5. 君のことを知りたいな
『ワッショイ、ワッショイ、メールだよ。ワッショイ、ワッショイ、メールだよ』
暗い雰囲気をぶち壊すような音が、テレビの音と混ざって四人の耳に届いた。リョウはテレビから目を離し、三人の顔を見た。ソウと愛希は不思議な顔をしていて、瞬は下を向いていて顔が見えない。
「誰?、今のワッショイって・・・」
リョウの言葉に愛希は苦笑いして、瞬の方を見た。瞬が顔を上げると、顔を真っ赤にして、少し涙目になりながら震えている。どうやら音の主は瞬らしく、よほど恥ずかしかったらしい。リョウは十年一緒にいて、初めて瞬の趣味の悪さを知った。
「うっ、うん…」
瞬は咳払いをするとすぐに気持ちを落ち着かせて、スマホの画面に目をうつす。心なしかまだ瞬の耳が赤く見えるのは、気のせいかもしれない。
「父さんと母さんからだ。今日も帰れないらしい、家から出ないで、エドサイトを見るなって」
瞬がそういうと、愛希はうなづいた。愛希たちの父親は外交官で、母親は医者だ。
二人ともエドサイトの騒ぎで忙しいに違いない。瞬の方を見ると、眼があった。彼は柔らかく笑うと、テレビの方に目を向ける。リョウも同様にテレビの方を見ると、同じような内容の映像が何度も流れていた。
テレビによると、この騒ぎはエドサイトからのウイルスらしい。リョウは家族のことを思い出し、少し背中が冷たくなった。少し前に起きた出来事が頭にフラッシュバックし、肩の傷が疼く。そういえば、兄貴たちはパソコンの前にいたな。
いったい、エドサイトで何を見たのだろう。
リョウはボーっとしながらテレビを眺めた。テレビの映像が切り替わり、マイクが何個か置いてある机に何人かの男性が姿を現した。カメラのフラッシュのようなものがパシャパシャと音をたてる。記者会見だ。真ん中に立った男性に、カメラがズームし、顔を映し出した。男性はスキンヘッドの頭をしていて、青い目をしている。テレビなどでよく見る、エドサイトの社長だ。画面下に名前が出てきて、男性が英語で話し出す。その英語をナレーターが日本語に訳した。
「このような事態になってしまったことと、残念ながら亡くなられた方々と遺族に対し謝罪と哀悼の意を表したいと思います。誠に申し訳ありませんでした」
男性たちが一斉に頭を下げる。すると、カメラのフラッシュが大きく切られ、画面が一瞬真っ白になった。
エドサイトの社長が顔をあげて話し出す。
「今回の件はわが社のサイトが何者かに乗っ取られ、ひき起こったと考えております。現在早急に原因と対策を考えていますので、もうしばらくお待ちください」
そういうとそそくさと男性陣が退出していく。報道陣が英語で騒いでいたが、何を言っているのか、リョウにはわからなかった。また映像が切り替わり、キャスターが顔を出す。同じような内容をもう一度話しだしたので、リョウは嫌気がさして、立ち上がった。瞬がこちらを心配そうに見た。
「トイレ!」
大声でそう言い、引き戸を開いて出ようとすると、後ろから瞬の声がする。
「大丈夫か、リョウ」
その言葉に、にやりと口角が上がった。彼は少し怖いが、優しい。そして、趣味が悪く、赤面すると、可愛い。うん、でも生意気じゃな〜い?私に大丈夫か、ですって?この、リョウ様に…。
パッと後ろを振り向き、「ワッショイ!」と指をピースにして笑ってやった。
瞬は顔を耳まで真っ赤にしていたが、リョウがそれを見ることはなく、トイレに颯爽と向かった。
洗面所の扉を開くと、トイレのふたが自動で開いた。洗面所の壁は白のタイルで埋め尽くされ、花の形をした電球がオレンジ色に光っている。扉を閉めて鍵をかけると、ふーっとため息をついた。
今日はいろいろなことが起きすぎた。
髪をクシャッと掴んで、冷たいタイルに腰を下ろした。タイルの敷き詰められた床は、埃一つないくらい掃除されている。リョウは指でタイルの縁をなぞりながら、何度もため息をついた。
涙は出なかった。泣いたら負けな気がした。ただ、意味のないため息を繰り返し、心が落ち着いていくのを感じた。
ニ十分くらい洗面所にいると、扉がノックされた。
「リョウちゃん、大丈夫?おなか痛いの?」
愛希の心配そうな声で、自分がボーっとしていたことに気づく。
「大丈夫、すぐ出るよ」
そう言って、わざとトイレの水を流して扉を開いた。愛希が安心したように、胸に手を置き笑っていた。プルンッ。相変わらず胸がでかい。手を洗って、元の部屋に愛希と一緒に戻る。引き戸を開けて中に入ると、テレビが消えていて、ソウと瞬が無言で向かい合っていた。ドキドキ…。(リョウよ、腐の感情を抑えるんだ)深呼吸、そして笑顔。
瞬がこちらを見て、「長かったな」と言った。私は何も言わず、ソファーに座ると、瞬の足を踏んづけた。瞬は小さく悲鳴を上げたが、無視である。そして笑顔のまま、ぬるくなったアイスティーを飲みほした。
瞬の小さな悲鳴を最後に、誰もしゃべらなくなった。私のせいじゃない。じゃないよ、うん、じゃない。
「…………」
「…………… 」
「…………!」
「?!」
「……………?」
「☆」
「何だよ、星って!」
リョウは無言に耐えられず、立ち上がってしまった。いや、マジで何のやりとりだ、コレ。よーし、落ち着こう。うん、落ち着こう。
何か、話題なぃの?ヤダよ、無言プレーとか。誰も喜ばないよ。だぶん。
何か、話題……うーん。お互いの趣味の話とか?いや、知っらね。というか、愛季と瞬は無いよね?!私、この十年、聞いたことないもん。愛季は色々習い事してたけど、趣味とは違うし。それに、ソウは色々謎だし。
……………あ、なるほど。知ればいいのね。と、いうことで。
三人を見回し、大きく深呼吸をして言葉を吐き出した。
「んんっ、では第一回エドサイトウイルス対策会議を始めたいと思いま~す!では、初めに自己紹介から、私の名前はリョウ、清楚でかわいい乙女だよ!家族は父、母、兄!血液型はO型で、誕生日は神なのでありません。ハイ次の人!」
いきなりリョウが大声を出したので、三人は一斉に彼女を見て、ポカーンと口をあけた。リョウはソファーに座り、愛希の背中を押しだす。愛希は「えっ私?」と言いながらも、戸惑いながら立ち上がり、自己紹介を始めた。うん、素直な子は好きよ。
「私は中野愛希です。血液型はA型で、誕生日は4月1日です、ええっと次は瞬ちゃん!」
指名された瞬が立ち上がった。
(今更だけど、立つ必要ないと思う。まぁ、言わないけど)
「俺の名前は月影瞬、血液型はB型、誕生日は8月24日……趣味が悪いワッショイ男だ」
瞬はそう言ってソファーに座ると、こちらを睨みつけてきた。私は即座に目を瞑り、口を閉ざし、耳をふさぐ。三猿方式である。これ、意外と役に立つんだよね。
と、ソウの声が聞こえてきたので三猿を解除した。ソウは3人に見習って立ちあがり、喉をコクリと動かしていた。
彼に静かな視線が集中する。
「僕はソウ。血液型はTH4S型、誕生日は12月25日。そして、その……つ、2週間前まで実験体でした」
「え……………?」
ソウの言葉に、リョウは背中の方で生ぬるい汗が流れた。