第七話 二つの依頼
翌朝、俺達は再び長老の書斎にて話をする事となった。
「おはよう、良く眠れたかの?」
「あぁ、なかなか気持ちの良いベッドだった。ありがとな。」
本当は眠ってはいないが。
食欲がなくても食べる事はできるが、睡眠欲がなくては眠る事はできないらしい。
何とか眠る方法を模索してはいるが、今のところ大した進展はない。
まぁセレス達と雑談したり、スィーリアに念話をしたりしてるから暇潰しには事欠かないんだけどな。
セレス達から昔の話を聞いたりするのは結構楽しいのだ。
「ほっほっ、それは何よりじゃて。」
「それで、早速本題に入りたいんだが?」
「うむ、もちろん構わんぞい。まずはお主達の里での扱いに関してじゃな。」
「あぁ、そこをはっきりしてくれると助かるな。」
「一応、儂の賓客としてもてなそうかと思っておるのじゃがの。」
「良いのか?」
「お主達の中に一人でも怪しい輩がいれば追い出していたところじゃよ。人間が皆悪い者でない事は知っておる。じゃが、そのような人間がいるのもまた事実じゃからの。」
「そりゃそうだな。なら、俺達は全員あんたに認められたって事で良いんだな。」
「そういう事じゃの。いつまでこの里に留まるのか知らぬが、ゆっくりしていくと良い。」
「ふーん……………んで、何が望みなんだ?」
目の前の好好爺に鋭い目を向ける。
それまでの和やかな空気が一変した。
「はて?どういう意味じゃ?」
「ユル爺がいくら穏健派だって言っても、こんな簡単に俺達を里に滞在させる訳がないだろう?エルフの半分以上……いや、そのほとんどは俺達を嫌っているはずだ。なのに、その反対を押し切ってまで俺達を滞在させる理由。あんたらが俺達に望むもの。」
一度言葉を切る。
ユル爺の隣に立っているウルが固唾を飲んだ。
俺はゆっくりと口を開いた。
「……それは力だ。外の世界の情報なんて大して必要としていないだろうし、その気になれば自分達でも集められるだろう。金だってエルフには必要のないものだ。なら、俺達に求めるのは指定傭兵団としての力しかない。俺達をユル爺の賓客として滞在させ、何かをさせようと考えているんだ。……………違うか?」
ユル爺は相変わらず笑みを浮かべている。
しかし、それは先程までの好好爺とした笑みではなく、諦念を抱いたような笑みだった。
「………ほっほっ、強大な力に溺れた子どもかと思いきや、よもやそれほど頭も働くとはのう。これはとんだ誤算じゃったわい。」
「ふん………それで、あんたらの望みは何だ?」
「実はのう、この里の近くには霊樹と呼ばれる、太古より存在する大樹があるのじゃ。その霊樹には精霊様が宿っており、我らエルフをいつも見守って下さっているのじゃよ。」
「ほぉ、精霊がね………それで?」
「精霊様は度々我らの前に現れて下さっていたのじゃが、数年前からすっかりお姿を見せなくなっての。」
「原因はわかっているのか?」
「いや、それがまだ何もわかってはいないのじゃよ。」
「その霊樹とやらには行ったのか?」
「霊樹を近付いて良いのは基本的に樹守だけなのじゃ。長老である儂でさえ、特定の場合を覗いて霊樹を拝む事は許されんのじゃよ。」
「樹守ってのは何だ?」
「樹守とは、果物や獣肉などを霊樹に備えたり、霊樹の周辺を掃除したりするような役割を持つ者じゃ。今代の樹守はノールシアルと言う若者じゃよ。狩人にも選ばれた才人じゃ。」
ノールシアル………若い狩人…………あ、ノールか。
「ノールは霊樹を見に行ったんだろ?」
「うむ、何も問題はないと言うておった。精霊様のお姿もないとの事じゃ。」
「へぇ…………それで、結局俺達に何をさせたいんだ?」
「うむ、実はの、お主が言ったようにお主達の力を求めているというのは、半分正解じゃが半分ハズレなのじゃ。半分正解というのは、この里に滞在する間、狩人達に稽古を付けてやってはくれまいかと思うてのう。」
「半分ハズレってのは?」
「どちらかというとこちらが本題での。儂と共に霊樹を見に行かないかの?」
「………おい、霊樹は樹守しか見られないんじゃないのか?」
「特定の場合を覗いて、と言ったじゃろう。お主達のような他種族を里に滞在させる場合、長老が滞在者を率いて霊樹の下へ行き、精霊様にお目通りを願う決まりとなっておるのじゃ。そこで、精霊様から許可を頂いて、滞在が真に許されるという事じゃな。」
「つまり、俺達を利用して長老であるユル爺が直接霊樹を見に行こうとした、と。」
「その通りじゃ。」
「どうして隠したんだ?正直に言っても別に断るような話じゃないと思うんだが。」
「精霊様のご不在に関しては儂らの問題じゃ。それに、エルフにご加護を与えて下さっている精霊様がいらっしゃらない事など、そう簡単に話して良い事ではないのでの。………じゃが、勝手に調べ回られるよりはましじゃろうて。」
「だから話したのか。………まぁ、話は理解した。」
「それで、どうかの?狩人の件と霊樹の件は?」
「………俺は構わないが。」
後ろの三人を振り返る。
「私も構いませんよ。エルフの魔術も見てみたいですし。」
「僕はご主人様のご意志に従います。公都でも騎士を相手に稽古をしておりましたので。」
「自分も良いっすよ。稽古に関しては特にできる事ないっすけど。霊樹と精霊に関しては興味あるっす。」
「…………という訳だ。ユル爺、あんたらの依頼、【屍霊祭】が引き受けた。」