第十二話 大公との邂逅
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早朝、俺達の泊まる宿へ大公の使者が訪れた。
高級そうなゆったりとした服を着た壮年の男性だ。
体つきなどから察するに、騎士や兵士といった者ではないだろう。
おそらく文官であると思われる。
「お初にお目にかかります、私はミュートラル公国宰相補佐をしている者でございます。本日は大公様よりご命令を承り、使者として参りました。貴方がネクロ様で間違いございませんか?」
「あぁそうだ、俺がネクロだ。」
「左様でございますか、宜しくお願い致します。早速ですが本題に入らせていただきます。大公様が申しますには、ネクロ様の都合の宜しい時に参内していただきたく、会談の日程はネクロ様がご自由に決めて下さって結構だそうでございます。」
「そうか………なら、今から行く。」
「承知致しました、今から……………え、今から?」
おい、素が出てるぞ。
「今からだ、構わないか?」
「い、いえ、おそらく問題はないかと思いますが。」
「よし、なら行こう。」
些か困惑気味の宰相補佐を促し、馬車に乗って公城へ向かった。
宿は外周区の中でも中間区に近い所にあるが、それでも内包区の中心にある公城へ行くのに、馬車で一時間以上を要した。
「こちらでお待ち下さいませ。大公様にご連絡致しますので。」
そう言って城の一室に案内された。
突然の来訪にもかかわらず、使用人達が世話を焼いてくれる。
セレスとサリスは紅茶を嗜み、レイはお菓子をバクバクと食べている。
俺は大公との会談で話す内容を考えていた。
【暴食の虎】に関しては、ちょっと気になる事もある。
何故【暴食の虎】は公都を攻めようとしたのか。
頭領に聞いても口を割らなかったし、おそらく兵士に連行された後も口を割ってはいないだろう。
だが、大公はそれ以外のルートから何かしらの情報を得ているかもしれない。
俺はそれを知りたいのだ。
一応の予想は立っている。
もう少し時間をかければレイが情報を集める事ができるだろうが、それはまだ先の話だ。
レイの分身は各地に移動中で、そこにはまだ着いていないからだ。
さて、大公は何か知っているのだろうか。
知っているとして、それを素直に話してくれるだろうか。
そんな事を考えていると、扉を叩く音がして、二人の男が入ってきた。
一人は俺達を城へ案内した宰相補佐である。
もう一人は、宰相補佐よりもやや歳上であろう風貌をしている。
クリストル王国の国王と同じくらいであろうか。
思慮深い瞳をしている。
その老人が口を開いた。
「初めまして、ネクロ殿。私はミュートラル公国宰相をしております、ハシドと申します。以後、よしなに。」
「宜しくハシド。俺がネクロだ。こいつらは俺の従者で、セレス、サリス、レイだ。」
ハシドと握手を交わし、三人を紹介した。
「宜しくお願い致します、皆様。さて、早速ですが、大公様の準備が整われましたので、皆様をご案内したく存じますが、構いませんかな?」
「俺は構わない………お前達も良いな?」
一応確認を取る。
「はい、大丈夫です。」
「もちろん構いません。」
「ひょ、ひょっとふぁってふだしゃいっしゅ!」
セレスとサリスは既に俺の後ろにいたのだが、レイは残りのお菓子を完食しようと口に詰め込んでいる。
やがて、痺れを切らしたサリスが「ご主人様をお待たせするとは何事か!」と一喝し、レイは渋々とお菓子から離れた。
しかし、その視線は未練がましくお菓子に向けられている。
「お、お土産にお菓子を包んでおきましょう。」
苦笑いの宰相がそう言った。
「まじっすか!?あざっす!!」
レイが目を輝かせて反応した。
思わず溜め息をついてしまう。
「はぁ……すまんが、宜しく頼む。」
「レイめ……ご主人様の御前で何という恥さらしな………。」
サリスがぼそぼそと呟いている。
レイよ、今回は弁護できないぞ。
というかレイは甘党だったのだろうか。
そんなにお菓子が好きとは知らなかった。
そんなこんなでグダグダな空気になりながらも、俺達は宰相に案内されていった。
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「こちらでお待ち下さい。大公様も直にいらっしゃいます。」
