第十四話 解呪
「……………何だって?」
呆けた顔でフィヨルドがそう言った。
こいつもそんな間抜けな声を出せるんだな。
ハシドもヨハネスも首を傾げて困惑している。
「あのな、フィヨルド。お前のそれは病気なんかじゃなくて、呪いなんだよ。高度な闇属性魔術によって呪われているようだな。」
「の、呪いだって!?そんな馬鹿な!!」
「事実だ。生命力を徐々に奪っていく呪いのようだな。お前の体調不良はそれが原因だ。」
「呪い…………一体誰が………」
「さぁな。誰がかけたかまではわからんが、希少な闇属性魔術の使い手………それもかなりの熟練者だ。呪術ってのは、闇属性魔術の中でも高位のものだからな。それに、簡単にはバレないように上手く隠蔽されていた。」
「だから誰にもわからなかったのか…………わかったところで、どうする事もできないか………」
「高位の光属性魔術師なら呪いを解く事もできるんじゃないか?」
「あぁ、それはそうだが…………それ程の治療師となると、残念ながら我が国にはいないのだよ。教国の主教でもなければ………」
「教国の主教………ね。教国から呼ぶ事はできないのか?」
「異種族との共存主義を掲げる公国は、人族至上主義を掲げる教国とあまり良好な仲ではない。ましてや呪いにかかった私を癒す為に主教などを呼ぼうとすれば、どれほど足元を見られるかわからないんだよ。更に言えば、私が何者かに呪いをかけられたという事実を、他の者に知られる訳にはいかないんだ。」
「ふむ………まぁ話はわかるが、それならどうするつもりだ?何か呪いを解く宛てでもあるのか?」
「それは…………いや、何もない。それほど高位の闇属性魔術というのなら、もはやお手上げだ。」
「高位の光属性魔術師は教国にしかいないのか?」
「少なくとも公国にはいない。帝国にもそんな人間がいるとは聞いた事がない。」
「王国ならどうだ?」
「王国は………こう言っては何だが、戦士や魔術師の技量があまり高くはないから、期待する事は……………いや、待てよ?」
フィヨルドが言葉の途中で何かを考え始めた。
「どうしたんだ?」
「いや………王国が二年前に召喚したという異世界人の中に、光属性魔術の優れた才を持つ者がいると聞いた事がある。聞いた話では、教国の聖女にも劣らぬ才があり、優れた従魔をも従えているという。」
…………ちょっと待て。
異世界人?光属性魔術に従魔?
心当たりのありすぎる話ではあるが、今はそんな事はどうでも良い。
先程のフィヨルドの発言で、とんでもなく気になる事があった。
「ーーー二年前?」
「ん、どうしたんだね?」
呆然とした俺の様子を不思議に思ったのか、フィヨルドがそう問いかけてくる。
「王国が異世界人を召喚したのが、二年前だって?」
「あぁそうだよ、それなりに有名な話ではあったと思うが、知らなかったのかね?正確には、二年と数ヵ月前の話だが。」
「…………いや、知っている…………誰よりも知っているさ。」
二年と数ヵ月…………つまり、俺は【悪霊の墓】に丸々二年間いたという事か。
思わぬところで知った事実に、俺は困惑してしまった。
深呼吸を数回して、落ち着きを取り戻す。
俺はいつの間にか成人手前まできていたのか。
秋人達はいま何をしているのだろうか?
