8 どうして、君は君なんだ
「これで決まったな」
瞬がタンスの中で、何かをガサゴソとあさりながら言った。
「何が?」
リョウが目をクリクリしながら瞬の背中を見る。
「ソウがエドサイトウイルスの実験体だったってこと」
リョウは瞬がソウを名前で呼んだことにびっくりしたが、三人は気にしていないようだ。
「あった」
瞬は黒い板を持って、ソファーに座った。
瞬は黒い板の端を触ると、カチッと音を出した。
黒い板が光り出す。
リョウはその板に手を伸ばした。
タブレットだった。
リョウは手紙の中に入っていたメモリーカードを手に取り、ニヤッと笑った。
そしてタブレットにメモリーカードを差し込む。
四人は少し顔をこわばらして、唾を呑んだ。
液晶が光り、データーが0%から読み込まれていく。
緑色の光の筋が最後まで到達し、端の数字が100%になった。
すると、パスワードという言葉が表示され、四人は緊張を解いて、ため息をついた。
「パスワードって何だと思う?たぶん四ケタ、数字かな?」
リョウが三人の顔を見渡し、がっかりした声を出す。
愛希と瞬が考え込むような顔をし、ソウとリョウは口を開けてボーっとした。
瞬が「貸して」と言って、リョウからタブレットをとった。
瞬はすごい速さで何かを打ったが、ブーという音が何度もタブレットから聞こえた。
どうやら間違っていたらしく、瞬は眉間にしわを寄せている。
リョウはつまらなくなり、ボーっとしているソウに話しかけた。
「ソウは歩いてここまで来たの?」
ソウはブンブンと首を横に振る。
「えっと最初に貨物船に乗って、港からは奈緒さんがくれた、切符と地図で」
ソウはハッとして、瞬を見た。
しかし、瞬はタブレットを睨みつけたままで、こちらに興味がないようだ。
「ソウ、なんか自己紹介で言ってたじゃんえ~と」
「実験体だったてこと?」
リョウは口をタコのようにして、頭を横に振った。
「なんか、それでスル―された奴、うーんと、なんとか型?みたいな奴!」
「ああ、血液型のこと?TH4S型だよ」
ソウの青みどりの目が少し光る。
「そう、そのTH4S型って何?」
「さっき言ったじゃん、血液型だよ。リョウは記憶力ないね」
そう言うと、ソウは鼻で笑った。
だんだん瞬に似てきたような気がする。「それは覚えてるよ!血液型っていうのがおかしいんだよ、血液型って四つしかないはずだよ?A、B、AB、O!そのTH4S型ってのは何なの?」
リョウが少し怒ったような口調で、ソウに詰め寄った。ソウは驚き、目を丸くする。
「あ・・・・言うの忘れてた。Nサイトウイルス、僕達の血でできてるんだ、たぶんだけど・・・・・」
ソウはあいまいな顔をして笑った。
その言葉にカチッと何かが分かりそうなピースのカケラが頭の中で、思考パズルに噛み合う。
しかし、それにまだ確信はなく、腕の傷部が厚みを帯びた。
リョウは何かを言おうと口を開こうとした。
すると、ずっと黙っていた愛希が大声を
出した。
「わかったかも!シュンちゃん、タブレットちょ~だい」
愛希が、驚いた顔をする瞬の手から、タブレットを奪い取り、何かを慎重に打ち込んでいった。
タブレットからピロンッという高い音が聞こえた。
愛希が満面の笑顔でリョウたちの方を見た。
瞬が愛希の方に前のめりになった。
「パスワード、何だったんだ?」
愛希はフフンッと鼻を鳴らす。
「TH4Sだよ~」
瞬が眉を曲げる。
「何だ?それ」
瞬を除く三人が顔を見合わせた。
そして同じ話をソウは口にし、瞬が驚いた顔をした。
瞬たちの声が遠くの方で聞こえる。
リョウは今日の一日を思い出した。
疲れが体を襲い、フワーァと欠伸をした。
何度も欠伸をした。
鼻がツンッとして、涙があふれた。
涙はきっと欠伸のせいだ。
止まらない涙を隠すように、リョウはゆっくりと、ソファーで横になった。
暗い世界に身が落ちる直前、誰かに頭をなぜられたような気がした。
まぶしい光に照らされて、リョウは目を覚ました。
きれいな花の絵と、金の装飾が施された天井が視界に入りこむ。
いつもの天井じゃないことに一瞬驚いた後、昨日の出来事を思い出した。
