第十五話 黄金の鬣
「ネクロ、君には感謝してもし足りないよ。このお礼に私は何をすれば良い?教えてくれ。」
「別に良いよ。特に欲しいものもないし。」
金は十分に貰えるはずだし、本当に欲しいものなんてないんだよな。
「そう言わないでくれ。それでは私の気が済まない。何か無いのか?良く考えてみてくれ。」
「何か………何かって言ってもなぁ……………あっ」
今すぐに必要という訳ではないが、貰えるのなら貰いたいものならあるな。
「何かあるんだね?」
「まぁな………一応、家が欲しいんだが。」
「家?」
「あぁ、俺達は基本的に各地を旅しているんだが、公都みたいな大きな街に拠点があれば便利かと思ってな。」
「なるほど、それで家か。」
「あまり大きくなくて良いんだ。常住する訳じゃないしな。」
「ふむ、それくらいならお安い御用だよ。何か要望はあるかね?」
「場所は中間区が良いな。あまりゴチャゴチャした所は勘弁して欲しい。あと、先程も言ったが大きすぎない家で頼む。」
「庭や厩舎は要らないのかね?」
「庭はあっても良いが、無くても特に困らないな。厩舎は………俺達は家畜を飼っていないんだ。」
「なに?君達は傭兵団だろう。馬を持っていないのか?もしかすると、馬車も持っていないのかな?」
「あぁそうだ。荷物は全て魔道具に収納しているし、体力的にも速度的にも、そこらの馬より俺達の方が優れているからな。」
「大した自信だな……事実なのだろうが。」
「そういう訳で、厩舎も必要ないな。」
「………その程度の家ならば、謝礼としては不十分だな。ネクロ、馬は欲しくないか?」
「…………フィヨルド、俺の話聞いてたか?俺達はそこらの馬なんてーーー」
「君の言う『そこらの馬』でないならば?」
「……どういう事だ?」
「並みの馬より圧倒的に早く、莫大な体力を持つ馬ならばどうだね?実際には馬ではなく、魔物なんだがね。」
何それどこの赤兎だよ。
「魔物だと?」
「あぁ、グルファクシという魔物なんだが、知っているかね?」
「グルファクシ!?」
首を傾げる俺の後ろで、レイが声を上げて驚いていた。
振り返って目を見開いているレイに問いかける。
「レイ、知っているのか?」
「グルファクシと言えば、黄金に輝く鬣を持つ超希少な上級魔物っすよ!」
もはや知恵袋と化したレイによると、そのグルファクシというのは戦闘能力は良くて中級程度らしいが、とにかく速く、そして滅多に現れない事から上級とされているらしい。
レイが目を剥いて驚愕するくらいだから、余程珍しい魔物なのだろう。
「フィヨルドは飼っているのか?そのグルファクシとかいう魔物を。」
「森で怪我をして倒れていたところを、辺境の村人が見つけたんだ。その報告を受けた辺境伯がグルファクシを捕らえ、私に献上してくれたのだよ。」
「その辺境伯は良くフィヨルドに献上したな。」
「まぁ、厄介払いという面もあったのだろうね。私も受け取ってから知ったのだが。」
「どういう事だ?」
「件のグルファクシなんだが、これが酷いじゃじゃ馬でね。とても扱いきれないのだよ。入れている檻だって、鍛冶師に大金をはたいて作らせた特注品だ。所構わず暴れまわるから誰も近付かず、見せ物にもならない。」
「放してやれば良いじゃないか。」
「そうしたいのは山々なんだが、もう遅い……というのが本音だね。一度檻に入れてしまった以上、自然に放せば何をされるかわかったもんじゃない。簡単にできる事ではないのだよ。」
「つまり、フィヨルドはその面倒を俺達に押し付けようと言うのか?」
「君ならば上手く躾られるのではないかと思ってね。もちろん無理にとは言わない。しかし、もし君がグルファクシを躾られたのなら、君達は優秀な足を手に入れ、私は面倒事から解放される。悪い話ではないと思うよ。」
「………これは謝礼の話だったと思うが。」
「あのグルファクシを躾られたのなら、謝礼としては十分であるとわかって貰えると思うね。……納得してもらえないと言うなら、それに馬車も着けて贈らせていただこう。」
「馬車?」
「そうだよ。それもただの馬車じゃない。中の空間が見た目よりも広くなっている、魔道具の馬車だ。」
家に馬に馬車か……。
悪い話じゃないな。
「とりあえず、そのグルファクシってのを見せてくれるか?」
「あぁもちろんだ。着いて来たまえ。」
俺達はフィヨルドに従い、公城の地下へ移動した。
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「どうしてこんな所に?」
「普通に厩舎に置いては、他の馬が怯えてしまうからな。」
俺達は公城の地下にある一室へやって来ていた。
壁には幾つもの魔道具が付けられており、それらが光を発している。
目の前には白い布が被せられた大きな檻。
ヨハネスがそれに近付き、布を一斉に取っ払った。
檻の中で静かに眠っているそいつを見て、俺達は小さく息を飲んだ。
触り心地の良さそうな褐色の体毛、決して細くはないが太過ぎもしない鍛えられた脚、そして何よりも目を引く黄金に輝く鬣。
優雅に眠る姿は筆舌に尽くし難い美しさだ。
俺達がその美しさに目を奪われていると、そいつはゆっくりと目を開け、静かに立ち上がった。
冷たい瞳でこちらを見下ろし、ブルルと小さく鳴く。
「………フィヨルド、こいつがグルファクシか。」
「あぁそうだよ。ネクロ、君にこいつを御する事ができるかな?」
その問いかけに、俺は無言で前に出る。
グルファクシが鋭く威嚇し、睨み付けてくるが、それすらも無視して檻に近寄る。
「俺の言葉がわかるか?俺の名前はネクロって言うんだ。」
しかしグルファクシはその言葉に対し、前足を振り上げて檻へと叩きつけた。
甲高い音が鳴り、檻が揺さぶられる。
更に威嚇するように鳴くが、俺は何も気にせず格子に手をかけ、力任せに引きちぎった。
後ろでハシドが慌てるような声を上げているのが聞こえた。
それを無視して更に何本も引きちぎっていく。
やがて大きな穴が広がり、グルファクシが悠然と出てきた。
静かに俺を見下ろし、俺も無言で見返した。
突然、グルファクシが再度前足を振り上げて、俺の頭上に落とそうとした。
俺は片手で右の足を掴み、押し退けた。
明らかに自分より小さい人間に力で負けたグルファクシは驚愕している。
俺は闇の紐でグルファクシを縛り付け、動きを封じた。
そして目の前に立ち、間近でその瞳を見詰める。
そしてこう言った。
「なぁ、俺の仲間にならないか?一緒に世界を旅しよう。」
グルファクシは目を見開いた。
やはり言葉がわかるようだな。
こいつの瞳には明らかに知性が宿っていた。
「もう一度言うぞ。俺の仲間にならないか?」
グルファクシは静かに俺の目を見返す。
静寂が暫く続き、やがてグルファクシは小さく鳴いて頷いた。