第六話 二人の味方
静寂。
王女様はただただ呆然としている。
僕の言葉の意味がわからないのかもしれない。
そりゃこの世界の人間にファンタジーだのゲーヲタだの言っても理解不能だろう。
コホッ
空気を変えるように咳を一つ。
王女様が小さくビクッと身体を震わせた。
「あー……とにかくですね、僕はこの世界に来られた事自体に感謝しているので、恨んでなんていないんですよ。」
「そう……なの………ですか?」
「そうなのです。」
何か良くわかっていないようだが気にしない。
「だから、王女様が僕に謝るのはお門違いというものです。」
「はぁ…………わかりました。貴方の温情に感謝致します。」
「あ、はい。」
…………………………。
静寂。
ーーーえ、なにこれ?
突然の静寂に困惑していると。
「ふっ………ふふ…………ふふふっ」
王女様がいきなり肩を震わせて笑いだした。
今度は僕が唖然とする。
「ふふふっ……………ふぅ………申し訳ありません、ネクロ様。」
「え、あ、いえ………どうかしましたか?」
「いえ、その………ネクロ様がお怒りになった時の事を思い出してしまいまして。」
え、僕の怒り顔そんなに変なの?
「私、あんな風に大声で怒られたの初めてで。ちょっとだけ………嬉しかったです。」
そういう事か。
……………いや、どういう事だよ。
良くわからないけど不敬罪とかにならなくて良かった。
「でも、一つだけ、私からも言わせて下さい。」
ビクッ
「は、はい。何でしょう……?」
やはり何かやってしまったか?
一体何をーーー
「私、野郎じゃないです!こう見えて女です!!」
「今更かよ!知ってるよ!!どっからどう見ても女だよ!!」
つい突っ込んでしまった。
何だ、ミレイといい王女様といい、この国の女は阿保しかいないのか?
呆れる僕に王女様は笑いかける。
「ふふっ、それなら良かったです!」
その笑顔は、とても可憐なものだった。
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少し話し込んでしまった。
王女様は親しみやすい人で、様々な事を話した。
ミレイの事も知っていて、彼女の僕に対する接し方を聞いて驚いていた。
彼女は心を開いた人間にしか毒舌や冗談を言わないらしい。
そんな特別扱いいらない。
というか、それが本当ならミレイは何故僕に心を開いているのだろうか。
考えてみても心当たりはなかった。
ちなみにミレイは元々は王女様付きの一人だったのだとか。
意外にもかなり優秀なメイドだったらしい。
ふと外を見ると、もう夜になっている。
そろそろ部屋に戻る事を伝えた。
「あら、そうですか。………とても楽しかったです。ちょっと、寂しいですね。」
そんな顔をされたら勘違いしそうになるからやめて下さい。
「そうですね。………本当にありがとうございました、王女様。」
そう言うと、王女様は何やら残念そうな顔をする。
「えっと………?僕、何かしちゃいました?」
心当たるものはない。
「いえ、そうではありません。その…………」
「何ですか?」
王女様は言いにくそうにしているが、意を決して述べた。
「私の事は、名前で呼んで頂けませんか?」
「え、それは駄目でしょう。」
…………………………。
静寂。
「私の事は、名前で読んで頂けませんか?」
「人の話聞いてました?」
…………………………。
「私の事は、名前で読んで頂けませんか?」
何かこの一時間程で図々しさがレベルアップしたな王女様。
「いえ、あの………一応僕は、身分としては平民な訳ですし、国王陛下の一人娘である王女様を、名前で呼ぶのは如何なものかと………。」
「私が言っているのだから大丈夫です!私、王女ですから!!」
都合良いなこの女。
しかしこのままでは解放してくれそうにない。
「はぁ………それでは、マリアンヌ殿下、と。」
「マリア、とお呼びください。」
「……………マリアンヌ様。」
「マリア、です。」
「マリア様。」
「マリア……です。」
「マリア………さん。」
「ぐすっ………マリア…………うぅ…………です。」
何故泣くんだ。
溜め息をこぼす。
「あー………マリア?」
「っ!………はいっ!!」
この笑顔は反則だ。
「本当に……宜しいのですか?」
「はい!勿論です!!それと、敬語もやめて下さい!」
「いや、それは流石に………。」
途端に表情が曇る。
何なんだ一体。
僕をどうしたいんだ。
「はぁ………わかったよマリア。でも、国王陛下に怒られても知らないからね?」
「大丈夫です!お父様は寛大なお方ですから!!」
だと良いけど。
「なら、僕の事も様付けで呼ぶのやめてくれる?」
「え、宜しいのですか?」
「僕だけ一方的に呼び捨てとか嫌だよ。」
ミレイは別だ。あいつはメイドだから。
「では………ネクロさん、と呼ばせて頂きます。」
嬉しそうな笑みを浮かべる。
可憐な人だ。
そう思った。
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今度こそ王女様………マリアと別れた僕は自室に戻ってきた。
部屋の扉を開けると、中にはミレイがいた。
何故か僕のベッドに寝そべって、枕に顔を押し付けていた。
何してんの……?
