第十六話 魔導の王
霊樹に触れた俺達は迷宮へと強制転移された。
「森……か。まぁ霊樹が迷宮化したんだし、なんとなくわかってたけど。」
「旦那、軽く偵察してきやしょうか?」
「あーそうだな……上空から地形の確認だけしてくれるか?何か目立つ所がないか。」
「了解っす。んじゃ、行ってきますっす。」
そう言うと、レイは物質化の力を解いて、懐かしい半透明の姿になった。
そして空に向かって飛んで……いや、跳んでいった。
もはや跳躍と言える高さではないな………。
それから数分後、レイがゆっくりと降りてきた。
「旦那、ただいま戻りましたっす!」
「あぁ、おかえり。それで、どうだった?」
「上から見た感じでは、特に目立った所はなかったっす。どこまでもただ森が広がってるだけっす。」
「そうか……となると、どこに階層主がいるのかわからないな。」
「そうなんすよねぇ………どうするっすか?」
「ふむ…………闇雲に探すのも面倒だし、魔物を大量虐殺でもすれば何か変わるか?」
「た、大量虐殺っすか?物騒っすね……。」
「できる事からしないとな。セレス!」
「はい、ご主人様。」
「辺り一面を焼き払ってくれ。できるだけ広範囲を。魔導の王の力を見せてやれ。」
実は、現在俺達がいる周辺にもいくつかの敵性反応があるのだ。
一見してただの木のようなトレントや、巨大な芋虫のようなジャイアントキャタピラーなどがいるようだ。
一々相手するのは面倒だし何より気持ち悪い。
こういう時の為にセレスを連れて来たのだ。
「畏まりましたご主人様。それではーーー」
セレスが人化の力を解いた。
濃紺の骨でできた骸骨が姿を見せた。
怨嗟の塊のような深紅の瞳が怪しく揺れている。
そして、セレスが膨大な魔力を練り上げる。
その魔力を感知した周囲の魔物達は全力で逃走しようとするが、多少遠くへ行ったからといって助かる事はない。
セレスは練り上げた魔力を解放し、魔術を構築した。
「燃やし尽くしなさい!ーーー巨人の統べる炎獄世界!!」
魔導の王によってもたらされた業火は、広大な森を無数の魔物ごと無慈悲に焼き尽くしていった。
およそ人になせる業ではないその力を、俺とレイは映画でも観ているような気分で観賞する。
「まるで神話の世界っす。少なくとも自分が生きていた時代には、こんな事できる奴はいなかったっす。」
「今でもそうなんじゃないか。」
只でさえ伝説級の魔術が、スキル『魔導の王』によって威力も効果範囲も格段に強化されているのだ。
「もうセレスの方が俺よりも魔王っぽくないか?見た目も技も。」
「それ、絶対セレスさんに言わない方が良いっすよ。間違いなくまた号泣するっす。」
「それは面倒だ。やめておこう。」
暢気に話していると、やがてセレスの魔術が小さくなっていき、綺麗さっぱりと消えてしまった。
辺り一面……いや、そのずっと向こうまで、青々とした森が広がっていたのが、いまや不毛の焼け野原へと変貌していた。
「こんなものでいかがでしょうか、ご主人様?」
ややドヤ顔で目をキラキラとさせたセレスが、投げたボールを咥えて戻ってきた犬のように見えた。
………本当はキラキラどころかドロドロしているし、笑顔が禍々しすぎて魔王っぽさがより凄くなっているのだが、ネクロはその感想を自らの心に押し込んだ。
「あぁ、よくやってくれた。流石はセレスだな。」
「セレスさんまじスゲーっす!超リスペクトっす!!」
レイもここぞとばかりに煽てる。
「ふっふん!そうでしょうそうでしょう!私だってやればこれくらいできるんです!!」
腰に手を当ててふんぞり返っている。
「旦那、どうやら自分達は楽できそうっすね。」
レイがこそこそと話しかけてきた。
「あぁ、全部セレスに任せて大丈夫だろ。」
俺もこそこそと返答する。
「ん?どうしたんですか、お二人とも?」
「いや、何でもないんだ。………それで、これからなんだが………お?」
これからどうしようか話し合おうとしたところで、俺達の身体を光が包み込んだ。
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光によって遮られていた視界が開けてくると、周りの様子が見えてきた。
森である。
「森…………だな。」
「森ですね。」
「森っすね。」
セレスの魔術によって焼け野原となる前の風景と同じであった。
俺は神眼を発動した。
「………ふむ、どうやらここは『精霊の嘆き』の二階層のようだな。」
「あ、そうなんすね。いつの間にか階層主を倒してたんすかね?」
「もしくは、階層主などいなくて、一定数の魔物を殺したら上がるようになっていたのか………それ以外の条件があるのかもしれないが、今はわからないな。」
「とりあえず上からまた見てみるっす。」
「あぁ、頼むぞ。」
という訳で再びレイが跳躍。
しかし、一階層と変わったところは何もなかったとのこと。
「全く同じっすね。とにかく森が広がってるっす。………あ、でも一階層よりも何か広く感じたような……?」
「そうか……ま、考えてもやる事は変わらないか。セレス、また宜しくな。」
「はい、ご主人様!」
セレス、再び魔王チックに森林破壊を行う。
以前までならもう魔力が尽きても良いのだろうが、最上級の魔物となった上に、『魔導の王』の効果によって消費魔力も魔力効率も上がっている。
実は配下の中で一番恐ろしいのってセレスなんじゃなかろうか……………
そんな事を考えていると、セレスの掃除が終わったようで、目の前には焼け野原が広がっていた。
そして再び光に包まれる。
光が開けると目の前にはーーー
「森だな。」
「森ですね。」
「森っすね。」
この後、四階層を踏破するまで同じ事が繰り返された。