第七話 盗賊虐殺
明け方、東の地平線から僅かに太陽が顔を出そうかという時間、その男達は早朝にもかかわらず忙しく動き回っていた。
彼らは今や一大勢力を誇る大盗賊団【暴食の虎】の団員である。
先程、遂にこの拠点に最後の団員達が到着したところだ。
幾つかの隊は集まらなかったが、恐らく道中の魔物にでもやられてしまったのだろう。
彼らは特に気にはしなかった。
幹部の命令により、朝早くから各隊が集めてきた武具や道具などの点検、整備を行っている。
一国の都に攻め入ろうというのだ。
準備が早すぎて困る事はない。
万全を期する必要がある。
テントが張り巡らされている中を盗賊達が動き回る中、一人の男がソレに気付いた。
その男がふと空を見ると、東の方に何やら赤い模様のようなものが浮かんでいるのだ。
彼は不思議に思って隣にいた同僚の肩を叩いた。
「なぁ……なぁおい!」
「あぁ?どうしたんだよ、早くしねぇと隊長にどやされるぞ?」
「いや、あれ見ろよ、あれ。一体何だと思う?」
「はぁ?あれってなん………………え?」
同僚の男は魔術師だ。
だから知っていた。
あれは魔術式陣と言って、一定以上の強大な魔術が行使される際に現れるものであると。
しかし、そんな魔術を使えるのは宮廷魔術師くらいのものだ。
何故ここがバレた?
他にも敵はいるのか?
そんな考えが頭を過るが、彼の頭を占領したのは、たった一つの直感だった。
ーーーあれを食らえば、ただでは済まない。
「ぜ、全員逃げろ!今すぐ逃げるんだ!!」
彼は周りの仲間達に逃避を促す。
しかし、他の者達にはその危機感はなく、当然すぐに行動に移す事などできなかった。
いや、どちらにせよ、逃げる時間などありはしなかった。
困惑する彼らを余所に、魔導の王の生み出す業火が燃え盛った。
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目の前の広大な土地は、セレスの発動した『巨人の統べる炎獄世界』によって、爆炎と黒煙と恐怖と恐慌に包まれた。
「流石だなセレス。進化して更に規模と威力が増したんじゃないか?」
「ありがとうございますご主人様!ご主人様の為に張り切っちゃいました!」
張り切られた盗賊達は堪ったもんじゃないだろうな。
「ご主人様、僕も早くご主人様のお役に立ちたいです。」
「わかってるよサリス。雑魚はセレスに任せて、俺達は後ろの方に控えている幹部共を潰しに行くぞ。」
殲滅力という点では、どうしてもサリスは……俺ですらセレスには劣る。
雑魚を一人ずつ倒していくよりは、逃げられる前に幹部を潰してしまおうという事だ。
「承りました。」
サリスが凶悪な笑みを浮かべて頷いた。
「セレス、雑魚の殲滅は任せたぞ。一人残らず燃え散らせ。」
「畏まりました!」
セレスがにこやかに笑って一礼した。
「レイ、お前は全体の把握と残党の討伐だ。分身をフルに使え。」
「了解したっす!!」
レイがビシッと敬礼をした。
その風貌と相まって、ヤクザの下っ端のようだ。
セレスとレイを残し、俺はサリスを伴って飛び出した。
黒煙の中で混乱している盗賊達を無視して奥へ進む。
レイからの念話がきた。
『旦那、黒い布を身体のどっかに巻いてるのが幹部っす!もうすぐ見えるはずっす!』
「了解した。サリス、黒い布を巻いた奴を狙え。」
「承りました。」
やがて煙が薄くなってきた。
前方に黒い布を腕に巻いた男がいた。
「おい!これはてめぇらの仕業か!てめぇら一体なにもーーー」
喋っている途中だった男は、高速で近付いたサリスによって瞬く間に蜂の巣にされた。
見ればパラパラと同じように黒い布を腕や頭に巻いた男達がいる。
