3. ハローハロー
『中野』と書かれた豪邸の前にリョウは自転車を止め、インターホンを人差し指でゆっくり押す。横には白人間ことソウが息を荒げながら、コンクリートにへたり込んでいた。
ここまでの道を走らせました。それは野球部のように。私、電動自転車でしたが、容赦しませんでした。
(血、ぶっかけられたこと、怒ってるとか。嫌がらせ、とかじゃ無いんだからね!)
何故かツンデレ風ですが、気にしないでください。
数秒後、少しがやがやとノイズが入った音ともに、高い声がインターホンから響いた。
「リョウちゃんだ~!どうしたの?」
高い声にソウがビクッと肩を震わせた。
「アキ、瞬いる?」
「いるよ~、瞬ちゃ~ん!リョウちゃんきたよ~」
中で愛希が瞬を呼んだ後、階段を駆け降りる音がインターホンから漏れ出る。
「中、入って」
低い瞬の声が聞こえた後、鉄で作られた城の門のような扉がゆっくりと開いた。
リョウとソウは顔を見合わせてうなづくと、ゆっくり豪邸に足を進めた。
敷地に入って一番初めに目に入るのは
イギリスの庭園でみるような草花のアートと、道の真ん中にある白い天使のいる噴水だ。
無駄にでかい。普通、こんなに大きな庭いらないから。
リョウはひたすら歩き続ける。
横で「ワー」とか「オー」とか感嘆してる奴がいるが、私はこの庭に何の感動もない。大人になったのだ。
初めてみたとき、リョウは外国に来てしまったような感覚になり、うっとりしたのを覚えている。
しかし、十年も通っていれば新鮮さはなくなり、家に着くまでの長い距離に嫌気がさすというものだ。
リョウは横で目を輝かせているソウの顔を見て、自分も昔はこんな感じだったのかな、と思った。
中野愛希、月影瞬とは親友であり、十年来の幼馴染だ。
愛希と瞬は兄弟みたいな関係だが、血はつながっていない。
愛希の話によると、瞬の家族が死に、瞬の母親と親友だった愛希の母親が引き取ったそうだ。
瞬が中野家に来たのはリョウ達と出会った頃と同じため、リョウは二人とは兄弟みたいな関係だと思っている。
だから、瞬はリョウの兄貴とは違いおとなしいため、いつも母親に自分の兄貴と交換してほしいと言っていた。
(まぁ、今の瞬くんは、正直いらないけどな。兄貴と同じくらいウザくなりやがったから)
それに、瞬は少し怖いし。
私と瞬は、愛季ですら知らない小さな秘密を抱えた関係である。
瞬と出会って1ヶ月経った頃、リョウは公園で黒猫とじゃれ合っていた瞬を見た。その日は30度を超える猛暑日で、公園に人の気配は無く、ただ一人彼はそこにいた。蝉の鳴り止まぬ声と、汗の匂いを今でも覚えている。
一瞬の出来事だった。世界から音が消えるのを感じた。
ゴトンと猫の首が落ちたのだ。前触れなど無かった。ただ、転がったモノが猫の首だと理解するのと同時に、彼の体が赤く染まっていた。リョウはどうすることも出来ず、突っ立ったままでいた。
彼が振り返る。その顔は無表情で、真っ黒な瞳が深淵のように終わりのない闇を見せていた。
瞬は次の日、何もなかったように笑っていた。だから、リョウも普通に接した。少し震える手を隠して。
それが誰も知らない、二人だけの秘密。
昔の記憶を思い返しているといつの間にか扉の前にいた。
リョウはちゅうちょなく扉を開け、大理石の玄関に靴を上げた。
愛季と瞬、二人が玄関で待っていて、にこにこ笑って迎えてくれる。
ガチャリと後ろで音がして、ソウが顔を出した。
愛希と瞬が驚いた顔をしてソウを見た後、私に「誰?」と聞いてきた。
けど、誰?と聞かれても困る。今さっき会ったばかりなのだ。
(そんな不審者を連れてくる私って…うん、考えないでおこう)
リョウはその質問に答えずソウを見た。
ソウはリョウを見た後、瞬に顔を向ける。
ソウが瞬と顔を見合わせた。
シャンデリアが二人をきらきらと映し出しす。
綺麗な顔の男たちが見つめ合う。
ドキドキ…。
「あなたが月影瞬さんですね、奈緒さんに言われてきました」
ソウが笑顔でそう言うと、瞬が怖い顔をしてソウを睨んだ。
ゾクっと寒気が体に走る。
(冷房効きすぎだわ)
などと、リョウは見当違いの感想を抱いたが、愛希とソウが真っ青になっていた。
「君、誰?」
瞬の声は今まで聞いたことないくらい低く、冷たかった。
リョウは瞬の瞳にかつての深淵を見る。だが、何故かそれが少し嬉しく、彼の顔にヘラっと笑ってしまった。
殺気がうごめく玄関で一人、ついていけないリョウが首をかしげた。