第十一話 従者を信用する事
「それで、ご主人様は何をなされていたのですか?」
セレスの言葉に俺は言い淀む。
夜、宿の一室に集まった俺達は、その日の出来事を語り合っていた。
セレスは、百年前ならば貴族でもなければ飲めなかったような紅茶が、現在では平民でも嗜めるようになっている事に驚いたと語った。
サリスは、公都周辺の魔物は雑魚ばかりで大した鍛練にならなかったと不満げにぼやいていた。
レイは、様々な国の盛衰や文化の変遷を多く知る事ができたと満足げな顔をしていた。
そして今、俺の順番が回ってきたのだが…………。
言い淀む俺を不思議に思ったのか、セレスが更に言葉を重ねる。
「ご主人様?如何なさいました?」
「あ、あぁいや、何でもないんだ。」
「そう……ですか?」
「もしや、何者かに襲撃を受けたのでは!?」
サリスが勢いよく立ち上がる。
「いや、無いから。どうしてすぐそういう物騒な考えにいくんだよ。」
襲撃……されてはないよな?
むしろ襲撃したのは俺だ。
「お前達と別れた後は、普通に街の探索を続けただけでーーーおい、どうしたレイ?」
気付けばレイが俯いて肩を震わせている。
「い、いや……くくっ…………な、何でもないっすよ………くっ……」
言葉に節々で堪えきれないとでも言うように笑いを漏らしている。
「レイ、何を笑っているんだ?」
「どうかしたんですか、レイさん?」
セレスも不思議そうに首を傾げている。
「くくっ………いや、何て言うか………くふっ………だ、旦那が街を探索しただけって………くくくっ………」
「それの何がおかしいーーーってまさか………」
まさか。
「レイ、お前………知ってるのか?」
そう言った瞬間、レイが吹き出して腹を抱えて笑い出した。
「レイさん、突然どうしたんですか?」
「さっきから何なんだレイ?」
セレスとサリスが問い詰めようとする。
慌てて止めようとする。
「ま、まぁ待てよ。きっと腹を壊したか何かだろう。レイ、ちょっとトイレにでも行こうか?」
「ご主人様?屍霊はお腹壊したりしませんよ?」
「如何なさったのですか、ご主人様?」
「いやいや何でもないぞ?ただちょっと………あ、そう!レイと二人で出かける約束をしていたんだ!という事で行こうか。」
笑いすぎて痙攣しそうなレイの肩を掴んで外へ行こうとする。
………が、その俺の両肩を後ろから掴む二つの手があった。
「ど、どうしたんだね君達?僕に何か用でも?」
振り向くと、ニコッと微笑む二人の美少女がいた。
「口調がおかしいですよご主人様?動揺しておられるのですか?」
「ご主人様、何か僕達に話すべき事はございませんか?」
「な、何を言っているんだ?俺は別に何もーーー」
俺は屈しない。
主として、従者になど絶対にーーー
「ご主人様?」
「ご主人様。」
「ーーーはい。」
俺は、久し振りの敗北を味わった。
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「つまり、ご主人様はお一人でスラムのゴロツキと戦われたのですね?」
「僕達に何もおっしゃらずに………。」
「ま、まぁそういう事だな。でも、別にあの程度の奴らくらい「ご主人様っ!!」はいっ!」
やっぱり怒られた。
だからバレたくなかったんだ。
レイの奴め、どれだけこの街の出来事を把握しているんだよ。
「ご主人様、私達はご主人様がお一人で戦われた事には怒ってはいません。」
あれ、そうなのか?