「その異世界人達は、いま何をしているんだ?」
「幾つかの組を作り、冒険者として王国各地を転々としながら魔物の討伐を行っているらしいが、私も詳しい事は知らないんだ。」
「…………そうか。」
…………いま考えたところでどうしようもないか。
レイには最優先で王国について調べてもらおう。
分身は未だ王国に着いていないみたいだがな。
「話が反れたな。ともかく、異世界人の中には優れた治療師がいるそうだが………どちらにせよ、呼ぶ事はできないだろうな。」
「王国とも仲が悪いのか?」
「いや、そうではないよ。だが、だからと言って王国の最有力な戦力の一端を、こちらの事情で借りるのは色々と面倒なものがある。そもそも、貸してはくれまいがね。」
「なら………諦めるか?」
「……………ネクロ、君はどうにかできないのか?」
「俺が?」
「そうだ。君がどのようなスキルを持っているのかはわからないし、それを探る事もしない。だが君は不思議な男だ。力もあり能もある。そして特殊なスキルも持っている。君ならば、あるいは…………と思ってしまうのは、何もおかしくはないだろう?」
「………………ふむ。」
「私からもお願い致します。どうか、どうか大公様を…………」
ハシドが伏し拝んで懇願する。
「私からもお願いするよ。ネクロ君にその力があるのなら、是非何とかして欲しい。」
ヨハネスまでもが深く礼をして頼んできた。
………正直、悩みどころではある。
今日会ったばかりではあるが、俺はフィヨルドの事をそれなりに気に入っている。
国のトップであるフィヨルドを救えば、強い友好を築く事もできるだろう。
助けるのには十分なメリットがある。
しかし、もちろんメリットだけではなく、デメリットもある。
俺の力を知られる事だ。
既にいくつかの力は見せてしまっているが、神眼などは知ったところで対処などできないから問題はない。
しかし、フィヨルドの呪いを解こうとすれば、闇属性魔術を使わなければならない。
そうすれば、俺の手の内を見せる事になってしまう。
見せたところでフィヨルドが敵対するとも思っていないが、やはり確信できないところがある。
……………一人で悩んでいても仕方ないか。
念話でセレス達に聞いてみよう。
俺は三人に念話を繋げた。
『お前達はどう思う?フィヨルドを助けるべきか?』
『私は賛成です。悪い人ではありませんし、この縁が何かと役に立つ時がくるかもしれません。』
『僕は反対です。これ以上ご主人様の手の内を見せるのは早計です。』
『自分は賛成っすね。確かに旦那の力を見せるのは早いかもしれないっすけど、何かあっても旦那なら何とかできるっすから。』
セレスとサリスは割れたか。
レイは何だかんだ俺の力を一番信頼してるような気がする。
とにかく、これで俺の意思は決まった。
「……………わかった。フィヨルド、お前の呪いは俺が解こう。」
「ほ、本当かい!?やってくれるんだね!?」
「あぁ本当だ。だから少し落ち着け。」
そう言うと、身を乗り出していたフィヨルドはソファーに深く腰かけて、深呼吸をした。
「すまない、興奮してしまった。」
死ぬ運命にあると思っていたのが、急に助かると知ったなら興奮するのも当然か。
ハシドとヨハネスも顔を綻ばせている。
「だが、助けるのにも条件がある。」
そう言うと、フィヨルド達の顔が引き締まった。
「条件とは?」
「一つ、俺の力の情報を外に漏らさない事。二つ、今後何かあった時にできる限り俺達の後ろ楯となる事。三つ、俺達が公国の傘下になったとは思わない事。以上だ。」
「…………ふむ、一つ目に関してはもちろん構わない。二つ目も構わない。むしろ君達と友好を築けるのなら、それくらいお安い御用だ。だが三つ目はどういう意味だね?」
「ただの保険さ。俺達は自由を愛する傭兵団だからな。今回の件で、俺達が大公の私兵だのなんだのと思われたら面倒なんだ。」
「そういう事か。それならばもちろん構わんよ。君達の行動を縛りはしないと約束しよう。これで良いかな?」
「オーケーだ。なら、早速解呪しようか。」
「この場でかい?何か準備などは………」
「何もいらないよ。それじゃ、始めるぞ。」
些か困惑した表情のフィヨルドを無視して魔力を練り上げる。
闇の靄のようなものを作り出し、フィヨルドの身体に纏わせる。
ハシドとヨハネスが慌てるが、セレスとサリスがそれを押し止める。
「フィヨルド、身体を楽にしろ。何も危ない事はない。」
「あ、あぁ………わかったよ。」
肩を強張らせていたフィヨルドが、完全にではないが脱力させた。
すると、靄は吸い込まれるようにフィヨルドの身体へと入っていく。
俺はその闇の靄を動かし、フィヨルドの体内に巣食っていた別の闇と同化させ、そして体外へと出した。
闇は俺の手に集まり、握り潰すと、そこには何も残ってはいなかった。
「…………これで終わりだが、身体の調子はどうだ?」
念の為、フィヨルドに確認する。
「…………あ、あぁ…………これは…………」
フィヨルドが自分の身体を見回したり、軽く跳び跳ねたりしている。
「大公様、如何致しましたか?」
「何か問題でも………?」
ハシドとヨハネスがそう尋ねるが、フィヨルドはニヤリと笑った。
「いや、問題ない。久し振りに身体が軽くなったので驚いていたんだ。」
「そ、それでは………?」
「あぁ、どうやら完璧に治ったようだ。」