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砂の塔を目印に森の中を駆け抜けて行くと、川辺に建てた始まりの家に到着した。
家の前の麦畑では、ちょうど俺の嫁第一号の長沼 美衣奈が麦を刈っているところだった。
「美衣奈!」
俺が大声で呼びかけると、美衣奈はハッと驚いて顔を上げ、俺の方を見た。
「カ、カエル男さん!」
美衣奈は手にした石の鍬を投げ捨て、一目散に俺の元に駆け寄って来た。
俺たちは互いに息が止まるほど、ギュッと強く抱きしめあった。
「ああ!懐かしい美衣奈の匂いだ」
「カエル男さんのバカ!馬鹿!莫迦!すぐに戻るって言ったくせに!」
美衣奈は泣きじゃくりながら俺の胸を可愛く叩き続けた。
「寂しい思いをさせてゴメン!」
「でも、無事に帰って来てくれて、本当に良かった!」
「それがそれ程無事でもなかったんだがな。なにせ、一度死んじまったのだから」
「カエル男さん、死んじゃったの?」
「ああ!一度死んで、最初に転移した森の中で生き返ったんだよ」
「道に迷っても、死んだらすぐに元の場所に戻ることができていいですね」
「ちっともよくねぇよ!持ってたアイテム、全部失くしちまったんだぞ!」
「せっかく集めたアイテムをみんな失ってしまったのですか!?」
「ああ!だけど、学園の仲間を大勢見つけたんだ。仲間が俺のアイテムを回収してくれてるはずだから大丈夫だよ」
「嬉しいわ!仲間が見つかったのですね!誰ですか?」
「えーと、担任の増田 彩香先生。同級生の西 香菜子。一年の岩田 菜々、岩田 萌々姉妹。二年のフランスからの留学生ドゥ・レイモン・ジュリエット、陸上部の大塚 美乃里。三年生の読モをしていた井稲 真耶。あと菅原 瑠奈と小田 桃歌。全部で9人か」
「そんなに大勢の方が、この異世界に来ていましたの!?皆さん、この始まりの村にお呼びしましょうよ」
「そのつもりなんだが、問題はみんな深い穴倉の底にいて登ってこれないんだ」
「穴倉の底?」
「ま、詳しいことは家で飯を食いながら話してやるよ。久しぶりに美衣奈の手料理を食わせてくれよ」
「はい!あれから沢山食材も揃え、お料理のレシピも増えたのですよ」
「それは楽しみだな」
「それと、カエル男さんを驚かせることがあるのですよ」
「えっ!何だい?」
「ウフフ!それはひ・み・つ・です!お家に着いてからのお楽しみです」
「わーい!それは楽しみだなあ(棒)」
その時の俺は、「まあ、ボーとした天然のお嬢様の美衣奈の言うことだから、どうせたいしたことじゃないさ」と高を括っていた。
美衣奈に手を引かれ、懐かしの豆腐小屋に入った俺は、驚いて腰を抜かしてしまった。
「美衣奈!?そ、そ、それは、一体………!?」
美衣奈は竹籠の中から毛布に包まれた物体を抱きかかえて、嬉しそうに俺に見せた。
「ミイちゃん。パパが帰って来まちたよ!ご挨拶しなちゃいね」
毛布に包まれた赤ん坊が目を覚まし、ギャーギャーと火がついたように泣き出した。
「パ……パ……パ……パ……パパァ!俺がこいつのパパァ!?」
美衣奈は恥ずかしそうにコクリと頷いた。
「だって、お前、そりゃあ確かに身に覚えがないわけじゃないが、俺がこの家を出て行ってまだ数日だぞ!」
「あなたが遠征に出かけた翌日、私のお腹が大きくなったの。最初、食べ過ぎかしらと思っていたら、次の日の朝、目覚めたらお腹が元通りになって、この子が産まれていたのよ」
「そんなバカなあ!!」
「だって、この異世界ではたった一晩で植えたばかりの種が麦になり、苗木が大木になるのよ。牛や豚だってカップルになったらすぐに子供を産むのでしょ。人間だけが特別だなんてありえないわ」
「た、確かに………。この赤ん坊は俺と美衣奈の子供なのか………」
俺、まだ16歳なのに、もう子持ちになっちまったのかあ!
「パパ!ミイちゃんを抱いてあげて」
「ミイちゃん?」
「パパの意見も聞かなくて、勝手に決めてしまってごめんなさい。でも、パパはお仕事で帰ってこなかったし、私の名前が美衣奈だから、自分の娘が出来たら美衣って名付けようと子供の頃から決めていたのよ」
美衣奈はそっと俺に毛布にくるまった赤ん坊を手渡した。
泣きじゃくる赤ん坊の顔も見つめながら、俺はあまりの衝撃に茫然自失、虚脱状態で床に座り込んでいた。
と、頭の中にサーッと稲妻が走った。
「も、も、も、も、もしかして、あっちでも…………」




