第九話 旅の目的
翌日、宿を出た俺達は早朝からギルドへ向かい、解体された魔物の素材を売却した。
それなりの金額になった為、これでまた旨いものが食えると喜んだ。
近くの食堂で朝食を済ませ、昨日門兵に指定された場所へと向かう。
街の中枢へ向かって暫く歩いていくと、住民の服装や街の景観が綺麗になっていくのに気付いた。
街の中枢に近付くにつれて、裕福な人間も増えるようだ。
レイに聞くと、昔から街というのは、冒険者や平民などが多く集まる外周区、裕福な商人や下級役人などが集まる中間区、そして貴族やそれに携わる人間が集まる内方区の三つに分けられているのが普通らしい。
今いる所は中間区という事だ。
遠くを見れば、街に入る時に通ったような門があり、壁が広がっている。
平民が内方区に入るには許可がいるらしいが、今日はそこまで行く必要はない。
内方区に近い中間区に、門兵に指定された施設があるからだ。
その施設に向かって歩いていると、やがて白い大きな建物が見えてきた。
建物の敷地を壁が囲い、門には二人の兵士がいた。
昨日会った隊長の名前を出して暫く待つと、建物から隊長が走って寄ってきた。
「お待たせ致しました!貴殿方がネクロ殿御一行で間違いありませんね!?」
「そうだが………名前教えていたっけ?」
「いえ、実は上層部より貴殿方へのご連絡を受けておりまして。」
既に俺の事や【暴食の虎】の件は把握されている、という事か。
「そうか。それで、連絡っていうのは?」
「はい。今回の件は大公様が自らお聞きしたいとの事で、宜しければ公城へお越し下さいませんか?おそらく、褒賞金もそちらでお渡しする事になると思います。」
公城……………あ、大公の城って事か。
正直面倒だが、西洋風の城に入るというのはヲタク心を擽る気もする。
ヨハネスが言うように、大公が真っ当な国主であるのなら、知り合っていて損はないかもしれない。
「お前達はどう思う?」
「良いのではないでしょうか。いつか役に立つ時がくるかもしれませんよ!」
セレスよ、一国の主との邂逅を『役に立つ』と表現するのはいかがなものか。
何だかんだセレスも毒舌だよな、やはり姉妹か。
「もちろん僕はご主人様の決定に従います。ご安心下さい、ご主人様に仇なす者がいれば、僕が処理致しますので。」
安心できねぇよ、処理って何だよ。
やはり姉妹か。
「まぁぶっちゃけた話、大公ってお人が悪い人じゃないってのは本当みたいっすよ?街中で集めた情報っすけど。」
レイが小声で囁く。
レイにしては真面目な内容で驚いた。
「それに、何かあったら逃げりゃ良いんすよ!旦那の力があれば余裕っす!」
前言撤回、やはりレイはレイだ。
溜め息を吐きつつ隊長に向き直る。
「わかった、大公との会談に望もう。だが条件がある。」
隊長は緊張した面持ちで固唾を飲む。
「じょ、条件ですか。……何でしょう?」
「俺達は礼儀なんてものは大して持ち合わせていない。それを了承する事。それから、俺達に危害を加える者は誰であっても許さない。貴族であろうと、大公であろうと。もし敵対する者があれば、俺達は一片の容赦もなく殲滅する。それを覚悟しておく事、だ。」
隊長は唖然としていたが、やがて頭を振って回復した。
「………………か、畏まりました。お伝えしておきます。」
「会談の日程等が決まったら、ここに連絡をくれ。なるべく早く頼む、と伝えておいてくれよ。」
泊まっている宿を教えた。
「畏まりました。」
「それじゃ、俺達はこれで失礼する。」
「は、はい!本日はお越しいただき、誠にありがとうございました!!」
深々と頭を下げる隊長に手を振り、俺達は歩き出した。
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「予定が潰れてしまいましたね、ご主人様。」
セレスの言葉に頷きを返す。
「そうだな、今日は何をしようか。」
「あの、ご主人様………。」
サリスが珍しく言いにくそうに口を開いた。
「どうしたんだ?」
「以前より世界を旅したい、というご主人様のお気持ちは伺っておりましたが、具体的には何をなさりたいのでしょうか?」
「………確かに、漠然と旅をしたいと言ってもわかりにくいよな。…………そうだな、まぁファンタジーっぽい物を見るのが一番の目的ではあるのかもしれないが。旨い食べ物や珍しい魔道具なんかを手に入れて回るのも面白そうだよな。」
「なるほど、食べ物に魔道具ですか。」
「それから、折角世界を巡るんだから、色んな知識を得たり、各地の文化を肌で感じたいってのもあるな。」
「旦那も意外に好奇心旺盛なんすねぇ。」
「それから、強い魔物と戦うのも楽しみだな。やっぱり魔物の討伐は異世界の醍醐味だろ。」
こうして考えてみると幅広い目標ばかりだな。
どうせ寿命なんてないし、のんびり楽しむか。
他の大陸に行くのも楽しそうだ。
「こう考えると、今まではちょっと急ぎすぎていたような気もするな。さらっと通りすぎた街にも、何か面白いものがあったのかもしれないし。」
「そうですね、これからはもう少しのんびりと行きましょうか。」
という訳で、今更ながら旅の目的、方針が固まったのであった。
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街をぶらぶらと出歩いて時間を潰し、昼飯を終えた俺達は、たまには個別に行動しようという事になった。
セレスとサリス………特にサリスは猛烈な反意を見せたが、最終決定権は俺にあった。
仲間との旅も良いものだが、一人旅というのにも憧れていたのだ。
とは言っても何かしたい事がある訳でもなく、街の散策を継続していた。
セレスは久々に紅茶を嗜みたいとの事で喫茶店へ行った。
サリスは神製の細剣を使いこなせるようになりたいと街の外へ行った。
レイは自分が死んでからの歴史を知る為に図書館へ行った。
一人になるのも久し振りだな、と考えつつ街を練り歩き、様々な店を見て回ったりしていると、いつの間にか人混みから離れた裏通りにきている事に気付いた。
面白そうだと更に歩き進めると、住宅や街並みが質素というか、貧相になってきた。
異臭が漂い、空気も悪い。
スラム街とか貧困区とか言うものなのだろうか。
こういうのも本当にあるんだな。
そんな風に考えながら歩いていると、あちこちから感じる視線が多くなってきた。
隠れているつもりなのだろうが、レイ程ではないにしろ、俺の察知能力もかなりのものだ。
どこに何人潜んでいるかも把握していた。
やがて、目の前に三人の男が現れて道を塞いだ。
後ろには二人の男が。
これがスラムのテンプレか。
ニヤニヤとした笑みを浮かべる男達を他所に、俺は嗤っていた。