第九話 決闘っぽい指導
「………何だと?」
ウルに抗議をしていたエルフが、俺の前に出てきたサリスを睨み付ける。
「聞こえなかったのか?今すぐお前の塵屑のような人生を終わらせてやるから、己の愚かさを嘆きながら咽び泣けと言ったんだ。」
おい、さっきより酷くなってるぞ。
「貴様……たかが人間の分際で、誇り高きエルフの狩人である私を侮辱しやがって………ただで済むと思うなよ。」
「それはこちらの台詞だ。ご主人様を侮辱するなど万死に値する。その大言、たとえ精霊が許そうとも、僕は決して許しはしない。覚悟しろ。」
「面白い。一体どのような瞞しでウルさんを惑わしたのか、見せてもらおうじゃないか。」
エルフは剣を抜いて構えた。
「おい、待てお前達!」
ウルが二人を止めようとするが、俺がそれを止めた。
「まぁ良いじゃないか。やらせてみよう。」
「しかしネクロ………」
「いきがった雑魚を叩きのめすのも、指導の内だ。」
この言葉にはサリスと向き合ったエルフだけでなく、周りのエルフも俺に対して怒気を孕んだ視線を向けた。
俺はそれを無視してサリスへと近寄る。
「ご主人様、勝手な事をして申し訳ありません。しかしーーー」
「いや、構わないさ。好きにやると良い。」
「…………宜しいのですか?」
サリスが意外そうな顔をする。
「そりゃ、最初から仲良くできるならそれに越した事はないだろうがな。向こうにその気がない以上、仕方がないだろう。依頼は受けた。俺達にはあいつらを指導する義務がある。なら、これもその一環だ。」
「……感謝致します、ご主人様。」
「感謝するのは俺の方だ。お前が出なければ、間違いなく俺が半殺しにしていた。お前の忠誠に感謝する。………一応言っておくが、これはあくまでも指導だ。殺すなよ。」
「承りました。指導して参ります。」
そう言ってサリスは俺に背を向けて歩き出した。
……………大丈夫かな、本当に。
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「覚悟は良いな、人間?」
「偉そうな事を言う雑魚だ。自らの力量も読めないとは………貴様らエルフの指導には骨が折れそうだな。」
「……………クソが………殺してやる。」
何かあのエルフ、段々口が悪くなっていないか?
サリスの毒舌に晒されて、心が荒んできているような気がする。
ちょっと心配だ。
「さぁ、いつでもかかってこい。僕が愚鈍な貴様に指導をくれてやろう。」
サリスが二振りの細剣を抜いた。
エルフも剣を構えて睨み付ける。
相対する二人の間に、一陣の風が吹いた。
強い風にサリスが目を瞑る。
その瞬間、エルフは駆け出した。
「この未熟者めが!!」
風に目を瞑ったサリスに激昂したのか、叫びながらエルフは剣を振り上げる。
しかしーーー
「未熟者は貴様だ、戯け。」
ーーーサリスは振り下ろされた剣を左の剣で流し、右の剣で刺突を放った。
首の皮一枚を避けて。
気付けば振り下ろしたはずの剣は狙いを外し、首の真横に剣を添えられていたエルフは驚愕し、動けなくなっている。
サリスはゆっくりと剣を引き、一歩下がって口を開いた。
「この程度の簡単な罠にかかるとは、狩人の名が聞いて呆れるな。挑発に乗って怒りに我を忘れたのも低評価だ。更に、仮に僕が本当に風に目を奪われたのだとしても、態々声を上げて自らの居場所を教えるなど……………もはや、救いようがない。」
エルフはサリスの瞳に浮かぶ冷たさと自分を見下す色を見た。
しかし、次の瞬間には、その瞳に厳しくも暖かな灯火が浮かんだ。
「良く聞けエルフの狩人よ。貴様は確かに優秀な戦士なのだろう。先程の剣を振り下ろす速度、その鋭さ………一介の人間の剣士を越えているのは間違いない。しかし、しかしだ………上には上がいるものだ。貴様如き雑魚が、王をも超越したご主人様を侮辱するなど、あってはならない事だ。自らの力量を認識し、新たな一歩を踏み出すと良い。」
「わ、私は………私は……………強く、なれるのでしょうか?」
「ふっ……愚問だ。………僕の名はサリス。崇高なるご主人様に仕える従者にして、剣の王だ。僕とご主人様の力をもってすれば、たとえ猫の子であろうとも、獅子に変えてみせよう。」
「サリス……殿。………私を鍛えて下さいますか?」
「僕の指導は厳しいぞ?今まで甘ったれていた貴様では到底着いてはこれまい。それでもやるか?」
「………望むところです!誇り高きエルフの狩人として、必ずや力を手にしてみせます!!」
「それでこそ武人だ。励むと良い。」
「サリス殿!!」
エルフは暑苦しく涙を流し、サリスはどや顔で微笑んでいる。
……………何なんだこれ、何なんだよお前ら。