピピ! もろ込みだにゃ!」
「ぐっ……」
……さすが、にゃんこ先輩……。
「あの猫……通訳が出来るのか?」
「ん? ああ?」
入り口のそばで見守っていたヒューマン……珍しいな、このゲームであえてヒューマン種を選択するプレイヤー。
ヒューマン……まあ、いわゆる人間種。
バランスはいいものの、全体的にしょぼい。
成長は最初早いが、あとからレベルが極端に上がりづらくなる。
他の種に比べて、明らかな劣等種族。
ただし、『称号持ち』は別だ。
『勇者』『賢者』『剣聖』『王』『皇帝』『覇者』『拳者』『魔王』など、いくつかの『称号』はヒューマンでなければ手に入らない。
だが、その道のりは果てしなく険しい。
俺のようにのんびり遊ぶやつは到底『称号』なんざ手に入らないだろう。
だからヒューマンを選択するプレイヤーは複垢持ちか、課金も辞さない超ガチ勢。
だがこいつは……俺に声をかけてきたやつは、装備から見て最近ゲームを始めたばかりだな。
「…………! た、頼みがあります! どうしても翻訳システムじゃあ解読出来ないクエストがあるんだ! 一緒に来てくれませんか⁉︎」
「んにゃ?」
「?」
あん?
翻訳システムで解読出来ないクエスト……?
あ、もしかして、プレイヤークエストか?
プレイヤークエストーー文字通りプレイヤーが他のプレイヤーに出すクエストの事である。
報酬も難易度もそのプレイヤーによりけり。
へえ、なんか面白そうだな。
「にゃんだオメーは」
「初めまして! オレはミリオンサマー!」
……うん、頭上に表示されてるから分かるわ。
ひでぇプレイヤー名。
サブ垢かなー。
「プレイヤークエストの通訳を頼みたいんじゃないですかね?」
「にゃるほど。そうにゃのか?」
「あ、はい! そうです!」
「ふむ。いいけど高いぜ? 我輩は戦闘方面にステ振りしてねーからクソ弱ぇ。それでも良ければ付いてってやんよ」
「え、た、高い? い、いくらくらい……」
「場所とクエストの内容によるな。終わったら精査して金額を計算、請求する。少にゃく見積もっても一万ルピピだ」
「うっ!」
初心者にはなかなかハードな金額だ。
ヒューマンのプレイヤー……ミリオンサマーは目を彷徨わせる。
明らかに金持ってなさそうだもんなー。
「…………」
ああ、俺も『エメーテルフロンティア』を始めたばかりの時はこんな感じだったな。
そこをにゃんこ先輩が色々教えてくれたんだ。
今はにゃんこ先輩も中堅プレイヤー層。
俺も初心者ではなくなった。
……ならやる事は決まってんな?
「いいぜ、にゃんこ先輩の護衛は俺がしてやる。そうすりゃあお前は護衛料割引で、五千ルピピぐらい払えばいいはずだ」
「え! え? え、でも!」
「お前初心者だろう? 複垢か?」
「い、いえ、実は昨日友達に勧められて、始めたばかりで……」
「え? オメー、まさかにゃにも知らずにヒューマン選択したのか?」
「は、はあ。種族選択の時は目隠ししてやると面白いって友達が……」
「「………………」」
先輩共々思った。
その友達、クソだな。
「……にゃんこ先輩……」
「こいつぁ、呆れて言葉もにぇーな。はあ、仕方ねぇ。昨日今日始めたばっかりの初心者を冷たく突き放すにゃんざ、古参プレイヤーのやる事じゃにゃーからな。ああ、分かった分かった、初心者割引も付けて二千ルピピで請け負ってやるよ。護衛はお前がしてくれるんだろう? タノノ」
「ウッス」
「あ…………ありがとうございます!」
「だがまずは質問だ。オメーギルドには登録してんにゃか?」
「ま、まだです!」
やはり。
ギルドカウンターに来ているので、冒険家登録に来たのだろうとは思っていたが。
うん、ならまずは冒険家に登録してからだな。
ギルドで冒険家登録すれば、冒険家ボーナスやランクによってはうまいクエストも受けられるようになる。
ヒューマンのプレイヤーは特にギルドには入っていた方がいいだろう。
「じゃあ先に登録済ましちまいにゃ。プレイヤークエストはその後でも間に合うんだろう?」
「は、はい!」
にゃんこ先輩にケツを叩かれ、ミリオンサマーはカウンターへ走っていく。
喧嘩でざわついていたギルドの中も落ち着き始め、優しいプレイヤーが椅子やテーブルを直していく。
まあ、破壊されたやつは破棄か、生産系プレイヤーが直すだろう。
それよりも、気になるのはプレイヤークエストだな。
「なあ、にゃんこ先輩……どう思う? プレイヤークエストの件」
「ああ、もしかしたら最近噂になってる初心者を食い物にするプレイヤークエストかもしれねーにゃ。うまい話を持ちかけて……初心者を潰すのを楽しんでやがるクズの」
「プレイヤー同士のトラブルは避けたいから、中身を確認してから運営に通報、でいいですかね」
「おう。もちろんそれでいいぜ。……だが、こーゆー事をするやつは大概複垢持ちだかんなぁ」
「……ッスね」
ったく、ゲームの中でくらい清く楽しく心穏やかに生きればいいのに。
心の荒んだやつが多過ぎるぜ。
「登録終わりました!」
「よし、んにゃ、行くにゃ」
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はドラゴニュートのタノノだ。職業は重戦士。壁も出来るが素早い攻撃なんかは苦手なんで、そこは頼むぜ。見たところ剣士だろ?」
「は、はい!」
剣士は初心者が最初に選択する初級職業の一つ。
剣も腰に下げてるし、まあ、そうだろう。
「我輩はキャットコボルトのにゃんこ先輩にゃ。職業は『翻訳家』兼『通訳』。大体いつもは今回みたいな仲裁や、遺跡の古代文字解読なんかをしてるにゃ。まー『エメーテルフロンティア』じゃあ、唯一の職業にゃ。いわゆる『称号持ち』ってやつにゃよ。崇め奉れ」
「え? あ、はい!」
……絶対にゃんこ先輩のすごさが分かってねーな。
まあ、初心者じゃ仕方ない。
おいおい分かってくるだろう、そういうのは。
「じゃあ行くか。場所はどこだ?」
「この町の側にある『信者の森』ってところに、エルフの女の子がいるんです。頭には『フレンナ』とあるので名前は多分フレンナだと思います」
うん、それは大した情報ではねーな。
なるほど、か弱い女の子のアバター使って初心者をおびき寄せてんのか。
悪質だねぇ。
「その子がとても困ってるみたいなんですけど、何言ってるのか全然分からなくて……」
「にゃるほど。よし、距離もそんなに遠くねーし行ってみるにゃ」
「ウッス」
「よろしくお願いします!」
これは、にゃんこ先輩が色々な事に巻き込まれ、ついでに俺も巻き込まれる物語。