第八話 公都のギルドマスター
盗賊団を壊滅させた俺達が公都に着いた時には、陽が落ちる寸前で門が閉まりかけていた。
「冒険者か?こんな時間に戻って来るのは珍しいな、閉門ギリギリじゃないか。」
門番がこちらに話しかけてきた。
「いや、俺達は傭兵だ。」
「傭兵だと……?」
門番が訝しむような表情をする。
傭兵というだけでも怪しいのに、俺達の風貌が特殊なのが原因だろう。
「………まぁ良いか。…………そいつは何だ?」
門番がレイが抱えている男を指差して言った。
「盗賊だよ。捕らえた盗賊は兵士に渡せば良いんだろ?」
「あぁ、それはそうだが………たった一人じゃ大した褒賞金も出ないぞ?」
「それはどうかな?こいつは【暴食の虎】の頭領だ。」
「……………は?暴食の虎?」
「あぁそうだ。勿論知っているだろう?」
「そりゃ知ってるが………あのなぁ、傭兵だか何だか知らないが、あまり兵士を嘗めるんじゃねぇよ。こっちだってそんなお遊びに付き合う程暇じゃねぇんだ。」
どうやらこの兵士は信じていないらしい。
「本当の事なんだけどな。」
「嘘も大概にしとけよ。たった四人で何をしたら大盗賊団の頭領を捕まえられるってんだ?」
どう説明したものかと考えていると、一人の男が近付いて来た。
「おい、何をやっているんだ?そろそろ門を閉めるぞ。」
「あ、隊長……それがですね……………」
どうやらこの男が門兵部隊の隊長のようだ。
門番が隊長へ事情を説明している。
「【暴食の虎】の頭領だと?何を馬鹿な事を………おい、そこの傭兵。その盗賊の顔を見せてみろ。俺はあの男の顔を知っているんだ。嘘は通用しないぞ。」
余計な手間をかけさせやがって、とでも言いたそうな苛ついた顔で、隊長が俺達に命令した。
サリスが前に出ようとするのを抑え、レイに抱えた頭領を下ろすように言った。
下ろされた男の顔を観察する隊長。
しかめていた顔がやがて驚愕の表情に変わり、段々と顔色が青くなっていった。
「こ、これは………まさか、そんな馬鹿な………」
震える手でポケットから眼鏡を取り出し、それを着けて再度観察する。
恐らく名前を見破る魔道具か何かだろう。
真実を悟った男は、もはや顔色が白くなっていた。
「どうしたんですか隊長?」
門番が事情が掴めずに困惑している。
門番の問いを無視した隊長が俺達に向き直り、勢い良く深く頭を下げた。
「申し訳ございませんでした!貴殿の仰った事は確かでした!こやつは間違いなく【暴食の虎】の頭領です!」
その後ろで門番が唖然としている。
それにしても突然態度変わったな。
「気にするな。わかってくれたなら良いさ。」
面倒なので早く話を進めよう。
「感謝致します!………それで、こやつの事なのですが………」
「好きにしてくれ。元からそのつもりだし。………あ、そいつが持ってた魔道具なんかはこっちで回収したが、構わないか?」
「勿論でございます。盗賊の保有物の権利は討伐者にありますから。」
「わかった。それじゃな。」
唖然としている門番に税を渡して中へ入ろうとする。
「お、お待ち下さい!!」
隊長が慌てた様子で止めてきた。
「何だ?まだ何かあるのか?」
「これだけの獲物ですから、できれば事情聴取をさせていただきたく…………それと、褒賞金の事なのですが。」
あ、忘れてた。
「事情聴取は明日にしてくれないか?今からギルドに行かないといけないんだ。褒賞金は事情聴取の後って事で。」
「か、畏まりました。宿泊されている宿を教えていただいても宜しいですか?」
「まだ宿は取っていないんだ。こちらから向かうから、どこに行けば良いか教えてくれ。」
という訳で事情聴取の場所を聞き、後の話は明日という事になった。
門番と隊長に別れを告げてギルドへ向かう。
ギルドの扉を開けると、騒いでいたはずの冒険者達が俺達を見て口を閉じた。
夜の酒場に似合わない静寂が漂う。
俺達は何も気にせず受付へ向かった。
ギルドマスターへの手紙を託した受付嬢へ話しかける。
「ギルドマスターは戻ったか?」
「は、はい、今は上におられます。」
ギルドマスターの部屋は二階と決まっているのだろうか。
「手紙は渡してくれたか?」
「はい、お渡ししました。ネクロ様方がお戻りになったら、部屋へお通しするように言い付かっております。」
「そうか、なら頼むよ。」
「畏まりました、こちらへどうぞ。」
受付嬢の案内でギルドマスターの部屋へ向かう。
ギルドの作りはウィーグの所と然程変わらないようだ。
規模はかなり違うが。
扉の前で受付嬢が止まった。
「ギルドマスター、ネクロ様方がお戻りになりました。」
「入ってくれ。」
「はい、失礼致します。………皆様、どうぞこちらへ。」
受付嬢が扉を開き、俺達を誘導する。
俺達が入ると、受付嬢は静かに出ていった。
「やぁ、君達が件の傭兵か。私はギルドマスターのヨハネスだ。宜しく頼むよ。」
そう言って手を差し出してきた。
ヨハネスはウィーグとは違った感じの男だった。
毛先が波打つ癖のある金髪を肩の上まで伸ばしており、気品漂う精悍な顔つきをしている。
年齢を感じさせる皺が多少あるが、纏う覇気は老齢のそれではなかった。
身体は鍛えられてはいるが、戦士という感じでもない。
魔術師なのだろうか。
「傭兵のネクロだ。宜しくな。」
差し出された手を握る。
それと同時に神眼を発動した。
