第五話 鏡越しの真実
「おぉ、ここが公都か……。」
門を潜った先の光景を見て、俺はそう呟いた。
レンガが敷き詰められた道路。
石造りの家が建ち並ぶクリストル王国の王都と違い、公都の民家は木材が多用されているようだ。
公都の北西に広大な森林があるからだろうか。
その大森林にはエルフが集落を作って生活しているらしい。
地の神の加護により、普通の人間は集落に近寄る事はできないそうだ。
道行く人々を見ると、王都にいた人々よりも顔の彫りが深いような気がする。
あちこちを見回して観察していると、後ろから商人が話しかけてきた。
「あまり余所見をされていますと、こそ泥に狙われやすくなりますぞ。………ネクロ殿であれば問題はないかもしれませんが。」
何やら苦笑している商人。
ちなみに、冒険者達は既に別れてギルドへ向かった。
「あぁそうだな、気を付けるとしよう。」
「ネクロ殿はこれからどうなさるのですかな?」
「一度冒険者ギルドへ行こうかと思っている。」
「左様でございますか。それでしたら、ここでお別れという事になりますな。この度は誠にありがとうございました。」
そう言って深々と頭を下げる。
「気にしないでくれ。こちらこそ、入門税を払ってくれて感謝するよ。」
「いかほどの事もありません。………それでは、名残惜しいですが、ここで。」
「あぁ、それじゃまた会おう。」
「えぇ、またいつか。」
商人に別れを告げ、俺達はギルドへ足を向けた。
しかし…………………
「視線を感じるな。」
街の人間からジロジロと見られている。
「どうしたんでしょうね?」
「滅しますか?」
「何か自分ら変っすかね?」
わかっていない従者達。
そして怖ぇよサリス。
「まぁ、十中八九お前らが原因だろうな。」
「え、私達が何か?」
「お前らの格好だよ。あと容姿だな。」
メイド服を着た金髪美少女と執事服を着た銀髪美少女、そして顔は美男だがチンピラ風の男。
そりゃ目立つだろう。
「今まで通った街は公都ほど人は多くなかったからな。ここまで視線を感じるのは初めてだ。今後はこういう事も増えるかもな?」
「そ、そんなご主人様………美少女だなんて、恥ずかしいですぅ。」
「ぼ、僕の事を美少女だなんて………ご主人様は罪作りなのですね……。」
駄目だこいつら聞いてねぇ。
「メイドに執事っすからねぇ。そりゃ目立つっすよね。」
一番派手なのはお前だぞ。
従者達の天然振りに呆れていると、レイが衝撃的な事を言った。
「けど、容姿なら旦那も人の事言えなくないっすか?」
「………は?」
どういう意味だ?
「そうですね、ご主人様もかなりの美男子ですし………。」
いやいやいやいや。
「いやいや………俺が美男子?」
こいつらは何を言っているんだ。
少なくとも俺は自分をイケメンだと思った事はないし、言われた事もない。
「ご主人様、ご自分のお顔を見られた事がないのですか?」
サリスまでが困惑した様子でそんな事を言う。
こいつはそんな冗談を言うような性格をしていない。
サリスが言うのなら…………いやしかし………。
「旦那、鏡を見に行きましょう。そうすればわかるっす。」
「そうですね、それが宜しいです。」
「僕も賛成です。」
混乱する俺は三人に引っ張られるようにして、近くにあった雑貨屋へ連れて行かれた。
店の中には優しそうなじい様がいて、俺達の風貌を見て目を丸くしていた。
そんな様子を無視して、セレスが声をかける。
「あの、ここに鏡ってありますか?」
鏡なんて高級品、普通の雑貨屋に置いてる訳がないだろ。
この世界の文化レベルを考えると、鏡が安価で手に入るとは思えなかった。
「あ、あぁ………鏡かね、もちろんあるぞ。」
あるのかよ、鏡。
驚いてセレス達に聞いてみると、最弱の魔物であるスライムの粘液を冷やし固めて磨くと鏡になるらしく、昔から普通に手に入っていたらしい。
ちなみに、物凄く今更な話だが、トイレの底にスライムを入れる事で、排出した汚物を食べてくれる為、この世界は元の世界の中世ヨーロッパほど汚くはない。
スライムって便利な魔物だな。
俺がスライムの有用性に感心していると、鏡を買ったセレスが戻ってきた。
そして、にこやかな笑みを浮かべて掌サイズの鏡を差し出してくる。
「さぁどうぞご主人様、ご覧下さいませ!!」
まぁ自分の顔を見るのも久し振りだし、別に見たくない訳でもないから良いか。
そう思って全く気負わずに鏡を見た。
そこに映っていた顔はーーー
「いや、誰だよ。」
知らない男……………いや、微かに見覚えがある。
可愛げのあった若干幼い顔つきは大人びたワイルドな顔つきになっているけれど。
ボサボサで適当に切られた黒髪はサラサラとした艶のある黒髪になっているけれど。
汚くはないが特段綺麗でもなかった肌が真っ白でシミ一つない美肌になっているけれど。
腐った瞳だけは変わっていない。
いや、正確には光を通さない溝のように真っ黒な腐った瞳が、赤黒いドロドロとした怪しい光が怨嗟の渦のように蠢いている腐った瞳になっている。
何というか…………かなり整った顔をしたイケメンなのに、眼だけが禍々しい。
「本当に誰だよ。」
「何をおっしゃいますか、ご主人様ですよ。」
セレスが、何を馬鹿な事を言っているのか、というような顔で真実を叩き付けてきた。
「鏡越しでもお美しい………。」
サリスが頬を赤く染めてどこかへトリップしている。
いつものクールなお前はどこに行ったんだよ。
「ほら美男子じゃないっすか。…………眼がちょっとあれっすけど。」
レイが最後にぼそりと呟いた。
余計なお世話だ。
「これが………本当に……俺なのか。」
度重なる進化の影響か?
