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「ちえーい!!」
森は竹刀を突き出し、俺の喉元を突いた。
「うがあああっ!」
その一撃で俺は口から血反吐を吐き、砂浜にうずくまった。
「おらおらおら!」
うずくまった俺の頭を、背中を、腰を、執拗に森は竹刀で打ち据え続けた。
「よくも卑怯な手で私を騙してくれたな!」
(色仕掛けに引っかかる方がバカなのさ!)
と、言い返してやりたかった、口の中が血まみれで声が出せなかった。
動かなくなった俺を、森は最後に蹴り飛ばした。
俺は砂浜を転がり、あお向けになった。
森は竹刀を俺の顔の前に突き付けて尋ねた。
「答えてもらおう!ここは一体どこなんだ?」
俺はハアハアと息を荒げて、じっとHPが回復するのを待った。
(出来るだけ、時間稼ぎをしなければ………)
「……ここは狭間の世界だ」
「狭間の世界?」
「そうだ。ここは生と死の狭間の世界だ」
俺は顎で森の隣に浮かんでいる黒い人影を指し示した。
「その黒い人影が何か話しかけてこなかったか?」
「こいつは私に尋ねた。生き返りますか、それとも終了しますかと」
「そいつは俺たちの生死を司る死神みたいな存在だ。生き返りを選択したら異世界に戻してくれる」
「私は異世界ではなく、元の学園に戻りたいのだ!もしも終了を選択したらどうなるのだ?元の学園に戻れるのか?」
(そうだ!終了を選べ!そして、消えちまえ!)
俺は内心、ほくそ笑んだ。
だが、意外にも俺の口から出てきた言葉はこうだった。
「―――終了を選んでも、元の世界には戻れない。ただ、消滅するだけだ」
「本当だな?」
「本当さ………。俺だって、同級生同士で殺し合いはしたくねぇよ」
森は剣道の練習中にトラックに跳ねられて異世界に転移したのか。
それで胴着に竹刀まで持った姿でリスボーンするわけか。
彼は昨年まで女子高だった学園に入学した唯一の剣道部員で、学園の客寄せパンダとして全国大会に出場するはずだった。
竹刀を持った剣道の有段者に素手で敵うわけがない。
「この狭間の世界の世界で死んだらどうなると思う?」
「この場所で死んだらきっと一巻の終わりだ。リスボーンは無理だろうな」
「フフフ!それを聞いて安心したぞ!試してやろう!」
「俺を殺す気か……?」
「もちろんだ!そのために、私はお前が来るのを待っていたのだ。互いに別の場所にリスボーンしてしまったら、逃げられる恐れがあるからな」
「お互いに助け合って異世界で生きてゆけないのか?」
「貴様と私が同等だと?思い上がりもはなはだしい!私の下僕になると誓うのならば生かしてやってもいいぞ」
「可愛いツンデレ美少女の下僕なら喜んでなるさ。だが、むさ苦しい男の下僕なんて死んでもイヤだね!」
「ならば死ね!」
森が竹刀を大きく振りかざした。
「DIG ON!」
俺は素早く砂浜に手刀を突き刺し、20ブロックの深さの大穴を開けた。
全くの苦し紛れでしたことで勝算などなかった。
俺は穴の底に落下し、したたか腰を打ち付けた。
一方、運動神経の良い森は軽やかにスタッと着地した。
砂の上に無様に横たわる俺を見て、口をゆがめて嘲り笑った。
「こんなことしか出来ないのか?哀れなものだな。どうした、どうした、もっと穴を掘ってみろ!貴様の墓穴にしてやる!」
嬲り殺しにされる!
まさに俺は蛇に睨まれた蛙男だった。
「FILL IN!」
俺は砂ブロックを右手に持ち、充填の術式を唱えた。
俺が掘った穴は再び銀色の砂で満たされた。
とにかく森から逃げようと、苦し紛れに術式を唱えたに過ぎない。
俺は砂の中に埋まり、身動き一つできなくなっただけだった。
(自分で自分の首を絞めてどうするんだよ!)
俺は首を懸命に振って、何とか呼吸できるだけの空間を確保しようとしたが、上から次々と砂が流れ落ちてくる。
このままだと森に殺される前に窒息死してしまう。
「悪あがきは止めろ!こんな砂ぐらいなんだ!」
砂の壁の向こうから、森が近づいてくる気配を感じた。
「見つけたぞ!カエル男!」
砂を掘り進み、森の手が俺の足首を掴んだ。
(もうダメだ………!DIG ON!)
俺は手刀を上に向かって突き刺した。
たちまち体にのしかかっていた砂はアイテム化し、俺の胸の上でポカポカと浮かんでいた。
「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!」
俺は激しく咳込んで、口の中の砂を吐き出した。
「とうとう諦めたようだな!串刺しにしてやる!!キェェェェェェェェェッ!!」
狂気じみた甲高い声を上げて、森は俺の口の中目掛けて竹刀を突き刺した。