「サリス、お前は右から回れ。」
「はい!ご主人様、ご武運を!!」
駆け出したサリスとは反対に、左手へ向かう。
後方では二度目の爆撃がなされていた。
立ちはだかる男の顔面に拳を振り抜く。
その瞬間、男の首から上が跡形もなく消し飛んだ。
俺を囲もうとしていた男達がその光景に唖然とする。
俺は幹部だけを狙って、一人ずつ頭を消し飛ばしていった。
消し飛ばした頭の数が二桁に突入した時、一人の男が現れた。
神眼を発動すると、その男が【暴食の虎】の副頭領である事がわかった。
『どうやら副頭領は二人いるみたいっすよ。一人はいまサリスさんの所に向か………あっ、死んだっす。』
哀れなり副頭領。
まぁステータス的にも大した事ないみたいだし、サリスの突きを捌けるとも思えないからな。
そんな事を考えながら、何やら叫んでいる男を闇の槍で撃ち抜いた。
胸に大穴を開けて倒れる副頭領。
三度目の業火が降り注ぎ、恐らく盗賊は残り数百といったところか。
三千の数を誇った盗賊団もあっという間に七割以上の人員を失い、団員達は混乱してマトモに動く事すらできていない。
現実を直視できずに呆然としている者、踞って頭を抱えて震えている者、恐慌状態で武器を振り回している者など、見るに耐えない奴らばかりだ。
「今まで散々他人を貶めてきたんだ。覚悟してもらうぞ。」
別に正義感を持って攻め入った訳でもないのだが、何となくそう言ってみた。
それから数人ほど殺した後、レイから念話が入った。
『旦那!盗賊の頭領が迂回して逃げようとしてるっす!』
「何だと?………部下達が虐殺されてる中、自分だけは逃げようってか、舐めた真似をしてくれるじゃないか。」
『旦那の左方を移動中っす!三人の護衛もいるみたいっす!』
「了解した。ありがとう、レイ。」
レイとの念話を切り、進行方向を左へ変更する。
林を突っ切って進むと、四人の男達が見えた。
更に速度を上げて近付き、四人の進路を塞ぐように飛び出した。
男達は驚いて声を上げるが、即座に神眼を発動し、頭領以外の三人に闇の槍を撃ち飛ばして息の根を止めた。
「てめぇ一体何者だ?俺達が【暴食の虎】だと知ってこんな事をしてんだよな?」
流石に三千人の盗賊を従えただけあり、頭領は混乱せず冷静に剣を構えて俺を睨み付けてきた。
「勿論知っているさ。しかし、思ったより歯応えがなかったな。虎というより子猫の方が合っているんじゃないか?」
「随分でけぇ口を叩くじゃねぇか。」
「俺達とお前達との格の違いは既に見せ付けたと思うが。」
「………どうしてこんな事をしやがった?」
「ちょっと気になる事があったんだ。何故お前達は公都を攻める?三千人で公都を攻めたところで勝つ事はできない。国ってのはそんなに甘いもんじゃない。お前らが公都に攻め入るのは、それなりの理由があるはずだ。」
頭領は何も言わずに佇んでいる。
この男は拷問したところで口を開くような男じゃないだろう。
これ以上は時間の無駄か。
「わかった、もう良い。後は牢屋で尋問でも何でもされてくれ。」
俺が拳を構えると、頭領も警戒を強くした。
ステータス的には副頭領よりもかなり上だが、技量はディアボロス等に比べればまだまだ未熟だ。
俺は高速で近寄り、構えられた剣の上から拳を叩き込んだ。
折れた刀身が舞い上がり、頭領は後方に吹き飛んだ。
死んではいない。
頭領は公都へ連れて行くからだ。
右手ではセレスによる最後の爆炎が上がっていた。
レイからの念話が入る。
『殲滅完了っす!お疲れ様っす。』
「あぁ、レイもお疲れ様。頭領は俺が確保した。戻るとしようか。」
この日、一大勢力を誇った大盗賊団【暴食の虎】は、構成員がたった四人の傭兵団によって崩壊させられた。