第十三話 決闘裁判
歓喜に打ち震えていた俺達に、突如降り注いだ謎の声。
「………何だ今のは?」
俺はセレス達を見て問いかける。
三人とも困惑した顔をしている。
俺の幻聴という訳でもないようだ。
「わ、わかりません……。」
「男の声……でしたよね?」
「で、出られないってどういう事なんすかね?」
どうすれば良いかわからずに戸惑っていると、前方に淡い光が集まって人の形を取った。
やがて光が消えて現れたのはーーースィーリアであった。
突然の邪神の登場に慌てる俺達。
三人は固まってしまっている。
「スィーリア?………何が起きているんだ?お前は何か知っているのか?」
「久し振りねネクロ君。………えぇ、知っているわよ。」
そう言うスィーリアの顔は苦々しく歪められている。
「何があったんだ?さっきのは………?」
「あれは聖神の声よ。邪神と対を成す存在。」
「聖神………?そいつが何かしたのか?」
「貴方達がここを出られないように妨害しているの。」
……………はい?
「何だってそんな事を……?」
「聖神曰く『一度でも地の底へ落ちた人間が地上に上がる事は、簡単に許されて良い事ではない。』らしいわ。」
「おい、何だよそれ!罪人でなければ………ダンジョンを踏破すれば出られるって言ったじゃないか!!」
「えぇ、その言葉に嘘はないわ。ここにきて聖神が邪魔するなんて思わなかったもの。」
スィーリアにとっても不本意な事であるようだ。
「なら俺達は出られないのか?スィーリアは何とかできないのか?」
「『簡単には許されない』というだけよ。私が聖神と話して、条件を取り付けて来たわ。」
「条件……?それはどんな?」
「貴方達が真に正しき人間である事を証明するの。」
「証明ってどうすれば良いんだ?裁判でもするのか?」
「当たらずとも遠からず……ね。貴方達に、聖神の指定する者と決闘をしてもらうわ。要は決闘裁判よ。」
「決闘裁判って………時代錯誤も甚だしいぞ…………いや、この世界の文明レベルを考えたらそうおかしくもないのか………?」
「とにかく、その決闘に勝てば、貴方達はここを出る事ができるわ。」
何でこんな事になったのかわからんが、理屈は理解できなくもない。
例えば冤罪で一度捕まった者が、真犯人が捕まって釈放されたとして、それで全員が潔白を信じてくれるかというとそうじゃないだろう。
冤罪でも逮捕は逮捕、そう疑われる理由があった、とか考える人がいてもおかしくはない。
聖神は正を司る神として、俺達の本質を見極めたいのだろう。
それで何故決闘になるのかわからないが、中世ヨーロッパの神明裁判なんかを考えると、この世界ではこれが常識だったりするのかもしれない。
「その決闘ってのは、いつするんだ?」
「今ここで、よ。………公平を期す為に、貴方達の魔力は回復させてもらうけれど。」
その言葉を聞き、深呼吸を一つ。
後ろを振り返って、三人を見る。
「………という事らしいが、お前達はどうしたい?」
「もちろん戦います!ご主人様と共に、外の世界へ行く為に!」
「ご主人様は何も心配なさる必要はございません。ご主人様に仇成す愚か者は、たとえ神の使徒であろうとも塵にしてみせます。」
「これで本当に最後なんすよね!?こうなったらとことんやってやるっす!!」
「……………お前達らしいな。」
こんな状況でもいつも通りすぎるくらいにいつも通りな従者達に励まされるように、俺はスィーリアに向き直った。
「………良いぜ。聖神が俺達を信じられないって言うなら、その決闘に勝って俺達の無実を証明してやる。」
「良い眼をしてるわ。………成長したのね、ネクロ君。」
優しげな瞳でそう言うスィーリアに、少しだけ照れ臭くなる。
「そうかもな……こいつらのお陰でな。」
「ふふっ………良い仲間なのね。」
「まぁな。…………んじゃ、そろそろ始めようか。」
「わかったわ、それじゃ魔力を回復させるわね。」
そう言ってスィーリアが手を翳すと、淡い光が現れて俺達を包んだ。
力が沸き上がってくる感覚。
魔力は確かに全快していた。
「ありがとな、スィーリア。」
「ごめんなさい、これくらいしかできなくて。」
「気にしなくて良いさ。神ってのも色々あるんだろ。」
肩を竦めてそう言うと、スィーリアが微笑みを返してきた。
「そう言ってくれると助かるわ。………ありがとう。」
「別に良いさ…………そう言えば、これから戦うのはどんな奴なんだ?」
「聖神のペットの一匹よ。そう言うのを神獣と呼ぶのだけれど。」
「神獣ねぇ…………魔物とは違うのか?」
「元は魔物よ。聖神が拾って名前を付けたの。神獣となった事で、最上級へと進化したのよ。」
「つまり、アンデッドロードと同じく最上級の魔物って訳だ。しかも聖神の祝福で強化されてる。…………種族は何なんだ?」
「種族はフェンリル。獣型の魔物では最高位よ。」
本で名前だけは見た事があるな。
確か昔国を一つ滅ぼしたとか。
「フェンリル………っすかぁ…………。」
レイがウンザリしたように言葉を溢す。
「レイ、知っているのか?」
「フェンリルが一度だけ地上に現れたのは知ってるっすか?」
「あぁ、本で読んだ事がある。『国落としの大狼』とか書かれてたな。」
「それ、丁度自分が生きてた頃の話なんすよ。ディアボロスの遺した悪魔信仰を復興させようとした国があって、そこに聖神様がフェンリルを遣わして滅ぼしたんす。」