「当然です!ご主人様が街のゴロツキ如きと戦ったところで、心配など致しません!」
街のゴロツキ………一応スラムのボスの一人だったんだが。
「僕達が怒っているのは、ご主人様がお一人で戦われた事ではなく、その事実を隠されようとした事です。」
「…………え?」
「どうして話して下さらなかったのですか?」
サリスが悲しげな瞳でそう問いかけてくる。
「僕達の事が、信用なりませんか?」
「そんな事はない!」
「ならば何故…………」
「そ、それは…………」
上手く言葉にできず、沈黙してしまう。
セレスもサリスと同じ気持ちのようで、泣きそうな瞳をしていた。
静寂が場を包み、気不味い空気が流れる。
救いの手を差し伸べてくれたのはレイだった。
「まぁまぁ、お三方とも落ち着いて話を聞きましょうっす。」
俺達の視線がレイに集まる。
「まず、旦那はそのレーソッドとかいうゴロツキの所に攻め入る時、どうして自分達に言わなかったんすか?」
「どうしてって…………心配……させたくなかったからだ………。」
「旦那が一人でゴロツキ共と戦っているのを知られたら、心配されると思ったんすか?」
「あぁ、そうだ。」
すると、レイは深く溜め息をついた。
「旦那…………そんな事で自分達が心配する訳ないじゃないっすか。」
「…………えぇ………」
「心配する余地ないっすよ。旦那に勝てる存在がどこにいるんすか?」
「いや、それは………知らないけど。」
「とにかく、余程の状況でない限り、戦闘において自分達が旦那を心配する事なんてないっす。」
……それはそれでどうなのだろうか。
「でも、どうせ心配しないからと言って黙っていられるのも………自分達は悲しいっす。」
「あっ…………そう、だよな。………ごめん。」
「魔物一匹と戦う時まで連絡してほしいとは言わないっす。でも、何か重要な事があった時くらい、自分から言って欲しかったっす。」
ーーー俺は馬鹿か。
従者に心配されたくなくて、余計な世話を焼かれたくなくて、敵の本拠地に攻め入ろうというのに連絡一つしなかった。
それは、信用していないのとそう変わらない。
『従者が自分を信じてくれている』という事を信じられなかった、愚かな主だった。
それどころか、主として従者に心配ばかりされたくないと、下らないプライドを持ってしまった。
そりゃこいつらも怒るか。
「…………あぁ、ごめん。セレス、サリスも……本当にごめんな。」
二人に向き直って頭を下げる。
「あ、頭をお上げ下さいご主人様!私もその……偉そうな事を申しました。申し訳ございませんでした。」
セレスが慌てて礼を返す。
「………ご主人様、もし………もしご主人様に危機が迫る事があれば、ご連絡を下さいます……よね?」
サリスが不安そうにそう言った。
「勿論だ。俺の身が危ない時は、必ずお前達を頼らせてもらうさ。」
「ーーーはいっ!」
サリスがにこやかに笑って返事をした。
「いやぁ、これで一件落着っすね!」
「そうだな、助かったよレイ…………それはそうと、お前さっき腹を抱えて笑ってたよな?」
「レイ、貴様………ご主人様がならず者に絡まれているのを見ていたくせに、近寄りもしなかったのだな?」
「え、ちょっ、それ今言うんすか?その話はもう終わりじゃ………」
「それとこれとは話が別だ。」
「レイ、貴様には従者としての心得が足りないようだな。」
「だ、旦那もサリスさんも顔が怖いっすよ!?」
「何を言っているんだ?こんなにも笑っているじゃないか、なぁサリス?」
「はい、ご主人様。レイ、貴様にはこの笑顔が見えないのか?」
「旦那、眼が笑ってないっす!サリスさんに至っては全く笑ってないっすよ!!超無表情っすよ!!」
「おかしな事を言う奴だな。とりあえず俺とオハナシしようじゃないか?」
「レイ、久々に鍛練をするぞ。今日は満足にできなかったからな。斬り刻んでやろう。」
「旦那、お話なら座ったままでもできるっす!どうして近付いて来るんすか!?サリスさんはもう直球すぎて何て言って良いかわかんないっす!!………セ、セレスさん!助けて下さいっす!!」
「あらあら大変ですねレイさん。ファイトですっ!」
「ファイトじゃないっすよ!!ファイトしちゃ駄目なんすよ!!」
「さぁレイ、俺とオハナシしよう。」
「さぁレイ、鍛練の時間だ。」
「ファイトですよーレイさーん!」
「い、い………嫌だぁぁぁぁっっっ!!!」
その後、俺が闇の縄で縛り付けてサリスが目隠しをして刺突を外す練習をして解放した。
解放されたレイは、歳を取らないはずなのに老けたような気がした。
こうしてこの日の夜も更けていった。
翌日早朝、部屋で各々休憩しながら今日の予定を考えていた時、大公の使者が宿を訪れた。