57
メイド達は鉱石を掘り、石釜で製錬し、出来た鉄や金のインゴッドを山積みにしていた。
そして、インゴッドがある程度の量貯まると、自分のインベントリーに入れて空洞の奥に向かって運んで行った。
「空洞の奥にメイド達のご主人様がいるようだな」
「まさか、行くつもりじゃないでしょうね。君子危うきに近寄らずよ」
「俺が君子に見えるか?」
「もちろん君子には見えないただのゲス男だわ。でも、私、強敵に立ち向かう勇気なんかなくてすぐに逃げ出すクズ男だと思っていたわ」
「ははは!ひっでぇなあ!いざとなったら香菜子を囮にして逃げだすから、よろしく!」
香菜子は別人のようにやさしい微笑を含んで、楽し気に言った。
「そんなジョークを言える余裕があるなら頼もしいわ。行きましょう!」
俺たちはインゴッドを運ぶメイド達の列に紛れ込んだ。
(ジョークでなく、本気で香菜子を囮にするために連れてきたのだけど………)
俺は香菜子の想像を超えたゲスでクズなカエル男なのだ!ゲロゲロ!
空洞の壁には何か金色に発光する粉末が塗られていて、まるで地上にいるように明るかった。
やがて俺たちの眼前には広大な畑が広がり、何人ものメイド達が農作業に励んでいた。
鮮やかな直線と曲線で区画された田畑が延々と続く風景は、さながら宮廷名画のようだった。
ここはとっても地底の空洞とは思えない。
まるで中世ヨーロッパの農園地帯に足を踏み入れたようだった。
そして、農道の行きつく果てには、石造りの豪華な洋館があった。
洋館の敷地内に入ると、インゴッドを運んでいたメイド達は宝物庫らしき倉庫の中に消えていった。
俺と香菜子は迷わず、洋館の大きな玄関から中へ入って行った。
まず俺たちの目に飛び込んできたのは、古い映画のセットかと見紛うような赤絨毯の敷かれた大階段だ。
西洋式の甲冑やら象牙やら鹿の剥製やらが飾られ、住人の趣味の悪さをこれでもかと誇示していた。
「まるであれだな、ソンビゲームに出てくる洋館みたいだな」
「錬金術でこんな物まで作れるのかしら!?」
「いや。多分、メイド達の中に職人や大工がいるんじゃないのか?」
「その通りだ!」
突然、男の声がした。
俺たちは驚いて声のした方を見上げた。
赤絨毯の敷かれた大階段の上に、黄金色の西洋甲冑が飾られていた。
いや、西洋甲冑の中には人が入っている。
ミュージカルスターのように登場したその男は、全身を黄金色の西洋甲冑で保護していたのだ。
頭にも黄金色の兜を被っているため、顔がまったく見えない。
西洋甲冑の男がこごもった声で言った。
「安藤と西か。よく来た。待ちかねたぞ」
「―――俺たちの名前を知ってると言うことは、あんたは俺たちの同級生だな」
「決まってるだろ。この世界には私たち転生人しかいないのだ」
黄金の甲冑男はそう言うと、ゆっくりと兜を外した。
そこに現れた顔には見覚えがあった。
森 泰斗。
和泉 康平と学園の覇権を争っていた同級生の男だ。
和泉には議員の息子という権力と金があったが、本人はただのボンボンだった。
だが、この森 泰斗は文武両道のエリートだった。
成績は入学した時から常にトップで、市民剣道大会の個人戦中学男子の部で優勝した腕前だ。
学園には俺なんか単に家の近くだから入学したのだが、森 泰斗は学園長自らがスカウトした逸材なのだ。
「森 泰斗。あんたも異世界に来ていたのか」
森は俺の言葉を無視して、階段をゆっくりと降りてきた。
「森君!大穴を開けたり、メイドのゴーレムを作ったのは君なの?」
俺たちの横を通り過ぎる時に香菜子も話しかけたが、森はまったく無視をした。
こいつは昔から自分がエリートなのを鼻にかけ、自分以外の人間を能無しだと認定し、まったく相手にしない。
森は一言だけ俺たちに告げた。
「ついて来い!」
俺と香菜子は互いに顔を見合わせ、素早く念話で会話した。
(どうする?)
(ついて行くしかないだろう)
(彼、錬金術師なのよね?どんなレベルなのかしら?)
(ステータスを見てやるか)
「ちょっと待てよ、森!」
俺は、振り向きもせずすんずんと館の廊下を歩いて行く森の肩を掴んだ。
その瞬間、背骨に杭が打ち込まれたような激痛が走った。