「そうだったのか………つまり、俺達がこれから戦うのは、文字通り一国よりも強い化け物だって事か。」
「旦那なら何だかんだ一国くらい潰せそうっすけどね…………。」
レイが何かぶつぶつ呟いているが気にしない。
「相手にとって不足なし、だな。一丁やってやるか!!」
そう気合いを入れる。
三人も気合い十分だ。
タイミングを見計らってスィーリアが口を開いた。
「それじゃ、そろそろ始めるわよ。」
俺達は無言で頷く。
スィーリアも頷きを返し、「頑張ってね。健闘を祈っているわ。」と言って消えていった。
それと入れ代わりに、前方の次元が歪んで裂け目ができる。
その裂け目が広がり、中から屍竜並みの巨躯を持った灰色の狼が現れた。
サファイアのような青い瞳でこちらを睥睨している。
俺達が構えたのを見ると、月夜に吠える一匹狼のように、天に向かって咆哮を轟かせた。
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「サリスと俺は前衛で引き付けるぞ!セレスは三属性の魔術を乱射!レイは弱点を探せ!獣型は動きが速いはずだ!気を抜くなよ!!」
「畏まりました!」
「承知しました。」
「了解っす!」
サリスと共に前方へ駆ける。
先ほど魔眼によって得た情報を思い返す。
フェンリルというのは種族名であり名前でもあった。
そして肝心のスキルだがーーーなかった。
フェンリルはスキルを持っていなかったのだ。
つまり、スキルを持たずして最上級魔物となるだけの身体能力を持っているという事。
それが良い事なのか悪い事なのかわからないが、厄介な敵である事は確かだろう。
近付いてくる俺達に向かって、フェンリルが飛び掛かってくる。
俺とサリスは左右に跳んで回避したが、その速度に内心舌を巻いていた。
もう少し回避が遅れていたら脚を食い千切られていたかもしれない。
冗談でなくそう思った。
それでも避けられたのは勘や偶然なんかじゃない。
動きがわかりやすいのだ。
より正確に言うなれば、初動が読みやすい。
来るタイミングと方法、角度や位置さえわかれば、避けるのは決して不可能ではない。
それでもギリギリだった事を考えれば、フェンリルの異常性が良くわかるが。
ともあれ、回避の目処は着いた。
後はこれを繰り返しつつ、反撃の隙を見つけるだけだ。
サリスもきっと理解しているはずだ。
俺は指示を出す事なく、フェンリルの側面に回った。
フェンリルが俺の方を向く。
腕を振り上げて鋭く尖った爪を振るおうとした時に、サリスが後ろから刺突を放った。
大きなダメージを食らった反応はないが、無視するほど弱くもなかったらしい。
攻撃を中断して後ろを振り返ったフェンリルに、今度は俺が全力の蹴りを放つ。
既に魔纏を発動している。
ズドンッという音と共にフェンリルが軽く浮かび上がる。
予想以上の重い攻撃にフェンリルは悲鳴を上げた。
その反応に、俺は一つの勝機を見出だした。
ずっと屍霊ばかり相手にしていたから忘れていたが、生物は攻撃を受ければ痛みを感じるのだ。
常識以前の常識ではあるが、何だか懐かしいような気がする。
もう自分には、感じる事のできないものだからだろうか。
「神獣とは言ってもやはり生物だ!レイ、より痛がる場所を探せ!!」
「任されたっす!!」
それからも、俺達は様々な手段であちこちに攻撃を加えた。
サリスは何度か爪や尻尾の攻撃に当たってしまい、その度に回復をしていた。
そろそろ決着をつけないと魔力が底をつきそうだ。
これまでにレイが見つけた弱点を頭で整理する。
一つ、捕縛魔術に弱い。ディアボロスやボトムは縛られても即座に引き千切っていたが、どうやらフェンリルは苦手らしい。
二つ、魔術全般に高い耐性を持っているが、最も物理的な土属性は結構効く。
三つ、腹の面は比較的柔らかい。特に胸の辺りが柔らかく、そこから心臓を狙うのが最も効果的かもしれない。しかし弱点をそう簡単に晒す訳もなく、なかなか攻撃を当てる事はできない。
これらの情報を元に作戦を立てなければならない。
いくつか頭に浮かぶが、どれも決め手に欠ける。
せめて効くのが火属性であれば………。
そう思いながらも戦闘は続く。
作戦が思い付かず、魔力ばかりが消費されていく。
焦った末、最近では滅多に使わなくなった数本の闇の槍を顔に向かって飛ばした。
フェンリルは顔を振って回避したが、一本だけ避けきれずに首に当たった。
しかも、弾き返される事もなくほんの少しだけではあるが、刺さったのだ。
その光景を見たレイが叫ぶ。
「旦那!闇属性っす!そいつの弱点は、闇属性っすよ!!」
頭が冴え渡るような感覚がした。
今までセレスの火属性や風属性の魔術を無表情で受けていたフェンリルが、適当に飛ばしただけの闇の槍を避けようとした事。
身体能力の高いはずのフェンリルが、縛られてすぐには抜け出せなかった事。
過去、いくら強いとは言っても竜のように空を飛ぶ事もできないフェンリルを、一国の人間達が討伐できずに蹂躙された事。
そして、聖神の神獣である事。
頭の中でそれらの点と点が繋がる。
弱点は縛られる事ではなく、闇属性そのものだったのだ。
だから人間達は勝てなかった。
闇属性を持っている人間など限られているから。
欠けていたピースが次々と埋まり、頭の中で作戦が固まっていく。
そして、勝利への道筋を作り出した。