第五話 浅黄結
あたし、浅黄結は同級生の少年に恋をしている。
相手の名前は富士崎根黒。
富士崎と初めて出会ったのは、高校一年の春だった。
あたしは友達が少ない。
いないと言っても良い。
金髪に鋭い目付き、愛想が無くて口調も若干荒い。
ほとんどの人には不良だと勘違いされる。
金髪なのはモデルをしている関係からだ。
カリスマモデルとしてそこそこ知名度のある母の影響で、子どもの頃からモデルをしていた。
撮影の際にはカラコンやウィッグを着けたり、表情を変えたりしている為、周りに気付かれた事はない。
そもそも、小学生の頃から髪を染めていたせいで、友達などできた事はなかった。
気付く人などいるはずもない。
友達がいない事で無愛想な性格に拍車がかかり、更に目付きが鋭い事も相まって不良扱いされてきた。
遊ぶ人などおらず、暇潰しと言えば読書だった。
そんなあたしの居場所は図書室だった。
両親は忙しい身で夜中にならないと帰ってこない。
一人でいるのが嫌いだったあたしは、自然と放課後を図書室で過ごすようになっていった。
高校に入学してからもそうだった。
周りは決してあたしに近付かず、あたしはいつも放課後になると図書室で時間を潰していた。
その日は特別だった。
高校に慣れ始めたある日の放課後、いつものように図書室へ行くと、中には先客がいた。
同級生の富士崎根黒だった。
入学したばかりで友達作りに必死な人達の中で、あたしと同じく孤独に徹していた富士崎を、あたしは良く覚えていた。
富士崎は扉を開く音に反応して顔を上げ、あたしの顔を見て何も言わずに本に目を戻した。
あたしはその反応に驚いた。
あたしを見た男は大抵何かしらの反応を見せるのだが、富士崎は何事もなかったかのように流したからだ。
その反応がちょっとだけ嬉しくて、珍しくあたしは人に話しかけた。
「ねぇ、あんた……富士崎………だよね?」
すると富士崎は目を丸くして顔を上げた。
「う、うん……そうだけど。浅黄さん……だよね?」
「知ってたんだ?」
「そりゃ同じクラスだからね。浅黄さんこそ、僕の事知ってたんだ?」
「そりゃ同じクラスだからね。」
そっくりそのまま返してニヤリと笑った。
ちゃんと笑えているだろうか、引かれたらどうしよう、とか考えていた。
しかし富士崎はあたしの言葉を聞いて唖然とした後、小さく笑い出した。
あたしも何だかおかしくて、暫く笑いが止まらなかった。
笑ったのは久し振りだ。
富士崎もそうだったのかもしれない。
しょうもない事に二人して笑い合ってた。
やがて笑いが収まり、富士崎は口を開いた。
「それにしても、急に話しかけられて驚いちゃったよ。」
「あたしも、あんたが図書室にいて驚いたよ。放課後に図書室に来る人なんていなかったから。」
「いつも放課後は来てるの?」
「まぁね。」
「意外に本が好きなんだね。」
「意外ってどういう事さ?あたしに本は似合わないって?」
仏頂面でそう言うと、富士崎は慌てて弁明しようとした。
「え、あ、いや………違くて、その…………」
そのオロオロした様子が面白くて、あたしはまた笑ってしまった。
「いや……くくっ…………冗談だよ。気にしてないさ………くくくっ…………」
「…………全く、酷いよ浅黄さん。」
そう言いつつも安堵した様子を見せている。
「ふふっ…………悪かったよ。」
「別に良いけどさ。………浅黄さんも結構笑うんだね?」
「また意外だってか?あたしだって笑う事くらいあるさ。そりゃ無愛想で可愛げのない女かもしれないけど…………」
ぶつくさと愚痴るように言うと、再び富士崎は慌てた。
「い、いや違うから!っていうか浅黄さんは普通に可愛いと思うし…………」
その言葉に頬が熱くなるのを感じた。
人と接してこなかったあたしは、当然ながら男の子にそんな風に言われたのは初めての事だった。
ちょっとチョロすぎないかとも思うが、当時のあたしは照れ隠しをするので精一杯だった。
「い、いきなり何言ってんのよ…………馬鹿みたい………。」
「え、えぇ…………」
突然の罵倒に富士崎は困惑していた。
その様子がおかしくてまた笑って、それを見て富士崎も笑ってた。
閉室の時間まで二人でずっと話していた。
校門まで一緒に歩いて、そこで別れる事になった。
「それじゃ、僕はこっちだから。またね、浅黄さん。」
そう言って手を振って立ち去ろうとする。
あたしは何かを言葉にしたくて、呼び止めた。
「あっ………ね、ねぇ!!」
「…………ん?どうしたの?」
富士崎は不思議そうな顔をして振り返った。
「あ、えっと………その…………何て言うか………」
混乱して上手く言葉にできない。
しかし、富士崎は優しく微笑んでくれた。
「大丈夫だよ。ゆっくりで良いから。」
「う、うん……………。」
小さく呼吸をして息を整える。
「え、えっと………今日は、その…………楽しかっ………た。」
途切れ途切れにそう伝えると、富士崎は目を丸くした後、また優しく微笑んだ。
「………うん!僕も楽しかったよ!!」
その言葉が嬉しくて、つい頬が緩むのを感じた。
「その………また、図書室に来る事があれば………相手してやっても………良い。」
