第六話 涙の食事
「これから如何致しますか、ご主人様?」
ギルドを出て早々、セレスがそう聞いてきた。
「そうだな………まさかギルドマスターが外出中とはな。」
「予定が狂ってしまいましたね。」
「どうするかな………適当に暇を潰すのも良いし、宿を取るのも良いな………。」
考え込んでいると、レイが突然声を上げた。
「あっ……旦那!例の盗賊団の拠点に向かわせた分身から報告がきたっす!」
レイは分身体と情報を共有する事ができる。
テレパシーのような感覚なのだろうか。
「どうだった?」
「予定では明け方に団員が拠点に揃うらしいっす。そこから準備を整えて、一週間後に一斉蜂起って感じっすね。」
「拠点の規模は?」
「拠点とは言ってもただ集まるだけの場所みたいで、単純にテント張ってるだけらしいっすよ。ただ、やっぱり数はそれなりに多いっすね。公都の西にある山脈の谷間に集まってるらしいっす。」
「実力は?」
「ほとんどの奴らは捕まえた盗賊達と大して変わらないっぽいっす。ただ上層部の幹部達は、上級冒険者並みに強いみたいっすよ。」
「そうか………しかし、そんな簡易拠点のようなものなら、金になる物も少ないかもしれないな。」
「いや、それがそうでもないっぽいっす。収納の魔道具を二つ持ってるみたいで、宝はいつもそれに入れて幹部が持ち歩いてるらしいっすよ。」
「二つも収納の魔道具を持っているのか?流石は大盗賊団だな。」
「まぁ、旦那のソレに比べたら大した容量じゃないでしょうけど。」
こんなでも神製の道具だからな。
しかし、それなら討伐したら実入りは多そうだな………。
「如何致しますか?」
「滅しますか?」
「どうするっすか?」
三人がわかりきったような顔で聞いてくる。
一人だけ物騒なのがいるが。
「……………よし、やるか。」
金は手に入るし指定傭兵団になる為の布石にもなるだろう。
何より、俺達が公都にいる以上、公都を攻めるという事は俺達に喧嘩を売るのも同然だ。
見逃しはしない。
精々、公都に俺達が来た事を恨んでくれ。
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「盗賊が完全に集まるのは明け方という事だし、今から向かうと早すぎるよな。」
「そうですね、夜更けに出てちょうど良いかと。」
「それまでどうしようかな………。」
「ご主人様はどこか行ってみたい場所などはございませんか?」
「行ってみたいところねぇ………そういうのはもうちょっと落ち着いてから楽しみたいかな。」
「あっ………だ、旦那。もし良ければ、自分行ってみたいところあるんすけど………。」
何やらレイがおずおずと口を開いた。
「どうしたそんなに遠慮して。どこに行きたいんだ?」
「その、実はっすね…………自分、飯を食いたいんす。」
その言葉を聞いた瞬間、俺達三人に衝撃が走った。
落雷に打たれたような感覚と共に、時が止まったような気さえした。
「め、飯………だと?それはまさか、食事をしたいという事か………?」
「そ、そうっす。ダンジョンでは食えるものなんてなかったし、そもそも自分は霊体だからあっても食えなかったっすけど…………今なら食えるんじゃないかって………。」
「し、食事…………私達が………食事…………」
「パン……スープ……肉……卵……………」
自由の身となって早二週間、何故今まで誰も気付かなかったのか。
ーーー俺達、飯が食えるじゃないか!!
食欲なんてものがないから腹が減る事がないし、ずっと食事をしなかったから思いつきもしなかった。
しかし、考えてみれば食欲がなくても食べる事くらい………味くらいわかるのではないか。
「レイ…………お前はやっぱり流石だよ。見直したぞ。」
「私も見直しました!やる時はやる人ですね!!」
「たまにはやるじゃないか、レイ。僕も見直したぞ。」
「あ、ありがとうございますっす。…………見直した見直したって、喜んで良いんすかね?」
何やらブツブツと呟いているが、今の俺達にはその声は届かなかった。
「さぁ行くぞ!いざ、久し振りの食事へ!!」
「おー!!」
「お供致します!!」
「お、おー!」
セレスが元気に返事をし、サリスが今までになく食いついてきた。
レイは若干微妙な表情をしているが、置いていかれたらたまらないと慌ててノった。
三人を率いて適当な食堂へ入る。
緊張した面持ちで四人席に座り、ウェイターにおすすめを四人前注文した。
今の俺達は、恐らく戦に臨む軍人のような顔をしている事だろう。
俺達の目立つ姿を見て驚いた客達は、次にその表情を見て固唾を飲んだ。
目を瞑って無言で待つ。
場が緊張感で満たされていた。
やがて、ウェイターが若干震えながらも料理を運んできて、置いてすぐにそそくさと下がっていった。
俺は目の前に置かれた料理を見て喉を鳴らした。
何かの肉の煮込み料理のようだ。
食欲がないのにこんなに旨そうに見えるのは何故なのだろうか。
詳しい理屈はわからないが、わかっている事が一つある。
俺は……俺達は今から、待ち望んでいたはずの食事を堪能するという事だ。
フォークを持って両手を合わせる。
目を閉じて万感の思いを込めてはっきりと言った。
「いただきます。」
ーーーその後の事は、あまり良く覚えていない。
微かに覚えているのは、久し振りの食事とその料理の旨さに感涙した事。
一斉に泣き出した俺達に驚いた周りの人間が騒然としていた事。
泣いている俺達に絡もうとした男を、俺が睨み付けて失神させた事、である。
夢のような一時を終えて、テーブルに金を置いて外へ出た。
ウェイターが「お、お客さん!?これ金貨だよ!?」なんて言っていたが、俺達はそれを無視した。
あの料理にはそれだけの価値があった。
それだけは間違いなかった。
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食事の感動も数時間すれば薄れていき、夜更け前には俺達も正気になっていた。
「旦那、そろそろ向かいましょうっす。」
「そうだな、食後の運動といこうか。」
運動というには、些か過激かもしれないがな。
レイの案内の下、俺達は闇夜を切り裂いて駆け出した。
次々と変わる景色。
やがて月が隠れ、日が出始める。
俺達の目の前には聳え立つ山脈。
木々が立ち並ぶ中、案内されるままに走り抜けた俺達の目に、広大な土地の谷間が見えた。
質素なテントが幾つも並んでおり、早朝だというのに男達が忙しく動き回っている。
「やっと着いたっすね。ここが【暴食の虎】の拠点っすよ。」
レイが後ろから囁いてくる。
「如何致しますか?」
「ご命令を、ご主人様。」
セレスとサリスが目を輝かせてこちらを見ている。
「決まっているーーー」
絶対強者の口がニヤリと弧を描く。
「ーーーサーチアンドデストロイだ。」
屍霊達による、虐殺が始まった。