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俺は練成したばかりの鉄の防具一式を全身に装備した。
降下中にワイバーンに襲われる恐れもあったし、何より重い方がスピードが出るからだ。
「ねぇ、あなた。鎧の上からマントを羽織ったらカッコいいですよ」
そう言って、美衣奈が兎の皮で作ったマントを背中からかけてくれた。
「まあ、素敵!ファンタジー映画に出てくるヒーローみたい!」
「そ、そうか……」
俺がヒーローか。
俺は面映い気持ちで苦笑した。
俺はたまたま異世界に来て、成り行きで錬金術師になっただけの平凡な高校生にすぎない。
別に魔王を退治したり、正義のヒーローになりたいわけではない。
ただただ、のんびりと安楽なスローライフを送りたいだけなのに、異世界に来てから忙しくてしょうがない。
「そうだ!両手両足にマントの端を紐で括り付けてくれ」
俺は大の字になって立ち、美衣奈に頼んだ。
「えっ!そんなことしたら不細工ですよ」
「ウイングスーツって聞いたことないか?手と足の間に布を張った滑空用の特殊ジャンプスーツだ」
「ああ!ムササビみたいに空を飛ぶつもりですね!」
「途中、障害物があったら回避しないといけないからな」
俺は鉄の剣と鉄の弓矢と持てるだけの材木と食料を揃えた。
これが今の俺にできる精一杯の装備だった。
俺は地獄への入口さながらの巨大穴の縁に立ち、大きく深呼吸した。
「じゃあ、行ってくる!」
「でも、本当にそんな装備で大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。問題ない!」
俺は地底に向かってダイビングした。
大穴を真っ逆さまに頭から降下して行きながら、俺はハッと気が付いた。
「そんな装備で大丈夫か」と聞かれ、思わず「大丈夫だ。問題ない!」って答えてしまった。
こりゃちょっと昔に流行ったゲームネタじゃねぇか。
そんなつもりはなかったのに、また、しょうもないギャグを言ったと読者に勘違いされるぞ。
いやいや。もうこんな古いギャグを知ってる読者もいないかな。
緊迫したシーンになると下らないギャグを言いたくなる悪い癖がまだ治っていない俺だった。
あの漫画の神様、手塚治虫もシリアスなシーンになると、何の脈絡もなしにヒョウタンツギという落書きみたいなキャラクターを登場させていた。
真面目なシーンになると照れてしまうからと手塚治虫は生前語っていたが、真面目なシーンでふざけるなと批判する心の狭い読者もいたそうだ。
だが、例えどんなにつらい境遇や悲惨な運命の最中にも、ユーモアを忘れてはいけない。
そう手塚マンガは教えてくれているのだ。
(ああ、また、話がそれてしまった!)
ちなみに、「大丈夫だ、問題ない」と言ったゲームの登場人物はその後、敵にフルボッコにされるのだ。
その時、時間が巻き戻って再び「そんな装備で大丈夫か?」と聞かれて登場人物はこう答える。
「一番いいのを頼む」と。
一番いい装備もなく、ノープランで飛び降りた俺は果たしてどうなるのだろうか。
閑話休題。
全く光がない真っ暗闇を無言で俺は降下して行った。
まーたく何も見えない。
風が俺のマントをなびかせているので、落下しているのだと分かるだけだった。
まるで風に乗って空に浮かんでいるような感じがする。
何しろ周囲に比較する物体が見えないため、強烈な風圧は感じているがスピード感はほとんど無い。
だが、スカイダイビングでは両手両足を広げた体勢で降下した場合、空気抵抗と重力加速度が釣り合い、時速200キロメートルで降下すると聞く。
俺は急いでいるので、頭を下にした姿勢で手足を真っすぐに伸ばし、出来るだけ空気抵抗が少なくしている。
恐らく時速300キロメートルは出ているだろう。
いや、大穴の上空は下向きの気流が発生しており、それ以上の猛スピードで俺は降下している。
気流がかなり不安定なため、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと俺の身体は翻弄される。
もしも前方に鉱石の塊が浮かんでいたら、俺は激突してバラバラになってしまう。
そうなると、地底で震えて俺の到着を待っている女の子達は全員ゾンビに殺されてしまうだろうな。
いや、ただ殺されるなら、リスポーンするからまだましかもしれない。
ソンビに噛まれてソンビ化してしまったら、どうしようもない。
ゾンビになった人間を元に戻すには、金のリンゴと治療薬が必要なのだ。
しかし、今の俺にはその治療薬を作るだけの能力がないのだ。
不安になった俺は、地底の状況を知りたくて、スマホを取り出すと手当たり次第に電話をしてみた。
なかなか誰も出てこない。
ゾンビに襲われて、電話に出るどころじゃないのだろうか。
まさか、もう手遅れとか………。