【ステータス】
『名前』
ヨハネス・フリール
『天職』
魔術師
『スキル』
体術Lv3
魔力感知Lv3
魔力操作Lv3
風属性魔術Lv4
『称号』
ギルドマスター幹部
スキルの数が少ないような気もするが、本来はこれくらいが普通だ。
むしろスキルレベル4を一つでも持っている時点で優秀な魔術師である事がわかる。
ウィーグもこんな感じだったので、ヨハネスも元Aランクの冒険者なのかもしれない。
最高位のSランクならどれほど強いのだろう。
いつか会ってみたいな。
「さて、突然だが本題に入ろう。」
ソファーに座らせ、自身も座った後に、ヨハネスがそう切り出した。
「指定傭兵団の件だな?」
「そうだよ。あのウィーグが認めるのなら問題はないのだろうし、私としても君達ほどの実力者ならば、と思うのだが………」
ヨハネスもウィーグと同様、俺達の実力を悟っているようだ。
「何か問題でもあるのか?」
「たとえ実力があったとしても、何の実績もない君達をいきなり指定傭兵団にするというのは、些か難しいものがあるんだよ。事実、大陸に存在する他の指定傭兵団は、何かしらの実績があって実力を認められているのだからね。」
「実績か………それならたぶん問題ないと思うぞ?」
「ほう?何か思い当たる節でも?」
「今日の事なんだがな。【暴食の虎】っていう盗賊団を壊滅させてきたんだ。」
「……………もう一度言ってくれないか?」
「だから、今朝【暴食の虎】を壊滅させてきたんだよ。頭領だけは捕まえたんだが、他は皆殺しにしてきた。頭領は兵士に渡したよ。」
そう言うと、ヨハネスは掌を額に当てて大きな溜め息をついた。
「…………君達には本当に驚かされるな。西の山脈へ行ったのかい?」
「知っていたのか?あそこに盗賊団が拠点を作っていた事を。」
「昨日知ったばかりだがね。昨日はその件で大公様に呼ばれていたんだよ。」
大公とは公国の統治者だ。
王国での国王だな。
「盗賊団壊滅の話はまだ知らないんだよな?」
「それは今日の事なのだろう?恐らく、今頃大公様の元へ報告がいっているのではないかな。…………しかし、今日あの山脈へ行っていたのなら、どうやって戻って来たんだい?」
「走った。」
他にどう言えと。
「……………分かった、君達を私の常識に当て嵌めるのはもう止めよう。」
何やら頭を抱えているが大丈夫なのだろうか?
「まぁ、そういう事なら話は早い。君達が【暴食の虎】を壊滅させた事が真実であるとされたなら、恐らく君達は大公様に謁見する事になるだろう。そして君達の力は認められて実績も十分。晴れて指定傭兵団に、という筋書きで構わないかね?」
「大公との謁見………か。面倒だな。」
「そう言わないでくれよ。あのお方は暗愚ではない。悪いようにはしないさ。」
「ギルドマスターであるあんたがそう言うなら多少は構わないが。俺は礼儀を重んじるつもりはないぞ?」
亜神になった影響だろうか。
偉そうにふんぞりかえるつもりはないが、人間相手にへりくだる気も起きない。
「大公様は認めて下さるかもしれないが、そうなると他の貴族はあまり良い顔をしないぞ?」
「俺達に喧嘩を売る奴は貴族であろうと潰してやるさ。」
「そこまでされると国としても黙っていられなくなると思うが。」
「その時は国ごと消してやる。」
実際にはそんな事しないが。
それくらいの覚悟と力を見せ付ければ大丈夫だろう、という話だ。
「勘弁してくれよ。君達が暴れまわったら洒落にならないじゃないか。」
「随分と持ち上げるんだな。俺達がそれほど力を持っている、と?」
「そりゃね。………僕は、場合によってはSランクの冒険者とだってマトモに戦う自身はあるよ。勝つかどうかは別だがね。だが、君達には………特にネクロ君、君とは戦える気さえしない。」
「……………ふーん。」
何と言って良いかわからん。
Sランクの冒険者は最上級冒険者と言われる。
ABが上級。
CDが中級。
EFが下級だ。
これはそのまま魔物の等級にも繋がる。
Fランク三人で下級魔物と同等、そしてEランク一人で下級魔物と同等、といった感じだ。
そのまま上まで考えていくと、Sランク三人で最上級魔物と同等、という事になる。
たった三人でドラゴンと戦えると考えたら、やはりSランクの冒険者は特殊な存在なのだろう。
だが、俺達はそれぞれが通常の最上級種よりも更に強化された存在で、俺に関してはそれさえ越えた存在だ。
セレスとサリスの二人を相手取っても勝てる俺は、もしかしたら余裕で世界最強になれるのではないだろうか。
油断する訳ではないが、俺に勝てる存在がそう簡単に現れるとも思えない。
とするなら、ヨハネスの勘は間違ってはいないのだろうな。
「今日の話はこれくらいにしておこうか。【暴食の虎】について詳しく聞きたいが、それは大公様も交えてにしよう。」
「あぁ、わかった。…………あ、そうだ、魔物の素材を売りたいんだが、倉庫へ行っても良いか?」
「収納の魔道具を持っているんだったね。ウィーグの手紙に書いてあったよ。まだ解体人はいるはずだ。行ってみると良い。」
「わかった、ありがとな。」
「気にしないでくれたまえ。それでは、また後程。」
「あぁ、それじゃな。」
ヨハネスに別れを告げ、倉庫へ向かった。
その後、大量の魔物を取り出して解体を頼んだ。
そして、俺達はギルドを出て宿を取る事にした。