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死霊の異世界カーニヴァル  作者: 豚骨ラーメン太郎
第五章  残された者達
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第六話  マリアンヌ・クリストル

(ワタクシ)の名前はマリアンヌ・クリストルと申します。


大陸の東に位置するクリストル王国の国王アルファード・クリストルの一人娘です。


突然ですが、私はクリストル王国の事が大好きです。


昔から他国に比べて強力な魔物が少なく、民が安全に暮らせる国として愛されてきました。


民の笑顔が溢れるこの国は、私の誇りであり、宝なのです。


王国を守る為ならば何だってする。


それは偽らざる私の本心です。


異世界人を召喚したのもその為でした。


数年前から大陸中で魔物が増加、凶暴化した為、神より与えられた古の大魔術にて、彼らを召喚したのです。


彼らの生活、人生を奪ってしまったという自覚はありました。


彼らが王国を救ってくれるのなら、この身を差し出す事さえ厭いません。


しかし、彼らはその寛大な心で私達の願いに応じて下さり、日々厳しい鍛練を積んでいます。


その光景を見ているだけで、王国の輝かしい未来が垣間見えるような気がしていました。


だからこそ、一つだけ気になる事があったのです。


それは、天職が魔術師でありながら属性を持たない事で、無能魔術師と呼ばれているネクロ・フジサキ様の事です。


それも、彼をそのように侮辱している者の大半が城の人間であるという事に、私の心は傷付き、情けない思いがしました。


確かに、属性を持たない魔術師が戦闘において力を発揮できるとは思えません。


だとしても、こちらの都合で呼び出しておいて力が無いからと掌を返すような行為は、決して許せる事ではありません。


しかし、私に一体何ができるでしょう。


彼を侮辱する者は一人ずつ罰すれば良いのでしょうか。


彼を侮辱する者は許さないと声を大きくして言えば良いのでしょうか。


そんな事をしても悪意の火は消えない、そんな事は彼も望まない、と言ったのはネクロ様専属のメイドであるミレイでした。


ミレイは元々私の傍付きのメイドだったのですが、予想以上に多くの異世界人が召喚された事で使用人の数が足りず、やむ無く少しの間だけ一般のメイドをする事になったのです。


その相手がネクロ様だったのは偶然でした。


基本的に誰にでも冷たいミレイが、期間が終わった後もネクロ様に仕えると決めた時には、本当に驚かされました。


あのミレイにそこまで言わせるなんて、どういう方なのだろう?


そう思っていたある日。


偶々廊下から見かけた鍛練場で、あの光景を見たのです。


共に召喚された仲間であるはずの彼らが、ネクロ様を虐め………というにはあまりにも酷な程に痛め付けているその光景に、心臓が止まるかと思いました。


慌てて止めに入り、通りかかった騎士に意識を失ったネクロ様を医務室へ運ばせました。


そしてその日、忘れもしない衝撃を受けたのです。


ーーー被害者面してんじゃねぇよ、この馬鹿野郎ッッッ!!!


あの言葉は、きっと生涯忘れる事はできないでしょう。


あんな風に叱られたのは初めての事でした。


私は王女です。


それも、亡くなった母上の事を心から愛していた父上は妾を作らなかった為、私はたった一人の王の子どもなのです。


それが原因で、昔から蝶よ花よと育てられ、仲の良い友人は勿論、叱ってくれる大人さえいませんでした。


それがまさか同年代の男の子、それもあまり話した事さえない人に怒鳴られたのです。


あまりの衝撃に唖然としてしまった私は悪くないと思います。


しかし、その日のやり取りで私の心が救われた………救われてしまったのは事実でした。


召喚した方々の中で最もご迷惑をおかけしているであろう方に慰められてしまった事を恥じると共に、この胸に確かに芽生えた暖かな感情に、大きな喜びを感じました。


私らしくもないと思いながらも、強引に名前で呼ぶ事を了承して頂きました。


何故そんな行動に出たのか、最初は全くわかりませんでした。


しかし、その夜ミレイにネクロさんとの事を相談するとーーー


「お嬢様、それは恋でございます。」


と言っていました。


恋とはそれほど簡単に落ちるものなのか?とも思いましたが、ミレイ曰く「恋に理屈などございません。」だそうです。


よくわかりませんが、この何とも言えない幸福だけれど締め付けられそうな感情が恋だと思うと、顔が熱くなるような気がしました。


「お嬢様はチョロインでございますからね、私同様。」


とミレイは言っていましたが、あれはどういう意味だったのでしょう?ちょろいん??


聞いても答えてはくれませんでした。


何はともあれ、私が自らの恋心を自覚して以来、何度もネクロさんとお茶会をしました。


誰にも言った事のないような愚痴でも、彼には自然に話す事ができました。


いつも柔らかく微笑んで、私の話を聞いてくださいました。


そのお顔を見る度に、私の胸は締め付けられるような気がしていました。


かつて、病弱ながらも笑顔を絶やさなかったお母様は言っていました。


「私はまだ小さい時から、アルと結婚する事を義務付けられていました。しかし、私はそれを恨んだ事はありません。私とアルはそんなものがなくとも愛し合っていたからです。………しかしマリア、あなたまでがそうだとは限りません。だから言っておきます。貴女は貴女の自由になさい。望まない結婚などする必要はありません。貴女は貴女が愛するお方に寄り添いなさい。貴女が本当にそれを望むならば、きっとアルはその望みを叶えてくれます。良いですね?」