案内されたのは品の良い調度品が目立たぬ程度に揃えられている、城の中では極普通の応接室であった。
「ここで会談を行うのか?謁見室とか、そういう所でするのかと思ったが。」
「今回の件に関しては、一部の人間しか知りません。大公様も内密にお話したいとの事でした。また、謁見室にて会談を行うとなると、多くの貴族達の知るところとなります。ギルドマスターのヨハネス殿より、ネクロ殿はそういうのをあまり好まれないとお聞きしておりましたので、こういった形にしたのです。」
「そういう事か。確かに、貴族に囲まれて大公に謁見するというのは落ち着かないな。下手に絡まれても面倒だし。気遣い感謝する。」
「いかほどの事もありませぬ。」
暫く宰相と話していると、扉を叩く音がした。
宰相補佐が扉を開くと、四人の男が現れた。
一人はヨハネスだ。
その後ろはおそらく大公であろう。
年の頃は宰相補佐と同じくらいだろうか、国王よりは間違いなく若い。
しかし、些か顔色が悪く、足取りも重い。
また、大公の後ろには二人の騎士がいた。
注意深くこちらを見ている。
最初に口を開いたのは、大公だった。
「君がネクロという傭兵か。」
「おいおい、開口一番にそれか?まずは自己紹介でもしたらどうだ?」
俺の言葉に、二人の騎士が前に出ようとする。
しかし、それを大公が抑えつけた。
「なるほど、地位や権力に媚びないというのは本当だったようだ。失礼したね、申し訳ない。私はミュートラル公国大公のフィヨルドだ。宜しく頼むよ。」
「俺は傭兵のネクロだ。宜しく頼むよ、フィヨルド。」
これには騎士達だけでなく、宰相なども驚いた。
大公も驚きはしたが、怒りはしなかった。
「はははっ、名前を呼び捨てにされた事など何年振りだろうな。もちろん構わないよ。たとえ何があっても、君達を敵に回してはいけないとヨハネスに忠告を受けているし、私としても君の態度が気に入った。改めて宜しく頼むよ、ネクロ。」
「ほう、傲慢な態度と取られてもおかしくないと思うが、どこを気に入ったんだ?」
「粗野な言葉遣いではあるが、君の瞳には相手を見下す色が見えない。媚びず見下さず………これは、簡単なようでそうではない。君が私という人間そのものを見てくれている証拠だ。」
「そうかい………あんたが民衆に好かれているのも、なんとなくわかるよ。」
「そう言ってもらえると嬉しいね。さて、それでは本題に入るとしようか。………君達は退室しなさい。」
フィヨルドが渋る騎士達を退室させた。
「………さて、始めようか。」
「そうだな、ならまずは俺達の話を聞いてもらおうか。」
という訳で、俺は【暴食の虎】の一件について語った。
指定傭兵団になる為に公都を目指していた事。
公都に向かっている途中で盗賊に遭遇した事。
【暴食の虎】が公都を攻めようと画策していると知った事。
拠点に攻め込んで壊滅させた事。
さりげなくスラムのレーソッド一味を壊滅させた事も話した。
やはり驚かれたが、【暴食の虎】の一件と合わせて感謝された。
スラムにはスラムの秩序があり、国の上層部と繋がっている勢力がある。
レーソッド一味はその秩序を乱すただのゴロツキだったようだ。
ともかく、全てを話し終えた時には、会談が始まって一時間以上が経過していた。
「…………ふむ、なるほどな。」
フィヨルドが顎に手を添えて頷いている。
「こちらも【暴食の虎】が公都に攻め入る為に西の山脈に拠点を作っている事は知っていた。知ったのはつい最近だがね。何とかしなければいけないと思ったが、計画を練る前に君達が壊滅させてくれたと知った時は本当に驚いたよ。」
「それは悪い事をしたな。」
「いや、そんな事はない。もし私達が討伐に乗り出したとしたら、おそらくかなりの被害を要しただろう。むしろ君達には感謝しているよ。褒賞金も用意している、帰りに渡そう。」
「あぁ、ありがとう。………指定傭兵団の件だが……」
「勿論私は賛成するよ。もう隠す必要もないだろうし、君達の功績はちゃんと宣伝させてもらう。これで名実伴い、君達は指定傭兵団となれるだろう。」
「ヨハネスも構わないか?」
「勿論さ。近いうちにギルドへ来てくれ。手続きをするから、傭兵団の名前も考えておいてくれたまえ。」
傭兵団の名前………そんなのが必要なのか。
「了解した。………さて、フィヨルドに聞きたい事があるんだが。」
「何かね?」
「【暴食の虎】は何故公都を攻めようとしたのか、知っているか?」