リョウはゆっくりと体を起こすと、伸びをして息を吐いた。
誰かが運んでくれたのか、大きなベッドで寝ていた。
リョウは右の方で聞こえる小さな寝息に目をそらすと、もう一度大きく伸びをした。
右の視界を遮断しながら、ベッドから出ようとして、手を白いシーツにおいた。
フサッ。
何か毛のようなものを握る。
リョウは気づかないようにしていたものに、自分から触ってしまったようだ。
「んんっ、ふわぁ」
どうやらそいつを起こしてしまったらしく、そいつはのんきに欠伸をしてリョウを見た。
「おはよう、リョウ」
そう言うとそいつも伸びをした。
リョウはそいつの白い胸板を見ると、嫌な顔をした。
「おはよう、ソウ。ところで、おまえは何で服を着てないんだ?」
リョウが目を細めながら聞く。
すると、ソウは目を丸めた後、ニヤッと笑い、「どうしてだと思う?」と聞いてきた。
窓の外では雀がチュンチュンと鳴いている。
これが『あさチュン』なのかもしれない。
リョウは顔を真っ青にして、朝一番のため息をついた。
タンスからソウの体型にあったつなぎを勝手に出すと、ぶっきらぼうに手渡した。
ソウはそれを受け取ると、「ありがとう」と言って、布団の中で着替えていた。
階段を下って昨日のテレビの部屋に行くと、瞬と愛希が朝食を食べながら、テレビを見ていた。
愛希がリョウと後ろのソウに気づくと「おはよう」と言い、お盆に皿を載せて、持ってきてくれた。
皿には、スクランブルエッグとフランスパンの細く切ったものが載ってあり、スープの入ったカップからは湯気が立ちのぼっている。
リョウは「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。
ソウもリョウの見よう見まねで手を合わせて食べ始める。
テレビではまだニュースしかやっていないらしく、同じような内容が流れていた。
「瞬、何か新しい情報あった?アムッ」
パンを掴んで、口に入れる。
「テロ集団がウイルスのせいで仲間割れしてるのと、自衛隊が凶暴化した人たちを一時的に取り押さえるらしい」
リョウは「フ~ン」と言いながら、隣に座るソウを見る。
ふわふわとした白い寝癖が視界に入り、朝のことを思い出した。
「何で私は裸のソウと二人で寝てたの?」
瞬がスープをすすりながらこちらを見た。
「俺もいた」
リョウは目を丸くして瞬を見る。
「じゃあ愛希は?もしかして愛希も一緒だったの?ベッド大きかったけど、狭くなかった?」
瞬が眉を曲げて、カップを盆においた。
「愛希は年頃の女の子だぞ?!男と一緒に寝かせられるか!」
リョウは驚いた顔をした後、眉をピクピクと動かした。
「わたしも年頃の女の子だよ?襲われたらどうすんの?」
「大丈夫、俺が守る(誰もお前みたいな幼児体型襲わねえよ!)」
瞬はキリッとした顔をした。
「何キリッとしてるの?最後のやつ聞こえてるから!」。
「心の声が・・・・・」
瞬はハッとして、口を手でおさえた。
「心の声、ダイレクトに聞こえすぎだろ!リョウちゃんマジで泣いちゃうよ?!」
大声で言うと、三人が笑った。
リョウは愛希も笑っていることに、少しショックを受けた。
全員が朝食を食べ終わると、瞬がリモコンでテレビの電源を消した。
部屋が静かになり、外でカラスの鳴き声が聞こえる。
「昨日、あの後どうなったの?」
リョウはクリクリと目を輝かせた。
瞬の手にはタブレットが握られていて、液晶が光っている。
「リョウが寝た後、明日にしようってことになったんだ」
瞬が長いまつげを少し伏せてフワリと笑った。
普通の女子なら、この笑顔にすぐに恋に落ちただろう。
ウウィーンという音がタブレットから聞こえ、四人は顔を近づけた。
リョウ達は昨日の状況と少し似ていて、顔を見合わせて笑った。
液晶の真ん中に灰色の三角が映る。
瞬のきれいな指がゆっくりと再生ボタンを押した。
小さな丸が時計回りに動き、数秒後、映像が流れはじめる。
カーテンの隙間からまぶしい一筋の光が差し込み、ツクツクボウシが鳴き始めた。
その声が夏の終わりと秋の始まりを知らせた。
頑張ります