第十話 塵掃除
拝啓、幼馴染み達、俺はいまスラム街にてならず者達に囲まれています。
危険な状況にもかかわらず胸が踊っているのは、きっと従者の影響だと思うのです。
俺もいつの間にか戦闘狂の端くれとなってしまったようです。
そんなどうでも良い事を考えていると、厭らしい笑みを浮かべた正面の男が口を開いた。
「随分と綺麗な格好してるじゃねぇの。あんた貴族の坊っちゃんかい?残念ながら、ここはあんたみてぇなのが来て良い場所じゃねぇんだぜ?」
「俺は貴族ではないんだが…………それは悪かったな、それじゃ出ていくとしよう。」
まだ明確な危害を加えられた訳でもないしな。
踵を返した俺の前には二人の男がいる。
道を塞ぐように立ち、通すつもりはないようだ。
「まぁ待てよ。折角来たんだ、ゆっくりしていきな。…………五体満足に出られると思うんじゃねぇぞ?」
最後に脅すように低い声で言った。
「いやいや、気にしないでくれ。また今度来るからさ、今日は帰る事にするよ。」
「わかんねぇかなぁ………あんたは俺らに半殺しにされて金品奪われるって決まってんだよ。」
周りの男共が堪えきれないように笑い出した。
しかし、その笑いはすぐに凍り付いた。
「わかんねぇかな………黙って通せば見逃してやるって決めてたんだが。」
「………あん?そいつはどういう意味だ?」
「こういう意味だよ。」
道を塞いでいた二人の男に高速で近付き、二人の頭を掴んで握り潰した。
身元の保証された冒険者ならともかく、こんな犯罪者紛いのならず者に容赦する必要はない。
両手から血を滴らせて振り向く。
三人の男達は目を丸くしている。
現状が読めていないのだろう。
先程喋っていた真ん中の男を残し、両隣の二人を闇の槍で撃ち抜いた。
「………は?………え、あ…………え?」
「混乱している所悪いが、この辺りを牛耳っている者を聞きたいんだが。」
暫くその男は混乱したままだった。
闇属性魔術で精神に作用し、無理矢理落ち着かせる。
「もう一度聞くぞ。スラムを牛耳っている者を教えろ。」
「ス、スラムって言ってもその地区によってボスは違うんだ………この辺りはレーソッドさんの支配下だ。」
「お前もそいつの配下なのか?」
「あ、あぁそうだ。」
「そのレーソッドって奴のとこに連れていけ。」
「お前、何をするつもりだ!?」
「スラムの親玉の一角がどんなものかと思ってな。ついでに塵掃除でもしようかと。」
最初は嫌がったが、仲間の死体を目の前にぶら下げたら往生した。
更に奥へと案内され、比較的綺麗な建物へと通された。
それなりの大きさを持つその建物の門には、ガタイの良い男が一人。
近寄る俺に訝しげな視線を向けている。
「見た事のない奴だな。ここに何か用か?」
「レーソッドとかいう塵を掃除しにきたんだ。」
「…………は?掃除?…………お前、何をーーー」
話の途中ではあるが、サリスの真似をして男の頭を掴み、壁に植え付けた。
楽しいなこれ。
「お、お前、本当にやるつもりーーー」
「案内ご苦労。」
ここまで案内した男も壁に植え付けた。
敷地に入って扉を開けると、中にいた数人の男達がこちらを向く。
黒いローブをすっぽりと被った見た事のない男を前にして、男達は訝しげに目を細める。
口を開こうとした一人を即座に壁に植え付けた。
静寂の後、怒号と混乱が場を包んだ。
ギャーギャーと喚き散らしている男達を一人ずつ植え付けていく。
騒音を聞いてあらゆる扉から新たなならず者達が顔を見せる。
五分後、屋敷のほとんどの人間は壁に植え付けられていた。
「きたねぇ雑草共だ。」
何となくそう呟き、奥へと進む。
二階の奥にあった部屋へ入ると、二人の人間がいた。
一人は椅子に座ってニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見ている細身の男。
もう一人は座っている男の隣に立って無表情でこちらを見ている筋骨粒々の男。
神眼を発動する。
座っているのがレーソッドで、もう一人はその用心棒のようだ。
俺の姿を認めると、レーソッドが口を開いた。
「いらっしゃい侵入者君。よくもやってくれたねぇ。」
「お前がここの親玉か。」
「おいおい、まずは自己紹介から始めるのが、人間関係の基礎ってやつじゃないかい?」
「悪いな。人間と塵の間に人間関係なんてのは作られないんだ。そうだろ塵。」
「………お前、状況わかってんのか?」
「顔が赤いぞ塵。この程度の挑発でキレてしまったか?お前如きに支配者なんて似合わない。今すぐ辞めて死ぬと良い。」
「死ぬのはお前だクソ猿。この男は元Bランクの冒険者だ。お前みたいな調子に乗ったクソ猿を殺したいが為にこんな所に来た奴だ。雑魚ばかり伸したからって調子に乗るんじゃねぇぞ。」
「その雑魚共の親玉気取ってどや顔してる塵はどこのどいつだ?………もう良いだろ、そろそろ飽きてきたんだ。」
「………おい、やれ。」
レーソッドは俺を睨み付けながら隣の男に指示した。
組んでいた腕をほどいて、腰の剣を抜いて近寄る男。
「お前も馬鹿な事をしたものだ。こんな所に来なければ、もう少し長生きーーー」
勝ちを気取った態度がウザかった為、そいつはレーソッドの机に植え付けた。
目の前に突然男の頭を植え付けられたレーソッドは驚いて椅子から転げ落ちた。
「無様だなレーソッド。それが支配者の姿か?」
「なっ………お、お前は一体………何者なんだ……?」
「死にゆくお前に教える必要もないだろう。」
冥土の土産なんて上等なもの、こいつ程度には必要ないだろう。
闇の槍に撃ち抜かれて、レーソッドはその生涯を閉じた。
「単なる散策のはずが、どうしてこうなったんだろうな。」
なんてぼやきながら、植え付けていた男達を闇の槍で撃ち抜いて回り、スラム街を後にした。
……………どうせ殺すなら何故植え付けたのか?
やってみたかったんだ、別に良いだろう。