まだ小さかった私はその意味を完璧に理解する事はできませんでしたけれど、大好きな母上の言葉を一言一句忘れぬよう、必死に聞いていました。


やがて母上は亡くなり、私は父上の庇護の下、ここまで成長する事ができました。


今、私には愛しいお方がいます。


母上、貴女のお言葉通り、必ずや私はネクロさんに寄り添ってみせます。


だから、どうか天から見守っていて下さい。


そう決意した数日後。


私の元に、ネクロさんの失踪を告げる報告が届いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



私は信じられない思いで一杯だった。


ネクロさんが失踪する事などあり得ない。


ついこの間まで話していたのに。


きっと何かの間違いだ。


そう思いながらも、私は気付いていた。


おそらくこれは宰相の仕業である事。


宰相がネクロさんを害したのは、私が関係している事。


私がネクロさんに近付いたせいで、ネクロさんが消えてしまった事。


その夜、私はベッドにくるまって泣いていた。


ネクロさんが今、どんな目に合っているのかさえわからない。


私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ………


自責の念が頭と心を支配した。


しかし、そこで私の寝室の扉を開け放った者がいた。


ネクロさんのメイドである、ミレイだった。


その瞳は酷く冷たく、今にも射殺さんばかりに私を見下ろしていました。


王族の寝室に無断で入るなど、本来なら極刑は確実なのですが、そのあまりの剣幕に私は何も言えませんでした。


ミレイが何故それほどネクロさんに好意的なのかは知りませんが、確かなのはミレイにとってネクロさんは本当に大切なお方だったという事。


そして、そのネクロさんが消えた原因が私にある事でした。


私は恐怖に震えつつも覚悟していました。


ミレイが怒るのも仕方ない。


全ては私が悪いのだから、と。


「ミ、ミレイ…………その、すみませんでした。」


「一体何を謝っておられるのですか、マリアンヌ王女殿下。」


その言葉はあまりにも淡々としすぎていて、抑揚があるのかすらわからなかった。


「その………ネクロさんが………」


「えぇそうですね、ネクロ様があの糞宰相に恨まれたのは、不用意にネクロ様に近付いた姫様にも責任はあります。」


「………はい。」


「しかし、それが何なんですか?」


「………………え?」


「責任を全て自分一人に押し付けて、そうやってベッドの上で震えている姫様を見て、誰が一国の王女だと思うでしょうか?少なくとも、今の姫様をネクロ様が見たら、さぞ失望なさる事でしょう。」


「なっ!………そ、そこまで言わなくても良いじゃないですか!!」


「おや、これでも抑えたつもりなのですが、何かお気に触る事でもございましたか?」


「貴女は私を侮辱しに来たのですか!?貴女は……貴女は私を恨んでいるのでしょう!?」


「えぇ勿論です。許される事ならば今ここで姫様を殺してしまいたいと思う程に。」


その表情と口調に、私は思わず顔を青くする。


そのまま数秒の間がありーーー


「…………ふふっ………冗談ですよ、姫様。」


ミレイは、小さく笑った。


「………………え?」


「私が姫様を害するなど、そんな事考える訳がないではないですか。元とは言え、私は姫様の傍付きだったのですよ?」


「し、しかし……貴女はネクロさんの………」


「えぇ、勿論ネクロ様の事はお慕いしております。今の私にとって、最も優先すべき真の主はネクロ様です。」


「です…………よね。」


「しかし、それと同じくらい、姫様の事も大切に思っているのですよ?」


目を見開いて呆然とする。


ミレイがそんな事を言うなんて。


「だからこそ、姫様がそのように腐っておられるのを見逃す事などできません。腐っているのはネクロ様の瞳だけで十分です。」


相変わらずの物言いだ。


これでこそミレイ、という気さえする。


「しかし私は………私のせいでネクロさんは………」


「だとしても、ネクロ様はこのような事は望みません。断言致します。もし姫様が自責に捕らわれて塞ぎ込んでおられるのをネクロ様が見たら、間違いなくお説教コースです。」


思わず想像してしまった。


「僕がいつそんな事望んだの?マリアって相変わらず馬鹿だよね。」なんて事を言うネクロさんが脳裏に浮かんだ。


その想像に思わず笑みを浮かべる。


「姫様、ネクロ様の事を想われるのであれば、まずは信じなければなりません。私は信じております。あのお方の無事を。あのお方は、いつか必ず帰ってきて下さるという事を。」


「そう……ですね。私は、一体何を悩んでいたのでしょう。今更悔やんだところで、何も変わりはしないのに。」


「その通りです。今は立ち止まる時ではございません。進むべき時です。」


「進む……時。」


「そうです。いつかネクロ様が帰って来られた時に、安心して頂けるように私達にできる事をしなければなりません。」


「…………はい、そうですね。ありがとうございます、ミレイ。これでもう、迷いません。」


「どうかお気になさらず。私こそ、数々の無礼をお許し下さい。」


「勿論です!ネクロさんが戻ってこられた時の為に、共に頑張りましょう!!」


「はい、姫様。」


そう言ってミレイは優雅に一礼した。


こんなに良いメイドが待っているのです、それに私も……………だから、必ず帰ってきて下さい、ネクロさん。

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