第十話 狩人の頭
良くわからない師弟関係が結ばれたのを尻目に、ウルが仕切り直すように咳をした。
「………まぁ、これでわかっただろう、この者達の実力が。」
ウルは話を進めようとしたが、しかしまたしても邪魔が入った。
「ちょっと待ってくれウルさん。確かにあの執事は強かった。そこから考えると、そこのフードを被った男の力というのも聞いた通りなんだろうよ。だが、後の二人はどうなんだ?」
「どう……とは?」
「俺だってできれば人間から指導なんざ受けたくねぇさ。それでも実力があるのなら納得もできるってもんだ。」
そこで俺が口を挟んだ。
「………つまり、残りの二人も実力を見せろ、と言いたいのか?」
「話が早くて良いやな。そういう事さ。」
飄々とした態度で肩を竦めるエルフ。
見たところ、狩人の中でも特に強い者のようだ。
それだけ力に対する欲求も強いという事か。
「ふむ………だったらどうすれば良い?」
「そっちの二人にも俺達の誰かと戦ってもらえりゃ、わかりやすいんだがな。」
「良いだろう。セレス、レイ、軽く揉んでやれ。」
「畏まりました。」
「うへぇ………了解っす……。」
セレスは優雅に一礼し、レイも渋々ながら承諾した。
「ならこっちからは俺とーーー」
飄々としたエルフがもう一人を指名しようとした時。
「私が出よう。」
狩人の頭、ウルが参戦を告げた。
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「そんじゃまずは、俺とそこの嬢ちゃんがやろうか。」
「畏まりました。宜しくお願いしますね。」
セレスはニコリと笑って答えた。
「……何か調子狂うな………あんた、本当に戦えるんだよな?武器も持っていないようだが。」
「私は魔術師ですから。……あなたと同じく。」
「………へぇ、俺が魔術師だってわかんのか。」
「魔力の流れを見れば一目瞭然です。」
「それがわかっていてそんな余裕持ってんだな。エルフの魔術師に人間の魔術師が勝てるとでも?」
「やってみればわかりますよ。」
笑顔を崩さずに淡々と喋るセレス。
「まぁ、そう言うならやろうかい。」
二人が距離を置いて相対する。
最初に動いたのは、エルフだった。
魔力を練り上げて風の刃を打ち出す。
しかし、セレスが巻き起こした風によって刃は霧散してしまう。
次に、大きな風の弾丸がセレス目掛けて飛んでいくが、その軌道上に現れた土の壁によって防がれた。
その壁によってセレスの姿が隠される。
エルフは迂回して魔術を発動させようとしたが、壁の後ろには、既にセレスの姿はなかった。
気配を感じて後ろを振り返る。
飛んできた土の槍を転がって回避し、そちらに向けて無数の風の矢を打ち出した。
しかし、そこにもやはりセレスの姿はなく。
困惑した彼の後頭部に高速で飛来した風の弾丸が当たり、意識を失う寸前、彼は風を纏ったメイドが空に浮かんでいるのを見た。
飄々としたエルフが意識を失って倒れると、セレスは静かに地に降り立った。
そして俺の下へ来て、優雅に一礼する。
「終わりました、ご主人様。」
「あぁ、ご苦労だったな。それにしても、中々魔術の扱いが上手い奴だったな。」
「えぇ、それなりに熟練した者だったようです。」
「それでも、お前の相手にはならなかったか。」
「当然です。私はご主人様の従者ですから。」
「………まさか、あれほど簡単に敗れるとはな。」
ウルが呟くように言った。
「ウル、俺達の実力はもう十分わかってると思うんだが、それでもやるのか?」
「無論だ。」
「そうか………レイ、行ってこい。」
「了解っす。」
倒れたエルフは他の狩人に回収され、替わりにウルとレイが相対する。
口を開いたのは、ウルだった。
「さて、君の名はレイだったな。」
「そうっすよ。お手柔らかに頼むっす。」
「そんな余裕などないよ。なにせ、君の実力はネクロのお墨付きだからな。」
「いや、自分は本当に大した事ないんすよ。うちの傭兵団の中じゃ間違いなく最弱っす。それに、自分は戦闘にはあまり向いてないんすから。」
「だとしても、私にとって君が強者である事に変わりはない。………さぁ、やろうか。」
「はぁ………宜しくっす。」
試合前の口上が終わり、互いに武器を構える。
ウルは短槍、レイは短剣だ。
ウルが槍の先をレイに向けて、腰の辺りで両手で構える。
レイは左前の半身になって、右手で短剣を持って背面に隠すように構えた。
「それじゃ、こちらから行かせてもらうぞ。」
そう言うと、ウルはゆったりとした動きで踏み込んだ。
しかし、その緩慢な動きに似合わぬ速度で、気付いた時にはレイの目の前で突きを放っていた。
間違いなく達人であると言えるその槍さばき。
これがセレスであれば、もしかしたら避けられなかったかもしれない。
そう思う程、洗練された一撃だった。
しかし、細かい動きと瞬発速度だけならばレイはサリスにも勝る。
ウルが繰り出した一撃を、レイは軽く身を捻る事で避けた。
更に踏み込んで短剣を薙ぐが、これはウルが短槍を跳ね上げて払った。
そして、跳ね上げた勢いで短槍を反転、石突きにて腹を殴打しようとする。
レイはしゃがんでそれを避け、素早く足払いをして転倒させようとするが、ウルは持ち前の身体能力で転倒を免れた。
しかし、転倒しなかったとは言え、バランスが崩れて隙を晒してしまう。
レイが立ち上がる勢いを生かして左手にてアッパーカットを放とうとしたのに反応したウルが顔を反らすが、それを見越したレイはアッパーカットを中断して無防備な右腿へ渾身のローキックを放つ。
意識外の攻撃、それも腿の急所である伏兎への強烈な一撃に、ウルが堪らず膝を折るが、それでも倒れないように耐える。
しかし、身体を若干折った状態で静止したウルを逃がすレイではなかった。
短剣を左手に持ち換え、右手でアッパー気味に胃を打ち抜き、更に右手を引くと同時に右膝にて下がった顎を捉えた。
そして、右手にて駄目押しの掌底を繰り出し、ウルを吹き飛ばした。
ウルは地を擦りながら転げ回り、意識こそあるものの、暫くは動けずにいた。
周りのエルフ達は、狩人の頭であるウルが、こちらの最弱者になす術もなく敗れたのを見て、驚愕していた。