どことなく神々しいオーラが出ているのは亜神になったからか?
そう言えば進化の度に身長も伸びて筋肉質になっていた気がする。
今の身長は178cmくらいだ。
まさか容姿も変わっているとは思わなかった。
これ、秋人達に会った時に本人だと信じてくれるのだろうか?
些か不安になったが、今考えても仕方のない事か。
「…………まぁ、俺の風貌がいつのまにか変わっていた事は理解した。これじゃ目立って仕方ないし、フード付きのローブでも買うか?」
「ご主人様に仕える証であるこの服を隠す等とんでもございません!」
メイド服そんなに大事か?
「僕も反対です。顔だけを隠すのならわかりますが………」
仮面でも着けろってか?余計目立つわ。
「嫌っすよ!折角派手な格好してるっすのに!」
お前はもう良いや。
「なら俺だけ買うよ。」
という事で近くの服飾店で適当なローブを購入。
店員が俺達を見て目を丸くしていた。
「寄り道してしまったな。今度こそギルドへ向かうぞ。」
「畏まりました!」
「承りました。」
「了解っす!!」
三人の返事を受けて、ギルドへ向かった。
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「申し訳ありません。ただいまギルドマスターは所要により外出しておりまして。明日の夜には戻る予定ですが。」
ギルドに着いた俺達は、向けられる多数の視線を無視して、受付嬢へギルドマスターへ取り次いでくれるように頼んだ。
しかし、ギルドマスターは今日はいないようだ。
「そうか。ならまた明日来るよ。」
「宜しければご用件をお伺いしておきましょうか?冒険者証を見せていただけますか?」
「あぁいや、俺達は冒険者じゃない。傭兵なんだ。」
その瞬間、周りからの視線が急に敵対的なものに変わった。
受付嬢まで目付きを鋭くした。
傭兵嫌われすぎだろ………。
「傭兵なんかががギルドマスターに何の用?」
目付きどころか話し方まで変わったぞこいつ。
隣の受付嬢がその話し方を咎めようとしているが、意にも介していない。
「何の用………か。俺達はこれを渡しに来たんだ。」
ウィーグからの推薦状を渡す。
「これは………ギルドの公式な書状?何であんたらみたいなのがこんなの持ってんのよ?」
柄悪いな受付嬢。スケ番かよ。
「推薦状だよ。ウィーグっていうギルドマスターが書いてくれたんだ。」
「推薦状?冒険者登録の?」
「いや、指定傭兵団の。」
再び空気が一変する。
しかし今回向けられたのは忌避の視線ではなく、畏怖と驚愕の視線だった。
「え………し、指定傭兵団………ですか?」
目を剥いて顔を青くしている受付嬢。
さっきまでの威勢はどうしたんだ。
「あっ……こ、これは私が責任持ってギルドマスターへお渡ししておきますね。えへへ………。」
真っ青な顔で愛嬌を振り撒こうとする。しかし。
「いや、結構だ。…………そこの受付嬢、これは君がギルドマスターへ渡しておいてくれ。」
目の前の受付嬢から推薦状を奪い取り、隣の受付嬢へ渡した。
「え、あ………か、畏まりました!あ、あの………宜しければ、お名前を………」
「俺の名はネクロだ。宜しくな。」
「は、はい!宜しくお願いします!」
深々と頭を下げる受付嬢。
先ほどの受付嬢の言葉遣いを正そうとしていたし、こういう職員もいると知って安心した。
「それじゃ俺達はこれで。また明日の夜に来る。」
それだけ言ってギルドを出る。
顔を青くした受付嬢が何やら口を開こうとしたが、セレスが火を出して黙らせた。
「おい待てよ。てめぇらみたいなのが指定傭兵団になるってか?冗談も大概に………」
みたいな事を言ってきた冒険者はサリスが頭を掴んで床に植えた。
もう誰も絡もうとはせず、俺達はギルドを後にした。