第十五話 迷宮攻略の依頼
「しかし旦那、霊樹が迷宮化してるってどんな状況なんすか?いくら霊樹の幹が太いって言っても、流石に中に迷宮があるようには見えないんすけど……。」
レイが片手を上げて尤もな疑問を述べた。
「あぁ、迷宮化しているとは言ったが、正しくは霊樹が迷宮への入り口になっているようだな。霊樹に触れた者を『精霊の嘆き』という迷宮へ強制転移させる仕組みらしい。」
「そりゃまた怖いっすね………知らずに触ったら迷宮に入ってたとか洒落になんないっすよ。」
「レイさん、ちょっと触ってみませんか?」
「ちょっ、セレスさん!?自分の話聞いてたっすか!?」
「遠慮するなレイ。以前から大樹に触れるのが夢だと言っていただろう。」
「サリスさん、さりげなく嘘つかないで下さいっす!そんな事言った覚えないっすよ!!」
「さぁさぁ!」
「セレスさん笑顔で近寄るのやめて下さいっす!怖いっす!」
「早く行け。」
「命令!?」
「その辺にしておけ。」
笑顔のセレスと無表情のサリスに追い込まれていたレイに助け船を出す。
「ご主人様がそう仰るなら……仕方ありませんねぇ。」
「申し訳ありません、ご主人様。…………命拾いしたな。」
「あ、ありがとうございます旦那ぁ!!………そしてサリスさんまじ怖いっす。恐怖の塊っす。」
何だよ恐怖の塊って。
「緊張感のない奴らだな………それはそうと、さっきからやけに静かだな、ユル爺?」
空気と化していたユル爺を見ると、呆然として霊樹を眺めていた。
「霊樹が……霊樹が………迷宮に……霊樹が…………」
と譫言のように呟いている。
「おい、ユル爺………ユル爺!……………おい!!」
「はっ…………あぁ……うむ、ネクロか。」
「あぁじゃないだろう。一体どうした?」
「いや……すまぬな。よもや霊樹が迷宮と化しているとは夢にも思わなんだ。」
「………それ程ショックを受ける事なのか?」
「当然じゃ。エルフにとって、霊樹とは何よりも大切な宝なのじゃ。儂らが森の中で安寧を得られているのも、霊樹の……そして精霊様のお陰なのじゃからな………。」
「ふむ………とすると、この事は他の奴らには……?」
「うむ、言わぬ方が良かろうの。要らぬ混乱を招いてしまうじゃろうて。」
「ならどうするんだ?このままにはしておけないんだろ?」
「勿論じゃ………のう、ネクロよ……『精霊の嘆き』とはいかなる迷宮なのか、お主にはわかるのかのう?」
「ちょっと待ってくれ…………どうやら『精霊の嘆き』ってのは階層系の迷宮らしいな。現在あるのは五階層だけだ。迷宮としては新米だな、早めに発見できたのが幸いした。………出現する魔物は植物系と虫系…………罠の類いは存在しないようだ。…………いまわかるのはこれくらいだな。」
「ふむ…………」
ユル爺は何か迷っているように熟慮している。
やがて、言いにくそうにしながら口を開いた。
「……………のう、ネクロや……」
「迷宮に入って中を調べてくれ、だろ?」
ユル爺の言葉を遮るようにして言うと、目を見開いて、そして困ったような笑みを浮かべた。
「察しておったか。」
「………そりゃな。」
できたばかりの新米迷宮………ユル爺が入っても無事に出てくる事はできるだろう。
しかし、それはあくまでも可能性の話であって絶対ではない。
万に一つでもユル爺の身に何かがあったとしたら、エルフの里はどうするのか。
ユル爺は自らが傷付く可能性を見逃して良い立場ではないのだ。
本来であれば自分で何とか解決したいのだろうが、不確定要素ばかりが絡む状況で自らが乗り出す訳にもいかず、他のエルフにも相談できない。
苦渋の決断として、俺達に頼み込もうとしているのだ。
「………こんな事、人族であるお主に頼むのは間違っておるのだろう。お主には何の義務もありはしない。しかし!どうか、どうか頼む………儂に……儂らエルフに………力を貸してはくれぬか……?」
「良いぞ。」
「愚かな願いだという事は承知しておる!儂にできる事ならばなんでも………………なに?」
「だから、良いぞって言ったんだ。迷宮を調べるついでに踏破してきてやるよ。」
「ほ、本当か!?……しかし、どうして……?」
「ここであんたらを見捨てたら、もうエルフの里に来れなくなってしまうだろう。それは困るんだ。……………ここに来ないと、米が食べられないからな。」
米の為。
言ってしまえば簡単だが、しかし元日本人であった俺からすれば、それはとんでもなく大きな、そして途徹もなく重要な要因であった。
だがユル爺からすれば、そんな理由で他種族の為にどんな危険があるかもわからない地へ向かうのか、という感じだろう。
ユル爺は暫し唖然としていたが、やがて大きく笑い出した。
「……くっくっくっ………はぁーはっはっはっ!!そうか!米の為か!!ならば、お主の為に最高に旨い米を馳走してやらんとのう。」
「あぁ、楽しみにしてるぜ。」
「うむ、承知した。………すまぬがネクロよ……霊樹を、儂らの宝を、宜しく頼むぞい。」
「頼まれた。……まぁ、すぐに戻ってくるさ。」
そう言って霊樹に向かう俺達………あっ。
「そう言えば言い忘れてたが……サリスは今回留守番だ。お前は迷宮に入らず、ここでユル爺と一緒にいてくれ。」
「そ、そんな!ご主人様、一体どうして!?」
サリスが珍しく絶望したような顔をして慌てる。
「何が起こるかわからないし、ユル爺一人を置いていく訳にはいかんだろう。俺達が迷宮に入っている間に、霊樹に異変が起こらないとも限らないからな。」
「し、しかし……それならばレイでも!」
「いや、迷宮にレイを連れていかないはずないだろ。」
斥候なんだから。
そう言うと、サリスは悔しそうな顔をし、レイはどや顔で胸を張った。
「な、ならば姉さんは………」
「さっきも言ったが、この迷宮には植物系と虫系の魔物が現れる。セレスの魔術で一気に焼き払った方が楽だろ。」
「な、ならば………えっと…………あぅ……」
オロオロとしていたサリスだが、何も言い返せずに俯いた。
いつもとかなり様子が違う。
何というかーーー可愛い。
そんなに置いていかれたくないんだろうか。
しかし、私情に流されて曲げる訳にもいかん。
ここは主としてきっちりしておくべきか。
「頼むよサリス、お前にしか頼めないんだ。」
「………僕にしか、できない?」
「あぁそうだ、これはお前にしかできない事だ。俺は心からサリスを信頼している。どうか俺の頼みを聞いてくれ。」
「お任せ下さいご主人様。不肖サリス、ご主人様の命を必ずや全う致します。」
チョロいな。
そして変わり身が早い。
こんなにチョロくて大丈夫なのだろうか。
いや、本来はもっと冷静な娘なんだが………たまにはこういう事もあるか………?
「お、おぉ………それじゃ宜しく頼むぞ。」
「畏まりました。ご主人様、お気をつけて。姉さんと……一応レイもな。」
「こっちの事はよろしくね、サリス。」
「一応ってなんなんすか……行ってきますっす。」
「皆、どうか宜しく頼んだ。」
ユル爺が頭を下げて俺達を見送る。
俺は片手を上げ、セレスが返礼し、レイはサムズアップした。
サリスとユル爺に見送られながら、俺達はお互いに頷き合い、一斉に霊樹に触れた。