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 美乃里は作業箱(ワークボックス)に百枚ほどの皮を入れ、何やら操作をしていた。


 やがて作業箱の中から巨大な球皮が姿を現した。


 これは俺の知らないレシピだ。


 この異世界にはまだまだ俺の知らないレシピや術式がいっぱい存在するのだ。


 

 次に美乃里は自分のインベントリーから球皮内の空気を加熱する「バーナー」を取り出し、球皮にロープで結び付けていった。


 他の者は木製の巨大バスケットの中に設置した物入れの中にせっせと収集したアイテムを運び入れていた。


 俺は湖の中に建てた土の塔の上に立ち、時折近寄ってくるゴブリンやゾンビを弓矢で退治していた。


「カエル男!準備ができたぞ」


 塔の下から赤ん坊を抱いた真耶が声をかけてくれた。


「わかった。今、降りる」


 俺はヒョイと塔の上から湖に飛び降りた。


 既に美乃里がバーナーに火をつけ、球皮内の空気を加熱していた。


 球皮は暖められた空気でゆっくりと膨らみ、バスケットの上で浮かんでいた。


 全員、バスケットに乗り込んで最後に俺が来るのを待っていた。


「早く!早く!」


「また、夜になっちゃうよ」


「朝になるのを待った方がよくないか」


「こんな地底の暗闇で、朝も夜も関係ないでしょ」


「私達、一刻も早く地上に戻りたい!」


「よし、わかった!それじゃあ、出発するぞ!」


 全員、オオーッと叫び、右手を振り上げた。


 驚いて赤ん坊が泣きだした。



 パンパンに膨れ上がった気球。

 

 バスケットはゆっくりと浮き上がり、地面から離れていった。


「やったあ!!」


 バスケットの中から歓声が上がった。


 みんな、木製のバスケットにつけたガラス窓から足元のロックリーフが小さくなるのを見つめていた。


「さらば、ロックーリーフ」


 彩香先生が感傷に浸った声でつぶやき、何やらまた英語の歌を口ずさんでいた。



 俺はバスケットの端に立ち、時折り上方に向かって火矢を射ってみた。


 大半の火矢はそのまま放物線を描いて地底に落下していったが、時に進行方向に鉱物の塊が浮かんでいて火矢が突き刺さった。


 俺達は1メートル先も見えぬ真っ暗闇での中、火矢の灯りだけを頼りに気球の軌道を修正し、障害物を避けながら昇っていった。


 途中、乱気急に巻き込まれたり、ワイバーンに襲われたりしたが、たいしたことはなかった。


 まる一日気球は上昇し続け、ついに上方の暗闇の中に四角い窓のように空が見えてきた。


「空よ!空が見えるわ!」


「もう、夜が明けたんだな」


「青空を見るなんて、何日ぶりかしら?」


「私なんか異世界に来てからずっと、地底の牢屋でした」


「そんな悪夢も間もなく終わるわ!」


「私達、地上に戻れるのね!」


 女の子達はみんな手を取りあり、中には抱き合って涙ながらに喜びを分かち合っていた。


「守りたい、この笑顔。でも、喜ぶのはまだ早いぞ」


「殴りたい、この笑顔!何よ、カエル男!みんなの喜びに水を差さないでちょうだい!」


 俺は眼を細め、黙って上空を指さした。


 女の子達も一斉に空を見上げた。


 青空をバックに小さな翼の生えたトカゲのような生き物が上空を飛んでいた。


「なんだ、ただのちっぽけなワイバーンじゃないの。あんなの弓矢でやっつけてよ」


「遠近法………」


「えっ?」


「ヤツはかなり上空にいるぞ」


「えええっ!?」


 ワイバーンと思われた生き物が降下し、徐々にこちらに近づいてきた。


 そいつはぐんぐん大きくなっていく。


 鱗に覆われた巨大な身体、鋭い爪と牙、コウモリのような大きな翼を広げ、口から炎を吐き出した。


「ドラゴンだ!!」


 俺がそう言うと、女の子達が一斉に絶叫した。


「もう駄目だわ!」


「ドラゴンってこの異世界で最強の生物よ!」


「なんで、こんな所におるんや!」


 みんな頭を抱えてしゃがみこんだ。


 香菜子や真耶は赤ん坊をかばうように抱き締めていた。


 赤ん坊が一斉に泣きだした。


 俺はフッとため息を漏らした。


「ヒーローなんかになる気はないんだがなあ……」


 俺は泣いている赤ん坊の頭を優しく撫でてやった。


「よしよし。泣くんじゃないよ。パパが守ってあげるからな」


 言ってから言葉に酔いしれている自分に気づいて、俺は赤面した。


「岩田 菜々!岩田 萌々!二人で俺にEnforceの術式をかけてくれ!」


「なんやて!?何をする気や!?」


「まさかドラゴンと戦う気か!?」


「お守りだ。しばらくは俺の術式の威力が増すんだろう」


 菜々と萌々は飛び起きると両手を俺の身体かざし、同時に「Enforce!」叫んだ。


 俺の全身が赤紫色の光に包まれた。


「サンキュー!よっこらしょっと!」


 俺はバスケットの縁によじ登った。


「な、なにをする気?」


「俺が囮になる。みんなはその間に地上に出るんだ。地上には長沼 美衣奈母子がいるから、合流して始まりの村で待っていてくれ」


「カエル男くん!」


「必ず帰る!だって、カエル男だもの!」


 また、シリアスな場面なのにくだらないオヤジギャグを言って、俺はバスケットから飛び降りた。

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