第五話 説教
異世界に来て三週間が経ち、一通りの学習が終了した。
今後は天職を生かした鍛練が主になる。
僕は遂に、近接戦闘のグループからも外される事となった。
この三週間で、全く成長しなかった訳ではない。
連日の鍛練によって筋力はついてきたし、全ての武術の基本は徒手空拳であるという騎士団長の方針により始められた、対人格闘にも慣れてきた。
魔術の行使に欠かせない、魔力と呼ばれる体内の不思議物質の操作についても、ある程度はできるようになった。
しかし、他の近接戦闘職との模擬戦などは、もはや鍛練と呼べるレベルではない。
鍛練と呼ぶには、あまりにも差が開きすぎたのだ。
僕は既に、戦闘の指導をしてくれていた騎士団からも、見放されてしまっていた。
数日前から、僕はほとんど自由行動だった。
日中はクラスメイト達が鍛練をしている為、その時間は図書室での情報収集や魔力操作の鍛練、朝方や夜に時間を見つけては、外で近接戦闘の鍛練をしていた。
外での鍛練では、騎士団長のフォルスさんがたまに付き合ってくれるようになった。
才能がなくても努力を欠かさない僕を気に入ってくれたのだとか。
秋人達に知られたら気を遣われるだろうから、クラスメイト達には秘密にしてもらっている。
僕に力を貸してくれる人もいるのは、この世界における数少ない救いだった。
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「さて、そろそろ皆の鍛練も終わったかな。」
読んでいた本を閉じて図書室を出る。
廊下を歩いて鍛練場に向かっていると、曲がり角で数人の男と対面した。
ーーー運が悪いな
この後の展開を想像して、溜め息をつきそうになる。
「よぉ、誰かと思ったら、無能のネクラ君じゃねぇか。」
赤瀬がニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「やぁ赤瀬君。鍛練お疲れ様。それじゃね。」
そう言って通り過ぎようとする僕を、赤瀬の取り巻きが邪魔してきた。
「まぁ待てよ。実は俺達まだちょっと動き足りねぇんだわ。お前もまだまだ元気だろ?ちょっと付き合ってくれよ。」
「僕じゃ赤瀬君達の相手はできないよ。騎士の人達にでも頼めば良いじゃないか。」
「そんなにマジにはしねぇよ。たまには良いだろう、な?」
取り巻きも赤瀬の言に追従する。
この風見鶏共め。
「あ、そうだ!!お前最近鍛練に参加してねぇんだよな?鈍らねぇように俺達が鍛えてやるぜ。感謝しろよ、ネクラ君?」
明らかな嘲笑を浮かべて、逃がさないぞとばかりに僕を囲んでくる赤瀬達。
どうやら逃げられそうもない、と僕は覚悟を決めて小さく溜め息をついた。
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ーーーこれでもう何度目だろう?
そんな事を思いながら、僕は土にまみれて倒れ伏す。
傷付く僕を見て、赤瀬達は盛り上がっていた。
「おら、どうした立てよ!まだまだ終わらねぇぞ!!」
「次は俺に代わってくれよ。試したい事があるんだ。」
「お前はさっきやっただろ!次は俺の番だ!!」
やいのやいのと言い争っているが、やられる僕としては堪ったもんじゃない。
何度倒れても、水属性魔術師である取り巻きの一人が、僕を回復するのだ。
もうそろそろ意識が飛びそうになっていた。
「そろそろ時間も押してきたな。次で最後にしようぜ。」
「えぇ、もう終わりかよ。……まぁ仕方ねぇな。んじゃ、最後は誰がやる?」
「勿論俺がやるぜ!ちょっとしてみたい事があんだよ。」
何が勿論なのか知らないが、そう言って前に出てきたのは赤瀬だった。
「お前は近接戦闘のグループにいたから、魔術師と鍛練した事はないだろう?今日は最後に、魔術に対する鍛練をさせてやろうと思ってな。」
赤瀬はニヤニヤと意地汚い笑みを浮かべている。
流石にこれには慌てる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。それは流石に……」
そう言って止めようとした僕の目の前は、突然赤く染まった。
一瞬の後、僕を襲ったのは強烈な痛み、そして身を焦がす高熱。
声にならない叫びを上げてのたうち回った。
「はっははは、なんだこいつ、芋虫みてぇに這いずってるぜ!!」
赤瀬は愉快そうに高笑いしている。
他の取り巻きは少し微妙そうな顔をしている者もいるが、赤瀬のやる事に口は出せないようだ。
「どうしたネクラ!!声も出せねぇのか!?」
今の赤瀬は狂気にまみれている。
異世界に来たという特殊な状況。
力を手に入れた事による高揚。
そして以前から恨んでいた僕に対する暴行。
それらが合わさって、精神がおかしくなっているのだろう。
このままでは殺されてしまうかもしれない。
そう思った、その時。
「そこで何をしているのですか!?」
その声が聞こえた。
何とか顔を動かして声が聞こえた方を見る。
霞む目に、ドレス姿の女性が見えた。
それと同時に、僕の意識は闇に消えた。