「ミレイ……何してんの?」
ミレイはゆっくりとこちらを振り向いた。
「おやネクロ様、お帰りなさいませ。いま良いところなので、邪魔しないで下さいね。」
「何が良いところなのかは聞かないでおくよ、怖いからね。でも、僕はちょっと疲れているから、ベッドから今すぐ降りてくれ。」
「5秒以内に愛を囁いて下さい、さもなくばこのベッドは私の物となります。」
「愛してるよ、ミレイ。君程美しいメイドを、僕は知らない。」
そもそもメイドなんてミレイしかまともに知らない。
他のメイドとはほとんど話した事ないし。
「…………んんっ……………仕方ありませんね。どうぞ、ベッドはお返しします。」
かすかに顔を赤くしたミレイは、珍しく冗談の一つもなしに、素直にそこを明け渡してくれた。
「ありがとう、助かるよ。」
「いえ…………それよりもお怪我は大丈夫なのですか?」
ベッドに寝転んで一息ついた僕に、ミレイがそう問いかけてくる。
「………誰に聞いたんだい?」
「秘密です。この城内で、私が知らない事はありません。」
「君はいつからここの城主になったんだい?」
「あらネクロ様、もうボケたのでしょうか?王城の城主は国王陛下です。」
「知ってるよ。ただの冗談だ。」
「ネクロ様がご冗談を………。明日は槍が降るかもしれませんね。」
「息をするように冗談をはく君に、影響されたのかもしれないね。」
「私のような者がネクロ様に影響を与えるなど………光栄です。」
「もう良いだろう?話をそらさないでくれよ。」
「はて、何のお話でしたか?」
この女は…………。
「どうして僕が怪我した事を知ってるのかって話だよ。」
「私はメイドですから。」
メイドとは何なのか。
「はぁ………まぁ良いや。気にしない事にするよ。」
「左様ですか。それで、お怪我の方は?」
「何も心配はいらないよ。もう治してもらったし。」
「それは良かったです。しかし……………」
そこで区切り、ミレイは僕に近付いて額に手を置いた。
「どうしたんだい?子守唄でも歌ってくれるのかな。」
「ネクロ様のご要望とあらば。」
「いや、結構だ。」
「左様ですか。」
そこで静寂が訪れる。
冷たい掌の感触を楽しんでいると、ミレイがポツリと言葉をこぼした。
「ネクロ様………辛くは、ありませんか?」
心配………してくれているのだろう。
彼女が何故僕をこんなにも気にしてくれているのかはわからない。
彼女の本質かメイドの矜持か、いずれにしろミレイは僕の味方であろうとしてくれる。
この世界に来てからずっと側にいてくれたミレイは、苦しむ僕を最も近くで見てきた。
「ネクロ様は十分に頑張っておられます。周囲からどんなに蔑まれようとも、決して挫けず。私は………私は………………」
そこでまた静寂が訪れる。
彼女もどうすれば良いのかわからないのかもしれない。
僕を支えたいと思ってくれているのかもしれない。
だがどうすれば良いのかわからない。
そうやって悩んでいたのではないか。
そこに今回の事件だ。
一歩間違えれば死んでもおかしくなかった。
酷く傷付いた僕の姿に、彼女自身大きなショックを受けたのかもしれない。
そんな彼女に僕は……………
「ミレイ………ありがとう。」
その言葉に、彼女は潤んだ瞳を大きく見開いた。
「君にはいつも助けられているよ。ミレイがいなかったら、僕はきっと……………だから、心配しないで。いつも通りの、君でいてくれないかな。いつも通り、僕の側にいてくれ。」
うまく言葉にはできないが彼女への気持ちは伝わったと思う。
ミレイは顔を伏せて、暫く肩を震わせていた。
やがて顔を上げ、赤くなった目を僕に向けて、彼女はこう言った。
「それはプロポーズですね!?」
「台無しだよこのギャグメイド!!」