どうしてそんな偉そうな言い方をするのかと心の中で自責する。
しかし、富士崎は微笑んだまま返してくれた。
「うん、また相手してね!」
その言葉が嬉しくて、その笑顔が眩しくて、この日あたしは初めて男の子という存在を意識した。
それ以来、週に一度や二度、放課後の図書室で富士崎と話したり、一緒に本を読んだりするようになった。
富士崎の住んでいる孤児院の話や、幼馴染みの話なども聞いた。
話す度に惹かれていく自分に気付いていた。
この時間があたしにとってかけがえのない大切なものであると、胸を張って言えるようになった。
しかし、その時間は二年目の春と共に終わりを迎えた。
二年生に上がっても富士崎と同じクラスになった。
最初は舞い上がるくらい喜んだ。
でも、富士崎の環境は良いものではなかった。
やたらと構いたがる幼馴染み、嫉妬に狂った男、何もせずに見ている幼馴染み達。
もちろんそれが富士崎の望んだ事であるとは気付いていた。
気付いていたからこそ、あたしも表立っては接しないようにしていた。
それが富士崎の立場を悪くする一助になってはいけない、と自らを自制した。
富士崎が図書室にも立ち寄らなくなった事も我慢した。
何もできない自分に悶々として日々を過ごしていた。
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異世界に召喚されて二ヶ月が経った頃。
あたしは希少な天職を受けて周りから期待され、富士崎は無能と罵られ失望されていた。
それでも富士崎は平然としていたけど。
むしろメイドや王女様と仲良くなっていて、あたしの心配を返せと言いたくなった。
赤瀬のグループが富士崎に暴行を加えたと知った時は我を忘れそうだった。
白峰達が富士崎の部屋に入るのを見ていたあたしは、部屋の前で話を聞いていたんだ。
怒る白峰達を富士崎が抑え、特に怒気を漲らせていた緑川を宥めるのを聞いていなければ、あたしが赤瀬を殺していたかもしれない。
それくらいに腹が立ち、同時に富士崎を愛しく思っている自分に気が付いた。
そして遂に、あの日を迎えた。
その日、あたしは鍛練が終わって部屋に戻っていた。
すると使用人が部屋にやってきて、あたしは一つの部屋へ連れていかれた。
そこには同級生達が集まっていて、この状況についてあれこれと話し合っていた。
周りを見て、富士崎がいない事に疑問を持った。
途徹もなく嫌な予感がした。
やがて部屋に宰相が現れ、あたし達にこう言った。
「皆様のご学友であるネクロ・フジサキ殿がこの城から脱走致しました。」
意味がわからなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃに混乱していた。
脱走?富士崎が?どうして?
それに答えるように宰相は口を開いた。
「フジサキ殿の部屋に置いてあった手紙によりますと、この城での扱いや鍛練に耐えられなくなった、との事です。」
そんな馬鹿な!!
そう言ってやりたかった。
だが、あたしよりも先に口を開いた女がいた。
「嘘だよ!!根黒君は逃げたりしないもん!!」
白峰春香だった。
涙を浮かべて宰相に詰め寄る。
「し、しかしシロミネ殿。ネクロ殿の失踪と置き手紙は事実ですぞ?」
宰相はそんな白峰の様子を初めて見て困惑していた。
「絶対に嘘だ!!根黒君はそんなに弱くないもん!!…………あなたが何かしたんだ!!きっとそうだ!!」
今にも殴りかかりそうな剣幕で宰相の襟を両手で掴む白峰を、青島と緑川が抑えている。
しかし、その二人も宰相に殺気を込めた視線を向けていた。
この三人は知っているのだ。
宰相が富士崎を疎んでいた事を。
そしてあたしも知っていた。
富士崎が三人に話すのを聞いていたからだ。
だからあたしも宰相を疑った。
だが、こいつだけではない、と直感が告げていた。
急いで辺りを見回した。
皆が白峰達に注目している中、一人だけそそくさと部屋を後にしている男がいた。
赤瀬夏樹だ。
あたしはスキルを使って気配を殺し、赤瀬の後を追った。
部屋へ戻ろうとする赤瀬に声をかけ、その反応を見て赤瀬が無関係でない事を悟った。
しかし今は証拠がない。
赤瀬もあたしと同じく希少な天職を受けており、周りから期待されている人間の一人だ。
証拠もなしに害しては、富士崎を助ける事もできなくなるかもしれなかった。
しかし、もしその証拠が見つかった時には容赦しない。
必ず殺してやる。
本気でそう思った。
その為にも、今は強くなろう。
宰相と赤瀬が抵抗しても、それに対抗できるようにする為に。
富士崎が戻ってきた時に、今度こそ力になる為に。
柄にもなく想い人を頭に思い浮かべて、あたしは強くなる事を誓った。
ねぇ富士崎………信じてるからね。
出揃ったネクロ君の変遷。
幼稚園時代:親の教えに忠実な元気っ子
小学生時代:静かだけど敵には容赦しない腹黒
中学生時代:二次元に溺れた暗黒時代
高校生時代:放課後の図書室で美少女とランデブー
→関係の崩壊に怯える臆病者
なんとなーく全ての要素が今も少しずつ残ってるような気がしますね。