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水面から浮き出るように、僕の意識は目覚めた。
疲れの残る身体を起こし、辺りを見回す。
見た事のある部屋。
鍛練で怪我をした際に訪れた事がある。
ここは医務室だ。
誰が運んでくれたのだろう、と考えていると、扉の開く音がした。
「あぁ、良かった!目が覚めたのですね!」
そう言って安堵した笑みを浮かべるのは、王女様だった。
「あ、え、王女……様?どうしてここに?」
「鍛練場で倒れる貴方を見つけたのです。騎士に頼んで、ここへ運んでいただきました。」
「そう……だったのですか。ありがとうございました。」
「いえ、お気になさらず。………あの、その怪我の事ですが……。」
「彼ら……赤瀬君達からは何と?」
「えっと、あの方々は鍛練をしていただけだと……。」
「そうですか。」
僕は何とも言えずに黙ってしまった。
すると、王女が思わぬ行動をした。
「ネクロ様……………申し訳ありません!!」
そう言って、彼女は深々と頭を下げたのだ。
突然の事に驚いた僕だが、何とか言葉を返す。
「え、ちょ、王女様!?いきなり何を!!」
「あなた方を呼び出したのは私達です。貴方がそうして傷付いておられるのは、私達のせいなのです。本当に………本当に、申し訳ございません。」
涙声で謝罪を繰り返す王女様。
僕は返す言葉を必死に模索した。
そして。
「えぇ……そうですね。きっと、恨んでいる人は多いと思います。向こうに家族や友達がいる人とかも、きっといると思います。」
「そう………ですよね。」
顔を伏せて沈みこむ。
鼻を啜る音がかすかに聞こえた。
でも、と意図的に力強く続けた。
王女様が顔を上げる。
「でも……少なくとも、僕は恨んでなんかいませんよ。」
「………え?」
「僕は、向こうの世界に特に未練はありませんし。」
「し、しかし、ネクロ様のご両親などは………」
「いえ、僕の両親はもう亡くなっていますから。親代わりのような人はいますが………まぁ、過保護な人でしたから、丁度良い親離れにもなったかなって。」
「でも、お友達とかも………」
「友達は一緒にこちらに来てますよ。だから大丈夫です。」
「でも……でも、貴方は………」
「無能魔術師だから、ですか?」
王女様が目を見開く。
「無能魔術師だから、素質がないから、だから恨んでるって、そう思ってるんですよね?」
「いや、その………えっと………」
王女様は狼狽えた様子だ。
「王女様、無礼を承知で一言言わせて頂きます。」
「は、はい。何でしょうか?」
少し怯えて、だけども胸を張って、僕の言葉に耳を傾ける。
僕は大きく息を吸って、思いっきり叫んだ。
「被害者面してんじゃねぇよ、この馬鹿野郎ッッッ!!!」
王女様はあまりの出来事に驚くというよりも、唖然としてしまっている。
おそらく、こんな風に怒鳴られる事など、人生で初めての事であろう。
回復には暫く時間が必要だった。
10秒程経って……
「え?………あ、えっと………」
「あのさ、王女様。君達は加害者だろう?僕達を異世界から誘拐した凶悪犯だ。」
凶悪犯と言われて再び唖然となる。
今回は無視して話を続ける。
「それなのに、まるで悲劇のヒロインにでもなったかのように、ごめんなさいごめんなさいって………。」
「でも、私にはそれくらいしか………。」
「謝られても僕達が元の世界に帰れる訳じゃないでしょ?だったら謝るより他に、できる事探せば良いじゃないか。」
「他にできる事、ですか?」
「あぁそうだよ。例えば僕達が鍛練に集中できるよう、快適な暮らしを援助するとか。いつか僕達が元の世界に帰れるよう、その手段を探すとか。もしこれから先、同じような事態が起きても、異世界から誘拐しなくても済む方法を模索するとか。」
「そ、それくらい私達だって……。」
「やってると思うなら、もうこれ以上謝らないでくれるかな?そう何度も謝られても、ぜんっぜん嬉しくなんてないから!」
僕の物言いにまたもや唖然とする王女様。
この人唖然とするの好きだな。
そんな事を思った。
「だ、だったらどうすれば良いんですか!?貴方はこうも傷付いていて、謝る以外にどうすれば!!」
「ここに運んで介抱してくれたんだからもう十分でしょ。誰も謝ってくれなんて言ってませんし。」
「でも………でも、私は………」
「あーーーもう!!!」
頭をガシガシと掻いて、再び怒鳴る。
「だから!!少なくとも僕は召喚された事を、恨んでなんかないって言ってるじゃん!!」
「嘘です!恨んでないはずがありません!!」
「嘘じゃないよ!君に一体何がわかるんだ!?」
「嘘じゃないならどうして恨まないんですか!?急に見知らぬ地に呼び出されて!一方的に頼みを押し付けられて!!こんなにも傷付いて………どうして………?」
「そんなの………!!」
ーーーそんなもの………
「僕がファンタジー大好きなゲーヲタだからに決まってるでしょッッッ!!!」
「…………………え?」
根黒君は優しいですが気弱ではありません。